第41話「役割」


「私に脚本の内容を決めてほしいだと?」


 翌日の放課後、俺は職員出で川口先生に演劇の脚本について相談しに来ていた。

 因みに、黒川には今日は部室に行かないことも伝えてある。つまり、それほどまでに脚本の修正に俺は行き詰っていた。


「はい、正直……脚本の内容をどう修正していいか分からないんです」


 実際、幼稚園の演劇まで今日を含めて三日しか残っていなかった。もう、ここまで来ると何でもいいから今日中に脚本を決めておかないと本番に間に合わない。だから、俺は決定権を持っている川口先生に脚本をどうするか決めてもらうと思ったのだが……


「なら、そのまま修正なんかしなければ良いんじゃないか?」

「え!? いや、でも……」

「別に、私は先方の幼稚園側から言われたことを君達に伝えただけだぞ? だって、それが私の仕事だからな」

「ハッピーエンドにしろって言ったのは先生ですよね……?」

「そうだな……。しかし、私は君達にアドバイスはしても指示をする立場ではない。この演劇は私でなく君達のものだからな」

「俺達のもの……ですか?」

「そうだ。だから、この答えは君が出すべきだ。だって、それが君の役割だろ?」

「役割?」

「ああ、演技という表に出る役割は黒川が引き受けた。なら、脚本という裏の役割は、安藤……君の役割じゃないのか? だから、君が脚本を書いたのだろう?」

「そ、それは……」


 確かに、言われてみればそうかもしれない。元々は演技なんて面倒くさいから俺が黒川に役者を押し付けてしまったわけだからな。

 だから、せめて脚本くらいは俺が手伝おうと思ったわけだけど――


「でも、実際にこうして俺の書いた脚本で迷惑かけているわけですし……それに、俺は先生達が納得するハッピーエンドなんて書けないんですよ」


 だって、俺は友達なんかいらないと思っている。

 そんな俺が友達ができて終わるハッピーエンドなんか書いてもそれはただの偽物だし、そんな嘘だらけの話を黒川に演じさせることなんてしたくない。


「だから、俺には先生達が求めるハッピーエンドなんて書けません」


 そんなゴミみたいな脚本にするくらいなら別の人間に結末を選んでもらった方がきっとマシだと思うから……


「なら、君が書きたい結末を書けばいい」

「……それで向うの幼稚園から、また文句を言われたらどうするんですか? 俺は転校するのに責任とか取れませんよ……」


 それとも、先生はどうせ転校するんだから好きなように書けと言っているのだろうか?

 むしろ、そっちの方が無責任すぎるだろ……


「フッ、君はバカだな。私は言っただろ? 役割があると……」

「え……?」

「もし、君の脚本で問題が起きたとしても、その責任を取るのは私だ……何故なら、それが私の『役割』だからな?」

「先生……」


 ヤバい、不覚にもこの先生をカッコいいと思ってしまった。


「私は君が書いた脚本は好きだよ? 確かに、少し子供達には難しいかもしれない。しかし、君達の劇を見た子供達の中に何かを残せる内容だとは思う」

「何かを残せる……」

「あぁ、そうだ。安藤、読めば分かるがあの脚本のモデルは黒川本人だろう?」

「そ、それは……」


 確かに、モデルと言われたらそうかもしれないけど……でも、それは元々の脚本を書いたのが黒川だったからであり、俺はその脚本を少しアレンジしたに過ぎない。

 だから、別に俺が黒川のことを意識してあの脚本を書いたわけでは……


「いなくなるのは仕方ないさ。でも、私は君が彼女に何かを残せるか考えるべきだと思うよ」

「だけど、俺は今までもこうして来ましたから……」

「安藤、君はあのヒロイン《彼女》にどうなって欲しいんだい?」

「俺は……」


 あの脚本のヒロインは確かに黒川本人だ。


 そんな黒川に俺が残せるものなんてあるのだろうか?


「安藤」

「……何ですか?」

「そう、難しく考えなくていいんじゃないか?」

「そう言われても考えちゃいますよ」


 一体、俺は自分がいなくなった後、黒川にどうなって欲しいのだろう……。


「私はね。物語の中くらいはハッピーエンドでもいいんじゃないかと思うよ」

「確かに、それくらい簡単に考えてもいいんですかね」


 物語の中くらいはか……


 ……ん? そうだ!


「……どうやら、何か思い浮かんだみたいだな?」


 俺の様子を見て川口先生がそう問いかけて来た。

 どうやら、今の俺は相当変わりやすい顔をしていたらしい。


「先生、ありがとうございます! 脚本、なんとかなりそうです」

「そうか。なら、良かった」


 よし、これなら役者が足りない問題もクリアしてハッピーエンドにできる!

 それに、黒川にも……


「因みに、好きに書いていいって言ったのは先生なんですから、文句を言われた時は責任を取ってくれるんですよね?」

「ああ、任せておけ。それが、私の役割だからな……」


 そして、先生は最後に愚痴るようにこう言った。


「しかし、肝心な私の責任を取ってくれる結婚相手は何処にいるんだろうな……?」


 いや、もう……本当に何で 何でこの人、結婚できないんだろう……。




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