第11話 友人が犯人? 新たな任務と深まる疑惑

「あっ! 灯理ちゃん! おはよう」


 相手が誰か分かるとすぐさま先程までカルマを睨み続けていた仏頂面からまるで朝日のような晴れやかな笑顔になる。


「灯理ちゃん、任務から帰って来てたんだ。いつ帰って来てたの?」

「ついさっきだよ。朝ごはんも食べてないからお腹ペコペコ~~」

「それなら私もこれからお昼だから、灯理ちゃんも一緒に食べよ」

「本当にっ! やった! 前向きに考えて、仕事が長引いてよかったね! でも……今日の食堂、何か変な臭いしない? 試作のメニューでも出たのかな?」

「いや……それは多分…………」

 

 言い淀みながら環はゆっくりと視線をカルマが食べている料理に移し、それを追って灯理もカルマの方を向く。


「あれ? 初めて見る人だ。あなた新人さん? 何ていうの?」


 灯理が興味深そうに顔を覗かせるのを見て、それを迷惑そうに舌打ちをしてカルマは応えた。


「人に名を尋ねる時は、まず自分から名乗れって教わらなかったのか?」

 環の「また嫌味な事言って」という小さな呟きを無視し、カルマは灯理と呼ばれた少女を見やる。


 夕日のように真っ赤な長い髪、燃えるように赤い緋色の眼を持ち、それらと同じように赤を基調としたシンプルなコスチュームは明るく振舞う彼女にはぴったりで、長い髪を空色のシュシュで留めてサイドテールにしてあるのもワンアクセントが効いていてた。


 そんな彼女だからか、カルマの嫌味にも軽く笑顔で応じつつ自然なながれで自己紹介を始めた。 


「これは失礼っ! 私、双葉灯理って言います。歳はタマちゃんの一個上の十五歳で、《双炎のアカリ》って名乗ってます。タマちゃんとは友達になったばかりだけど大親友です!」


 ハキハキと元気の良い灯理の自己紹介を聞くと、カルマはある事実に驚きのあまり目を見開き、動揺のあまりにスプーンを床に落とした。

 その様子を見てカルマが何に驚いたかを悟った環は、誇らしげに自身の薄い胸を張り、カルマの口が開くのを今か今かと待ちわびた。


「なん……だと……!? 小娘……お前に友達がいたのか?」

「失礼にも程があるでしょうがっ!」


 思っていたのとは違うカルマの感想に、環はテーブルを叩いて抗議する。


「それ以外にもあるでしょ! 私と一つしか歳は離れてないのに、この歳で異名持ちなんて灯理ちゃんとその双子の妹の雫ちゃんぐらいなんだから! どう? すごいでしょ!?」

「どうしてタマちゃんが自慢げなの?」


 ――なるほど、双子の内の一人だから《双炎》か


 薄い胸を張って言う環にさりげなくツッコミを入れる灯理を見て、カルマは納得する。


 異名はヒーローが自分の名を名乗る時に使う名乗り名。

 それは《勇者機関》の司令官――つまりは、鋼地によって与えられ、異名を与えられるヒーローの特徴や戦い方などを元に付けられる。


「双子で異名持ちなら、さしずめ、妹の方は《双水》といったところか」

「はいっ、妹は《双水のシズク》という異名を与えられてて、私と同じくらいずっっっごい可愛いですよっ! それに頭も良くて、いつも作戦もシズクが考えてくれてて、後は――」


