第26話「油断」
『お姉ちゃんをよろしくお願いしますね? ……お義兄さん♪』
何だろう……。何故かさっきの『お兄さん』って呼び方に若干の違和感があった気がするのは俺の考え過ぎだろうか?
いやいや、まさかな……。
「そもそも、さっきまで水道水を出されるほど嫌われていたはずなのに、それはないか……」
何だか、一瞬変な勘違いをしそうになったが……とにかく、今はこのプリントを黒川に渡してさっさと帰るとするか
そして、俺は案内された黒川の部屋のドアを軽くノックした。
「開いてるわ。入ってくれる?」
すると、ドアの向こうからあまり元気そうではないが黒川の声が聞こえた。
来客に驚かないということは、俺が家に来ているのを黒川の妹のあたりが既に教えていたのだろうか?
まぁいいか……。許可ももらったことだし、遠慮なく部屋に入らせていただこう。
そして、言われた通り俺が黒川の部屋のドアを開けると――
「灯、ちょうど良かったわ。お姉ちゃん、着替えたいから、着替えるのを手伝って欲しいのだけど……」
そこにいたのはベットの上でパジャマを脱ごうとしている半裸姿の黒川だった。
「……え?」
「ひ、ひゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!??!??!?」
「プッハハハ! お、お姉ちゃんってば……お義兄さんをあたしと間違えて……着替えを……アッハハハ! もう、おかしくってお腹が痛いよ……」
「し、仕方ないじゃない! だって、彼が家に来ているなんて知らなかったし……そ、そもそも、この男がお見舞いに来るなんて誰が予想できるのよ……」
あの後、黒川が今まで聞いたこともないような悲鳴を上げ、黒川の妹が直ぐに駆けつけて誤解は解けたのだが、何故かその代償として俺の右頬に黒川の強烈なビンタ跡が刻まれた。
納得いかねぇ……。
「…………」
「…………」
そして、再び二人っきりにされた俺と黒川の空気が気まずすぎる件……。いや、この状態で何を話せばいいんだ?
因みに、妹の奴は黒川の着替えを手伝い終わった後――
『もう、お義兄さん……こういうのは、もう少し待ってからお願いしますね♪』
――とのことだ。
一体何がもう少しなのかまったく分からないのだが……。
「来てくれたのね……」
「あぁ……」
まぁ、プリントを届けるついでだけどな。
「でも、貴方がお見舞いに来てくれるなんて意外だったわ」
「お前の妹が是非って言うからな……」
「そう……」
「あぁ……」
まぁ、ほぼお前の妹に脅されたようなものだけどな。
「あの子、私の妹とは思えないくらい気配りが上手なのよね。その上可愛いし……はぁ、何て天使な妹なのかしら。流石は私の妹だわ」
「あ、あぁ……」
でも、お前の妹って意外と腹黒だと俺は思うけどね……?
「因みになんだけど……」
「……何だ?」
「わ、私の体……どこまで見たの?」
「――ッ!?」
そう言われてとっさに思い出されたのはさっき目にした黒川の半裸パジャマ姿だった。
胸こそは大きくないものの、黒川の体は全体的にスラッとしていて……うん『美しい』と素直に思ったほどだ。
「ナ、ナニモミテナイヨ……?」
なので、ここはハッキリと誤魔化すことにした。
いや、だって……ここで正直に『見た』とか言ったらそれでこそ『責任を取って私の友達になりなさい』とか言いそうだし……うん、黒川はそういう女だ。
「そう……まぁ、貴方になら見られても良かったのだけど……」
「……え?」
マジで!? じゃあ、頼めばもう一度――
「そしたら、責任を取らせて強制的に私の友達にできるし……」
「……断じて俺は見てない」
うん。やっぱり、そう言うと思ったよ……。
「そう言えばこれ……」
俺はそう言って先生から頼まれていたプリントを黒川に渡した。
それを見た瞬間、黒川は何で俺がここに来たのか全てを悟ったような表情をして呟いた。
「……そう。全部、あの婚活アラサー教師の差し金ってことね」
「お前の中の川口先生ってそんな認識なのな……」
「仕方ないじゃない。あの先生ってば、私達のことを面白がっている節があるもの」
「それは、確かにな……」
てか、川口先生は人の心配するより自分の心配をするべきなんじゃないだろうか?
