第8話「その味は」
前回のあらすじ。
黒川がぬいぐるみに話しかけながらぼっち飯をキメてて、めっちゃ怖かった。
そして、それを目撃してしまった俺は――、
「…………」
「…………」
俺の視線に気づいた黒川によって、何故か部室の中へと連れ込まれてしまっていた。
はい、絶賛軟禁中です。
「それで……黒川さん? 俺をここに軟禁してどういうつもりかな?」
「いやね、軟禁とか変なことを言わないでくれるかしら……」
「じゃあ、この状況は何なんだよ……」
「こ、これは……ただの任意同行よ」
「何処にも『任意』は無かった気がするんだよなぁ……」
俺がドアをそっ閉じしようとした音に気付いた瞬間の黒川の視線凄かったからね?
こう……首が180度後ろに『グルン!』って、回って殺すような視線が俺を『ギラッ!』って睨んで『フフ……座りなさい』だよ?
あれの何処に『任意』があるって言うんだよ……。
「てか、ぬいぐるみに話しかけたのは何だったの……?」
「貴方、お昼はパンだけなのかしら?」
「いや、だから、さっきのぬいぐるみは――」
「パン二個だけなんて意外と小食なのね。それともダイエットでもしているのかしら?」
「いやいや、無視しないでくれる? ねぇ、俺の話聞こえているよね……?」
この女……人がせっかく寂しいぼっちにコミュニケーションを取ってやろうと言うのに俺の質問をガン無視してきやがる。
いいだろう。そっちがそう言うつもりなら、俺も攻め方を変えるとしよう。
「それに、パンだけだと栄養が足りないと思うのだけど――」
「あぁ、栄養ね。例えば『アスパラのベーコン巻き』とか?」
あれれ~、そう言えば誰かさんのお弁当も、アスパラのベーコン巻きでしたよね~?
プーさん(ぬいぐるみ)に自慢してましよねぇ~? あぁ~僕チンも食べたいなぁ~?
「…………」
「…………」
や、やべぇよ……。
予想以上に場の空気が気まずいよ。
それに、視線が怖いよ……。
ねぇ、お願いだからそんな今にも殺しそうな目で睨まないでくれる……?
「……よ」
「え?」
何? 今、なんて言ったの?
「演劇の練習よ! と、友達ができた時のために――じゃなくて! 友達とご飯を食べる演劇シーンの練習をしていただけよ!」
「いや、練習って……」
でも、今って活動休止中だよね……?
「演劇部なんだから、部室で演技の練習したっていいでしょう! 悪いかしら!?」
「いや、悪くないです!」
あ、ダメだこれ……勝てない。
なんか黒川から開き直りに近い何かを感じる。
これ以上は『演技』のことには触れないで上げよう……
「てか、そのクマのぬいぐるみは何?」
そんな黄色いクマのぬいぐるみ、昨日は部室になったよね?
「これは演劇部の備品よ」
「備品?」
そんなのがこんな何も無い部室にあったのか。
「でも、他に備品らしいもの何もないけど……」
「こんな所に置いておけるわけないじゃない。演劇部の備品を置いてる倉庫があるのよ」
「あぁ、なるほど……」
確かに、去年までは活動していたって言うし、何かしらの備品が置いてる倉庫が別にあってもおかしくないか。
「倉庫と言っても、他の文化部と共有の小さな倉庫だけどね」
「まぁ、ぬいぐるみのことは分かったけど……そもそも、何で昼休みに部室が開いてるの?
普通は鍵しまってるだろ……」
まさか……
『昼休みに部室で架空の友達(ぬいぐるみ)とおしゃべりしながらご飯を食べるので、部室の鍵を貸してください♪』
――なんて、先生に言って借りるわけにもいかないよな?
流石に、一人に慣れている川口先生でも泣くぞ……。
「そんなの、私がずっと鍵を持っているに決まっているじゃない」
「え、部室の鍵って職員室に返さないの? 持ちっぱなしなの?」
それって、先生に普通は何か言われそうだけど……。
「だって、川口先生がそうしろって言ったのよ。毎日部室の鍵を渡したり回収したりするのが面倒だから、私が管理していいってね」
「確かに、あの先生が言いそうなことだな……」
いや、でも面倒だからって生徒に学校の教室の鍵を預けちゃうのはどうなんだよ……。
「お前……いつも部室で飯食ってるの?」
「……悪いかしら?」
いや、悪くはないけどね……?
「いつも、
「なっ!? わ、悪いかしら!?」
あ、してるんですね……。
「フン! 別に、ここは演劇部の部室なんだから、部長の私が自由に使ってもいいでしょ!」
「そうだな……」
いや、本当にそうか? 先生にバレたら大問題な気もするけど……。
「まぁ、飯を食うなら一人の方が気楽でいいもんな」
「そうね……」
やっていることは黒川の職権乱用みたいなものだが、中身はただの『ぼっちのおままごと』にすぎない。だから別に俺が先生にチクる必要も無いだろう。
「だ、だから……」
「…………?」
いや、だから別に俺はチクるつもりは――、
「あ、貴方も演劇部なんだからお昼はここを使ってもいいのよ……」
「え? いや、それは……」
……気まずいよね? 主に俺が。
「……えーと、嫌じゃないのか?」
因みに、俺は嫌です。
「べ、別に、気にしないよ……」
「そうか……」
よーし、なんてお断りしようかな~?
えー、てか何でこの子はいきなりこんなお誘いをして来たの? もしかして、俺コイツに『ぼっち仲間』とか思われてる……?
「フフ♪ そもそも、何で私が貴方みたいな存在を気にしないといけないのかしら? 私にとって貴方は『虫』と存在感的には変わらないから、気にするはずもないのだけど……もしかして、貴方って自信過剰なのかしら?」
……てか、黒川って一言多いよな。
お前、一人で飯食ってるの多分そういうところだぞ?
「そうか……。なら、俺も気にしないで利用させてもらおうかな。黒川も俺の事は気にしないで、プーさん《ぬいぐるみ》と仲良くしてくれていいんだぞ?」
因みに、俺は分かっていて一言多いタイプです。
「む……っ!?」
ほら、俺の言葉に黒川もお怒りのご様子だ。
この調子で嫌われれば『一緒に飯を食おう』なんて言ってきたりしないだろう。
「プーさんじゃないわ。この子(ぬいぐるみ)の名前はプー太郎よ!」
「いや、そこかよ……」
まぁ……俺が嫌われれば、勝手に追い出してくれるだろう。
そう諦めて、俺は仕方なくここで昼飯のパンを食べることにした。
「ねぇ……因みに、購買のパンって美味しいの?」
「……いや、微妙だな」
そんなの当たり前だ。
購買のパンなんて、安いだけで特に美味いわけでもまずいわけでもない。
でも、何故か今日のパンは……
「そう……」
「……あぁ」
いつもより、少しだけ美味しく感じた。
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