 まるで自分の事のように嬉しそうに妹の話をする灯理。そんな灯理にカルマは訝しげな目を向け、


「――では、何故お前は自分の妹を見捨てたんだ?」


 何気ないように言ったカルマの言葉に、太陽のように輝いていた笑顔は陰り灯理は口を開く。

 それを聞いていた環が慌ててカルマに顔を突き出すように近づけて威圧する。


「ど、どういう事よっ、灯理ちゃんが雫ちゃんを見捨てたって?」

「失踪事件の最初の犠牲は、こいつの妹の《双水のシズク》だった。そして、それからこいつが関わった事件の中で共に同行したヒーロー達の多くが行方不明となっている」


 カルマが淡々と述べる事実に環は内心動揺しながらも、環は友人の為に虚勢を張る。


「それがどうしたのよっ、そんなの、たまたま灯理ちゃんが関わっていただけで、証拠にも何にもならないじゃない」

「確かにそうかも知れないな。だが、この事件と灯理には共通点がある」

「きょ、共通点?」

「事件の行方不明者は、多かれ少なかれこいつと関わっていた人物達だという事だ。それは友人や教育担当者、そして妹だ」

「だから、それがどうしたのよ。そんなの話じゃ灯理ちゃんが雫ちゃんを見捨てたなんて……………」


 話の内容を環が全く理解していないとカルマが理解すると、カルマは心底呆れたと言わんばかりに深い溜息を吐いた。


「まったく、ここまで言っても分からんとは、察しが悪いのか馬鹿なのかのどちらかだな」

「なんですってっ!? 大体あんたの話しなんて最初から理解できる訳が…………」 

「もういい、お前は黙ってろ」

 

 環が声を上げる前に、カルマは環の大口に一匙分の牛鬼のシチューを突っ込んだ。


「んんっ!? うぐううぅぅぅぅぅっっっ!?」


 突如として環の口の中を襲ったのは、味覚ではなく激痛だった。

 舌にドロドロのシチューが絡む度に体が拒否反応を起こし、肉が歯に当たる度に歯肉にまで伝わる痺れが顎の感覚を麻痺させた。


「どうだ、牛鬼のシチューの味は? とてもクセのある生臭い肉が舌に触れた途端、ピリリと刺すような辛味のあるスープで緩和され、最高のバランスを保っていると思わないか」


 満足そうに牛鬼のシチューを食レポするカルマとは裏腹に環の思考は暗転を繰り返していた。

 目は左右に激しく動き周り、背中からは冷たい汗を噴出し、少女らしい桜色の頬を蒼白に染めたその姿は、傍目から見て食べ物を食べている顔ではなかった。

 

 だがそれでも人としての尊厳から、未知の味わいに対しても口を押さえ必死に耐えていた環。

 だが、その努力も虚しく一回でも頭の中でまずい事を認めてしまえば、本能がそれを拒否せざるを得ない。

 

 ついに環は、胃から昇ってくる拒否反応の奔流に逆うことができず、両手で口を押さえたまま一目散にトイレに向かった。


「まったく、この味が分からないとは、あの小娘は舌も幼稚と言う事か」

「いや~~……あれは仕方が無いと私は思うけどな~~……」


 苦言を呈するようにカルマに反論する灯理に、カルマはじろりと睨みつけて不満を示した。

 

 だがそこまで話を掘り下げる必要はないと諦めると、息を吐くとカルマは体を灯理の方に向けて話を戻す。


「さっきの話の続きだが、何故お前は勇者機関の人間を襲っているんだ?」

「お、襲ってませんっ!! 私は…………妹を見捨てたんじゃありませんっ…………救えなかったんです」

「…………」

 

 灯理が辛そうに唇を噛み締めて答えると、カルマは灯理の心情など気にせずに詰問を続ける。


「それはどういうことだ?」

「…………その日私達は街で暗躍していると噂の強盗団の捕縛ミッションの為に、ある廃ビルへと向かいました…………そこで雫は居なくなりました…………」


 訥々と語りながら灯理がカルマの方を見る。カルマの眼は変わっておらず、それだけで話を終わらす気がない事を察する事ができた灯理は話を続ける。


「そのミッションは油断し切った強盗団複数人を捕まえるだけの簡単なミッションのはずでした。ですが、私達が奇襲に来る事がバレていたのか、強盗達は充分な装備も用いて私達を襲ってきました。その最中で私と雫はビル内で離れ離れになり、全てが終わった頃には、雫とリーダー格の強盗はその場から消えていました」

 

