第37話「視察」
「おにーちゃん、あそんで!」
「おにーちゃん! こっちきて!」
「おにーたん! おにーたん!」
「「「「おにーちゃん!!! あそぼう!」」」
翌日、俺は幼稚園で大量の園児達に囲まれておもちゃにされていた。
「うるせぇ……」
俺はもう抵抗する体力も残っていないため床に倒れ伏し、園児達はそれを『あそんでくれている』と勘違いしているのか、倒れた俺の上にのしかかって来たり、倒れた俺を転がしたり引っ張ったりと自由に遊んでいる。
……もうこれ『あそんで』というより、俺自身が『あそばれてる』よね?
「ハッハッハッ! 安藤、良かったな。凄い人気者じゃないか?」
そんな俺の様子を見て、川口先生が腹を抱えて笑いながら高みの見物で話しかけて来た。
「そうやって笑っている余裕があるのなら、先生が代わりにこいつらと遊んでくれませんかね……?」
「すまないが、私はただの付き添いだからな。今回の交流会の主役は君達だろ?」
「主役ね……」
そう『交流会』だ。
元々、何で高校生の俺が幼稚園でこんな子供達と遊んでいるのかというと、俺達がこの幼稚園のクリスマス会で演劇披露するため、下見ついでに交流会としてこの幼稚園にお邪魔させてもらっているのだ。
本来はまだ俺の方は午後の授業中のはずなのだが、この交流会は演劇部がちゃんと活動していた時から行われていたらしく、こうして川口先生が付き添いとしてくることで午後の授業が免除されてこっちの幼稚園に来ているので、ちゃんと学校側も許可しているのだ。
多分、クリスマス会で知らない高校生が来て演劇をするより、あらかじめ顔合わせをしておくことで、本番の日に俺達が来ても園児達を安心させようという配慮があるのだろう。
「だとしたら、本当の『主役』はアイツだと思うんですけど、アレどうにかできませんかね?」
そう言って、俺がもう一人の『主役』に目を移すと――
「むぅ……安藤くんだけ、ズルいわ……」
もう一人の主役であるはずの黒川が独りでポツーンとたたずんでいた。
「おねぇさん、こわーい……」
「びえぇーーん!」
「あ、あの目は……魔王……」
俺にはボコスカと好き勝手に攻撃してくるこのクソガキ共も、どうやら黒川は怖いらしく誰一人として近づこうとしない。そして、黒川の方も子供達に怖がられていることに気づいているのか、どうしたらいいか分からず、さっきから棒立ち状態で俺の方を羨ましそうに見つめるだけだ。
いや、この状況が羨ましいならいくらでも変わってあげたいんだけどな?
「あれは……すまないが私の管轄外だな……」
「いや、アンタ付き添いで来たんだから、思いっきり管轄内だろ……」
どうやら、川口先生にも黒川は見放されてしまったようだ。この人、マジで何のためにここにいるんだろうか……?
「えっと……ふ、フン!」
しかし、どうしようもないのも事実だ。
黒川は強がって自分から動こうとしないし、園児達も警戒して黒川だけにが近づこうとしない。むしろ、黒川を怖がっている分他の奴らが俺を目の敵にして襲い掛かっているまである。
「黒川に転校することを伝えました」
「……そうか」
実は前から俺がいつ転校してもおかしくないというのは担任の川口先生には知らせてあった。
「先生は……何で俺を演劇部に誘ったんですか?」
「君の家の事情は転校してきた時から聞いていたからな……。だから、後腐れなくいなくなれる部活の方がいいだろ?」
確かに、それならほとんど活動をしていなかった演劇部はピッタリの存在だったかもしれない。でも――
「なら、何で幼稚園のクリスマス会なんて引き受けたんですか……」
結局、俺はこの数ヶ月『演劇部の一員』として黒川と共に時間を過ごしてしまった。元々はただの幽霊部員として黒川とも関りを持たないつもりだったのに……
これなら、最初っから――
「だが、選んだのは君だろう?」
「…………」
「そして、それは
そう言って、川口先生は黒川の方を見た。
未だに黒川は園児達から避けられており一人ぼっち状態だ。
「あの子は『動けない』んじゃない『動かない』ことを選んでいるんだよ」
「…………」
「前にも言ったと思うが……私は誰かがその背中を押してあげればと思っているよ」
「一体、それは誰なんでしょうね……」
「さあな……?」
因みに、俺の背中は現在進行形でこの園児共に踏みつけられているけどな?
「君だって動こうと思えば、その重荷を押し退けることくらいはできるだろう?」
「…………」
「嫌なら動けばいい」
そんなのは分かっている。
だけど、動いたところで本当にそれが『正解』かなんて分からない。
「どうせいなくなる俺がこれ以上黒川に関わっても、それがアイツの重荷になる可能性だってあるじゃないですか……」
なら、黒川は俺の力に頼らないで『動ける』ようにならないと意味が無い。
「それも、そうだな……」
そして、川口先生は園児達に踏みつけられる俺を意味深に眺めながらこう言った。
「まぁ、それを選ぶのは私ではないからね」
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