第9話「テスト勉強」


 入部してから一週間が過ぎた。


 一応、俺は毎日演劇部に通っている。

 そうは言っても、俺も黒川も部室では本を読んでいるだけで特に会話をすることもない。


 だから、俺達の間には特に何も起こることはなく……


 そんな日々が続いていた。


「く、黒川……さん? 君は一体何をしてるのかな……?」


 しかし、その日はいつもと少し違った。

 ――というか、流石に話しかけずにはいられなかったというべきか……。


「何って……見て分からないかしら? 勉強をしているのよ」

「勉強……ね」

「来週は期末テストがあるでしょう? だから、今のうちに部活の時間を使ってテスト勉強しているのよ」

「そう言えば、来週は期末テストか……」


 確かに、黒川の言う通り机にはちゃんと教科書とノートが広がっており、その風景はまさしく『勉強をしている』と言うのにふさわしい状況だ。


 でも、気になるのは――、


「じゃあ……何で机に座っているのがお前じゃなくて、クマのぬいぐるみなの……?」


 そう、勉強をしていたのは黒川ではなく……クマのぬいぐるみだったのだ。


 部室に入った俺が見たのは、クマのぬいぐるみに向かって勉強を教えている黒川の姿だった。


「え、何……これも演技の練習?」


 そう言えば、黒川は以前にもクマのぬいぐるみを架空の友達に見立て、友達とご飯を食べる『演技の練習』をしていたという前科があったはずだ。


 つまり、今回もその『演技の練習』という言い訳の可能性が――、


「いいえ? ただ、クマのぬいぐるみに向かって勉強を教えているだけだけど……?」

「むしろ、演技の練習だって言って欲しかった!」


 なんだよそれ!?

 もう、これ完全にただの痛い子じゃん!


「ちょっと! こ、これには……ちゃんとした理由があるんだから、そんな痛い子を見るような目で見ないでくれるかしら!?」

「理由ね……。因みに、どんな?」


 一体、どんな深い理由があれば、人はクマのぬいぐるみに勉強を教えるという奇行にいたるのだろう。


「ほら、私って成績優秀でしょ?」

「いや、そんなの知らないけど……」

「貴方、学年のテスト順位見て無いの? 掲示板に成績上位の生徒は名前が出ているのよ。もちろん、私は入学してから常に学年トップの成績よ!」

「あぁ、あれか……」


 そう言えば、川口先生も黒川は成績優秀だとか言ってた気がするな……。


「そんな学年トップの成績を持つ私が勉強を教える相手友達がいないというのは、何かもったいないような気がするのよね」

「ほぉ……」


 それが、ぬいぐるみに勉強を教えるのと一体どんな関係があるのだろう?


「鈍いわね……。だから、勉強を教える友達がいないから、ぬいぐるみを相手に勉強を教えることで我慢してたのよ!」

「その理由、どこが深いの!?」


 なんも深くなかった! ただただ、悲しいだけの理由じゃねぇか!?


「そ、そういうけど……これも立派な勉強方法なんだからね! ほら、人に教えることは自分の勉強にもなるって聞いたことはないかしら?」

「あぁ、そう言えば聞いたことあるような……」

「でしょう? だから、私は人に教えてることで自分の勉強の効率をあげているだけなのよ!」

「…………」


 いや、キミが教えてるの『人』じゃなくて『クマ』……むしろ、ただのぬいぐるみだけどね?


「それに、この勉強方法のおかげで私のテストの成績はいつも学年トップなんだから!」

「マジかよ。真●ゼミもビックリだな……」


 先生が言ってたから、黒川が学年トップなのは本当なんだろうけど、なまじ本当にトップを取っているせいで下手にツッコみづらいんだよなぁ……。


「そもそも、貴方にこの私の勉強方法をとにかく言う権利はあるのかしら? 今日授業でやったミニテストあるはずだけど、貴方の点数を見せてくれる?」

「いや、俺はテストとか良いから……」

「そんな遠慮しないでいいから、見せなさいよ……」

「いや、いいです! ウチはN●Kと家庭教師は契約しない主義なので……」

「この私が貴方の勉強を見てあげると言っているのよ!? いいから、見せなさいよ!」

「だから、嫌だって言ってるんですけど!?」


 お前ただ、自分が本物の人間相手に勉強教えたいだけだよね!?


「ちょっとでいいから! 安くするから! ね?」

「しかも、金取るつもりだったの!?」


 もうそれ、ぼったくりの手口じゃん!?

 お前、どこの詐欺師だよ!


「なら、逆にお金払うわよ! だから、やらせなさい!」

「いらないよ!? てか、それどんなビジネスだよ!?」


 しかも、なんかセリフが際どいから!

 こいつ一体どれだけ人に勉強を教えることに飢えてるんだよ! もういっそのこと家庭教師のバイト始めろよ!


「一回だけ! ね? 一回だけで良いからね……?」

「めんどくせぇ……分かったよ。これでいいだろ?」


 なんかもう、あまりにも黒川が可哀そうみじめだ……。

 仕方ないので、ここは大人しく俺のテスト結果を見せて満足してもらおう。


「どれどれ……あら! 数学42点、国語53点、理科なんて26点!? って……英語だけは80点なのね。でも、それ以外はどれも平均点以下じゃない!」

「…………」


 でも、こんな点数を見せたら――、


「フフ……これは優秀な家庭教師が必要じゃないかしら?」


 だから、見せたくなかったんだよなぁ……。





「それで、ここがこうなるのだけど……どう、分かる?」

「ああ、なんとなく……」


 結果を言うと、黒川は俺が思ったより教えるのが上手かった。

 きっと、あのクマのぬいぐるみによる一人勉強会の成果なんだろう。


 涙ぐましい努力の成果だな……。


「次は二次関数の応用だけど」

「ああ、そこは前の学校で教わったから」

「あら、そう? 確かに、この部分の問題はテストでもできているわね……。というか、前の学校はずいぶんと先の範囲まで教えていたのね」

「まぁ、前の学校の方が授業はここより進んでたかもな……」

「でも、その割には基礎の問題はボロボロみたいだけどね?」

「それは、まぁ……あんまり授業とか聞いてられなくて……」


 黒川の奴、なまじ勉強ができる所為で厄介なことを聞いてきやがる。


「そんなの言い訳よ。やる気がないから授業を聞いてないだけでしょう?」

「あぁ、そうだな……」


 確かに、こんなのただの言い訳だ。

 黒川の言う通り、俺はやる気が無いから授業を


 だからこそ、黒川に勉強を教わるなんてことになってしまったわけだしな……。


「フフ……やっぱり、人に教えるのって楽しいわね♪」

「…………」



 でも、まぁ……。これで点数が取れるなら安いものか。






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 YouTubeにて執筆風景を配信中!



【今回の作業アーカイブ】

https://www.youtube.com/watch?v=w4lpjj68GhE&list=PLKAk6rC5z4mR39sRFDtVHqVqlPwt0WcHB&index=8


 詳しくは出井愛のYouTubeチャンネルで!

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