第28話「タワマン」
「このマンションが俺の家だ」
そう言われて目の前を見ると、そこは超高級そうなタワーマンションがそびえ立っていた。
「えっと……安藤くん、このマンションって何階建てなのかしら?」
「あぁ、確か……五十五階だったな?」
「ご、ごじゅう……」
それって、本当に人が住める高さなのかしら……?
「因みに、俺の家は五十三階だからエレベーターで上がる時に気圧の変化で最初は耳がキーンってなるかもしれないから気をつけてくれ」
「え、えぇ……」
それって、普通は飛行機に乗る時の注意事項じゃないのかしら……? とても、マンションのエレベーターでされるような説明じゃないわね。
そして、彼に案内されるままタワーマンションの中に入ると、一階は丸ごと何処かの会社の受付ロビーみたいになっており、中央には向かう階ごとにそれぞれ別のエレベーターが並んでいた。
どうやら、向かう階によっては乗るエレベーターを乗り換える必要があるのだとか……。
「俺の家の階って、エレベーター乗り換えないといけないから、ちょっと不便なんだよ」
「そ、そうなのね……」
というか、何故私は彼の家に行くことになっているのだろう?
元々の予定では、前みたいに私の部屋に呼ぶつもりだったのに……いやいや! でも、既に私の家に呼んでいるくらいなんだから、今さら彼の方の家にお邪魔するくらい何も問題はない……わよね?
むしろ、これでお互いの家に呼ばれたわけだから、もうこれは実質ほぼ『友達』と言ってもいい関係なのではないかしら?
だとしたら、これを『友達』の既成事実として今日の絵日記にでも書いておこうかしら?
「それにしても驚いたわ。貴方の家って、かなりのお金持ちなのね……」
「いや、別にそれほど金持ちってわけではないと思うぞ? 俺からしたら、黒川の家みたいに一軒家を持っている方が十分金持ちだと思うしな」
「嘘おっしゃい。こんなタワマンに住んでおいて良く言えるわね……」
そして、彼はエレベーターを降りると、直ぐ目の前の部屋のドアを開けた。
どうやら、ここが彼の家みたいね。
「とりあえず、靴はこの靴入れに仕舞ってくれ、スリッパはそこにあるの使って良いから」
「く、靴入れね……。ええ、分かったわ」
おかしいわね……。彼がそう言って空けたのが『靴入れ』じゃなくて小さな『部屋』に見えるのは私だけかしら?
だって、玄関の横の扉を開けたら、人が一人くらい入れるスペースの空間があってそこに棚が並んでいるのよ……。
そして、そのまま案内されたリビングも凄い広さだった。
全体的に白い内装が幅広く使われて、大きなテレビにソファーとテーブルがだけが並んでおり、景色を良く見せるためか部屋の窓もガラス張りかと思うような大きさで外の景色が良く見える部屋だ。
――と、言ってもこの高さからだと曇しか見えないわね……。
もう、これは『家』というよりは『ホテル』の部屋ね。まるで、何処かのスイートルームにでも案内されたのかと思うレベルだわ。
だけど、何故だろう。これほどにも凄い家なのに、この家からは何か全体的な『寂しさ』を感じる気がするのは……。
「ねぇ、安藤くん……。こんな家に住んでるなんて貴方のご両親は一体どんな汚職――じゃなくて、お仕事をしている人なのかしら?」
「何か物凄い誤解をされている気がするんだが……」
「ただの言い間違いよ。気にしないでいいわ」
「……そうか」
だ、だって、仕方ないじゃない! こんな部屋に住んでるなんて言われたら絶対に普通のお仕事だとは思えないんだもの。
「まぁ、気持ちは分かるけどな……。でも、ごめん。実は俺も親の仕事はあまり知らないんだ」
「え、知らないの……?」
「あぁ、何か『先生』って呼ばれる仕事だとは聞いてるけどな……」
「そうなの……」
うむむ……『先生』ってことは、やっぱり汚職の可能性が……。
「だけど、転勤が多い仕事だってことだけはよく知っている」
「そう……」
まぁ、これだけ良い所に住めるお仕事なんだから、それだけ大変なお仕事なんでしょうね。
「じゃあ、そろそろテスト勉強を始めましょうか」
「なぁ、その前に少しだけ話したいことがあるんだ」
「……何よ?」
普通なら、この話の流れで気づくべきだったのかもしれない。
何故今まで自分のことを話そうとしなかった彼がこのタイミングで自分の家に誘ったのか? 何故自分の家の事情を話さなそうな彼がこんなにも、私に話してくれたのか?
だけど、この時の私は浮かれていて気付くことができなかった。
「俺、転校するんだ」
そう、彼が私に優しいのは『別れ』が近いからだと。
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