そもそも、川口先生って本当の年齢はいくつなんだろう?
流石に20代後半くらいだとは思うけど……
「それに、嬉しかったのよ……」
「嬉しかったって何が?」
「貴方が……『友達として』お見舞いに来てくれたと思って……」
「…………」
「だけど、本当は『先生に頼まれたから仕方なく来ただけ……』そうでしょう?」
確かに、その通りだ。
そういう意味では、俺は黒川にいらない期待をさせてしまったのかもしれない。
「そうだな……」
「やっぱり……」
お前の妹に頼まれなかったら、プリントだけ渡して帰るつもりだった。
でも――
「それでも、最終的に黒川に会おうとしたのは俺の意思だ」
「……それは、本当に?」
「あ、あぁ……」
確かに、俺がここにいるのは川口先生の口車に乗せられたり、黒川妹に押し切られて仕方なく……という風に見えてしまうかもしれない。
しかし、最終的に『黒川に会う』という決断をしたのは俺自身の意思だ。
「だから……『仕方なく』とかそんな理由でお見舞いに来たわけじゃ……ない」
「……そう」
「あぁ……」
てか、病人の前でそんな『先生に頼まれたから仕方なく来ただけ……』とか言うほど俺も鬼ではない。
一応、それくらいには……俺も黒川に対して気を使うのだ。
「でも、だとしたら……貴方はどんな『理由』で私のお見舞いに来てくれたのかしら?」
「し、心配したからだよ……」
「それは『友達』として?」
――『友達』……
黒川が俺に求めている言葉だというのは分かる。
だけど、俺には――
『嘘つき!』
『何で……何でよ!』
『それだったら……友達なんていらなかった……』
――言えない。
だって、それは『優しさ』ではないと知っているから……
俺だけは
「それは……」
でも、せめて――
「た、ただの『部活仲間』としてだ……」
それは『せめてこれくらいなら』という俺の油断なのかもしれない。
普段の俺なら決して言わないであろう『仲間』という言葉……。
だから、だろうか?
「フフ♪ 前の『クラスメイト』よりは少しだけ……評価が上がったわね?」
「う、うるせぇ……」
俺のその言葉を聞いた黒川が嬉しそうに笑った気がした。
「……演劇、成功するといいな」
「何を言っているのよ? そんなの成功させるのよ。私と貴方がね♪」
そういう黒川の表情は『お見舞い』なんか必要ないくらいに嬉しそうだ。
「あぁ、そうだな……」
そして、俺の黒川へのお見舞いは終わった。
もしかしたら、黒川にとっては『仲間』という言葉だけでも満足だったのかもしれない。
言葉は違っても『友達』と『仲間』……
どちらも、黒川が求めている存在に違いはあまりない。
だからこそ、普段の俺ならそんな彼女が依存してしまいそうな関係なんかになろうとはしないはずだ。
でも、俺は自らそれを許してしまった。
俺と
きっと、それは同じ部活だし『それくらいの関係』ならいいだろうという俺の『油断』だったのかもしれない。
その関係が黒川にとってどれほど大事なものなのか分かっていながらも、俺は『油断』していたのだ。
そして、その『油断』は『現実』となって、目の前に現れた。
「お帰り、遅かったな」
家に帰るといつもは『いない』はずの父さんがそこにいた。
「少し、いいかしら?」
そして、その隣には同じように家に『いない』はずの母さんの姿も……
それだけで、俺はこれから起きる全てを理解した。
だって、何度も繰り返したことだ。
だから、気をつけてきた。
もう、同じ過ちを繰り返さないように――
「えーと……いつも、いきなりで悪いんだが……」
なのに、いつも忘れたころに『それ』はやって来るんだ。
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