 その鋭い眼光に晒されているのか、それとも自分のした行いに悔いているのかカルマには推し量る術はない。ただ灯理は声を震わし、服の裾を握り締めていた。


「…………私の所為、なんだ……一緒にいたのに、それなのに守れなかった……だから取り戻す……どんな手段を使ってでも……」

「…………まぁ、それが本当の事だとしても、お前が関わっていたヒーロー達が行方不明になった事には変わりないがな」


 傷心している灯理の心境など気にせず冷たく言い放つカルマ。その物言いに灯理が答えに困り頭をポリポリと掻く。


「あ、ご、ごめん、そこまで聞いてなかったよね。えっと…………」


 咄嗟に貼り付けたような笑顔を浮かべた灯理は居心地悪そうに言葉を詰まらせて視線を宙にさ迷わせる。すると、


「あぁ~~……死ぬかと思った……」


 その視線の先にトイレからトボトボと蒼白な顔で環が戻ってきたのに気付き急いでコップに水を注ぐ。


「タ、タマちゃんっ、大丈夫っ!? ほら、これお水」

「うぅ……ありがと灯理ちゃん……」 


 強引に話を切り上げて環を介抱する灯理を見て、カルマもその流れに乗ることにした。


「情けない奴だ。これだから味の分からないガキは嫌いなんだよ」

「あんたが一番味音痴でしょううがっ!! こっちはまだ舌がヒリヒリするんだからねっ!!」

「苦手な物を食べれない理由を人に所為にするその体たらく。それこそがガキの証拠だろ」

「何だとコラァッ!!」


 環が更に言葉を続けようとしたその時、カルマの懐から軽快な着信音が流れた。

 カルマは何か言おうとした環を手で制しつつ懐から自分の勇者手帳を取り出す。

 画面には通話をする電話機のマークと『おっさん』という文字が出ており、カルマは電話機のマークをタッチした。


「どうした、おっさん。何か用か?」

『あぁ、急な依頼が入ってな。環も一緒か?』


 カルマは横目で水の入ったコップを飲む振りをしてこちらの話を聞こうとする環を見て鋼地の質問に答えた。


「あぁ、今は食堂にいる」

『そうか、食事中ならすまないが、またお前ら二人に直接依頼したい』

「今度はなんだ?」

『ビジネス街に現われたスキル持ちの暴漢が暴れ回っているという情報が警察から届いた。そいつを止める為、お前ら二人には直ちに現場に向かって対処して欲しい」

「別にそれくらいなら構わないが、俺達に直接依頼するほどのことか?」


 そう疑問をカルマが口にすると、鋼地は不甲斐無さそうに言った。


『食堂にいるなら分かると思うが、そこにいるほとんどのヒーローは失踪事件の大規模調査を終えたばかりで疲労困憊している。それにそこにいないだけで今回の調査で軽負傷者も出ていているんだ。しかもこういう依頼は任意で引き受けるのが原則となっているため、帰ってきたばかりの彼らではすぐに動いてはくれないと判断し、お前に直接連絡した』

「指令官のくせに肩身が狭い思いをしてるな。前のおっさんとは大違いだ」


 カルマが言う言葉の一つ一つが、環の中で謎を深めさせる事などカルマは知る良しも無く、いきなり現われた問題事に厄介そうに小さく唸っていた。


「まぁおっさんの頼みなら仕方ない。その暴漢の情報と現場だけ教えてくれ。情報が転送され次第、すぐに向かおう」

『ありがとう。では今から情報と現場の場所の転送と、現場で対処している警官隊にもお前らが向かうことを報告しておく。それでは健闘を祈る』

 

 通話を終了させると、カルマはシチューの入った皿の縁を両手で持ち、ラーメンのスープのように喉を鳴らしながら一気に飲み込んでいく。

 紫色のスープがドブが蠢くような動きで皿からカルマの口に向かう度、周りで見ていた灯理と環の表情を引きつらせていく。だがそれとは裏腹に、全てのシチューを飲み干したカルマは皿を静かに机に置くと満足そうに恍惚の表情で息を吐いた。


「ごちそうさまでした」


 行儀よく手を合わせて頭を軽く下げたカルマは、食器を返却口に置く。


「おっさんから任務だ。お前も付いて来い」


 それだけを言い置いてカルマは有無も言わさず食堂を出ると、環は少し間を置いてから急いでカルマを追いかける。


「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! あっ! 灯理ちゃん、今度は一緒にご飯食べようね!」

「うん……気をつけてね、タマちゃん」


 急いでカルマの後を追いかける環。その慌しい後ろ姿を灯理は静かに見送った。

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