第29話「過去」
『今日から転校してきた安藤くんです。皆仲良くしてあげてね』
小さい頃から転校するのは慣れてた。
親の仕事の都合なのか、当時の俺は小学四年生にも関わらず既に四回の転校を経験していた。
つまり、一年に一回のペースで転校していたわけだ。
『よろしく……』
そんな環境で育ったせいか当時の俺にはまともに『友達』と呼べる存在がいなかった。
もちろん、何処かの残念美少女(黒川)とは違って最初から友達がいなかったわけでは無い。
例え転校生であっても人並みにしていれば気の合うクラスメイトの一人や二人はできるし、俺だって小学校に入ったばかりの頃は放課後に集まって遊ぶような相手の一人や二人くらいはいたさ。
だけど、それも転校してしまったら『ゼロ』だ。
小学生にとって転校というのは意外と大きいイベントだ。
どんなに友達を作っても転校した瞬間に自分の友人関係はリセットされる。それどころか、まわりは既にクラスのグループが出来上がっているので自分のカーストは自然に低い位置からのスタートだ。
それに、仲が良かったクラスメイトも転校して物理的に会うのが難しくなると自然と連絡が無くなってくる。
どんなに『また会おうな!』『連絡するね!』とか言われても、一年もすれば音沙汰なしだ。
そんな経験を小四になるまでの間に四回も経験してしまえば『友達を作ろう』というのが俺にとってどれほど無駄な行為になるか想像もできるだろう?
「そんな俺でも実は一人だけ『友達』って言えるような子がいたんだよ」
「え……」
「小学五年生の時かな……ちょうど、今の黒川みたいにクラスで孤立している女の子がいてな」
『その本……好きなの?』
地味で休み時間に本ばっかり読んでいるような子だった。
当時の俺は何の気まぐれかその子に話しかけてしまい。そして、当然のように懐かれた。
多分、席が近かったし暇つぶし程度に話し相手が欲しいとかでも思ってしまったんだろう。
どうせ、またすぐに転校するしそれまでの関係だと思って当時の俺は深く考えることもなかったのだが……
『あ、安藤くん! お、おはよう……』
『お、おう……おはよう』
『ねぇ、安藤くん……い、一緒に帰らないかな……?』
『まぁ、いいけど……』
『えへへ♪ なんか友達っていいね……』
『…………』
幸か不幸か、その子と知り合ってから俺が再び転校することは無かった。
そして、気づけば俺はその子と『友達』と言えるくらいにはほぼ毎日二人っきりでいるようになっていた。
『えっと、安藤くんが良ければなんだけど……明日、家で私の誕生日を祝うんだけど……よ、良かったら、安藤くんも来てくれないかな!?』
それは誕生日会のお誘いだった。
だけど、彼女にとって『友達』と呼べる存在は俺しかいないわけで、要約すると『二人』で誕生日会をしたいという意味だ。
『まぁ、別にいいけど……』
『ほ、本当!?』
彼女の誕生日は偶然にも小学校の卒業式と一緒だった。
つまり、小学校で唯一できた『友達』に誕生日を祝って欲しいという彼女なりのお願いだったわけだ。
そんな健気な彼女のお願いを当時の俺は断ることができなかった。
きっと、転校が無かったことで少なからず彼女に情が移ってしまっていたのかもしれない。
だから、俺が転校するまでの間は彼女と一緒にいてあげようと……そう思ってズルズルと彼女とも『友達』のような関係を小学校の卒業まで続けてきてしまったのだ。
多分、当時の俺はそれが『優しさ』だと思っていたのだろう。
『や、約束だからね!』
だから、俺は失敗した。
『……嘘つき!』
その約束をした数日後、親の仕事で海外への引っ越しが決まった。
つまり、小学校を卒業する前に俺はまた転校することになったのだ。
だから、俺はありのままを彼女に伝えた。
誕生日会には行けない。一緒の中学には行けない。
小学校の卒業式に、俺はいないと――
『何で……ッ! 約束したのに……誕生日来てくれるって! 一緒に中学行こうって……』
そんな風に泣いて怒る彼女を俺は初めて見た。
今ままので俺にとって『転校』とはただの『別れ』だ。
だから、今回も今までと同じように悲しまれるけど、数日後には『またね』と笑顔で送り出されて時が経てば忘れされるものだと思っていた。
『私……楽しみにしてたのに……初めて友達ができて……なのにこんなの……』
だから、こんな風に『怒り』をぶつけられるとはみじんも思っていなかった。
多分、俺は転校することに慣れ過ぎていたのだろう。
あまりに多くの転校を経験してきた所為で、俺は『別れ』に慣れている。
だけど、彼女は違う。
彼女にとって俺の『転校』は初めての『別れ』だ。
初めて経験する『感情』だったのだろう。
『こんな悲しい気持ちになるくらいなら……友達なんか、いらなかった!』
最初からこうなることは分かっていた。
親の都合で長い間同じ場所に住んでいられないくらい小学生の自分でも理解していたはずだ。
なのに、俺はそんな簡単なことも忘れて彼女の『友達』になってしまった。
その時、ようやく俺は理解した。
彼女に『友達』という希望を与えて、その『
全部、俺が悪い。全部、俺のせいだ。
最初から俺が彼女に迂闊に話しかけなければ……俺が『友達』なんて作らなかったら彼女がこんなに苦しむこともなかった。
つまり――
『安藤くんなんて……大っ嫌い!』
俺は『友達』なんて作ってはいけない人間だったんだ。
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