第22話 蛇の怪人化
「あれが…………魔族…………。私達、シルバーランクのヒーローじゃ存在すら伝説といわれる、人外の化け物」
下位のランクでは見る事も無い初めての魔族の姿に、環と灯理は萎縮しそうになる自分の体をなんとか保とうと唇を噛み締めて何とか耐える。
「な、何よ、その《輪廻の輪》って組織は……そんな組織、聞いた事もないわ」
平静を装う環からの質問に調子を崩すことなくコネクターは笑い続ける。
「シシシシシッ! いやいや環さん、あなたなら分かるでしょ? だってあなたはあの《転生のリンネ》の妹なのですから」
「何でそこで姉さんが出てくるのよっ! 意味分かんないわよっ!」
「シシシシシッ! お姉さんと違って察しが悪いですねぇぇぇ。その名の通り《輪廻の輪》とは、今は亡き《転生のリンネ》だけが持ち、他のスキルと一線を引いたレアスキル《輪廻》の細胞をその身に受けた四名の《魔人》の方々により結成された組織です」
「…………!?」
思わぬ所から出た姉と敵の組織の関係性、その情報を一度に飲み込む事ができない環はただただ目を見開き驚愕する。
「私は今回、その魔人のお一人から命を受け、ある物の作成に取り掛かっていたのですが……何分初めての試みゆえ色々試す内に研究資料が足りなくなってしまいましてね」
こめかみに指を宛がい悩むような仕草をするコネクター。
「そこでここにいる《双水のシズク》さんを初めとした優秀なヒーローの方々と、そこにいるシズクさんのお姉さんであるアカリさんに協力を仰いだ訳ですよ」
その説明に対して環は振り払うように腕を横に振って否定する。
「何が協力よっ! そんなくだらない事のせいで、シズクちゃんを人質に取って無理やり協力させただけでしょうがっ! そのせいで灯理ちゃんがどんなに苦しんだか、あんたは分かってるのっ!?」
「シシシシシッ! それは申し訳ない! ですが、私の研究の成果を見れば、あなた方の怒りも収まるはずです! えぇ! 絶対にっ!」
興奮を抑える事なく説明を続けるコネクターは、白衣の内側から紫色の毒々しい液体が入った注射器を取り出した。
「これは『怪人化薬』。我らが魔人様方の細胞データと魔族である私の細胞を極限までに凝縮させた
それを聞いたカルマが初めてそこで話しに割り込んだ。
「他の《勇者機関》支部のヒーロー失踪も、お前の仕業か?」
「シシシッ! 気付いちゃいましたぁぁぁ? そうですよ、彼らでは私の薬に耐え切る事ができず半数も耐える事ができませんでした。そして結局、優秀な人材が揃っている海空まで来てしまいましたよ。するとどうでしょうっ! まさかここまで優秀な素体がいたのですよ!」
コネクターが足を鳴らすと、それを合図に外壁のライトはコネクターからその下に捕らえられている雫を入れた培養糟を照らす。
ライトで照らされた事により、先程よりも鮮明に写る雫の姿。所々を露出させた不気味な鎧を着せられ、へその上には魔族特有の奇怪な紋様――魔術印が刻まれていた。
「この何者にも染まっていない未成熟な身体、汎用性のあるスキル、そして何よりもこの私の細胞との適合率の高さ、どこを取っても申し分ない! それを今から証明しましょう!」
そう鼻息を荒くして言うコネクターは、躊躇する事なく注射器を自分の首筋の突き刺すと、そのままの躊躇う事なく薬を注入していく。
「シシッ……! 来た……キタキタキタキタキタキタキタキタァァァァァッ!!」
すると一分も立たない内に遥か下にいるカルマたちでも分かるほどにコネクターの身体に変化が現われた。
しなやかですぐに折れそうな身体からは白衣の下から筋肉が膨れ上がり、鱗の一つ一つが逆立ち始める。
コネクター自身からは蒸気が上がるように溢れ出た魔力が体の外へと漏れ始めていた。
環や灯理がその変化した姿に嫌悪感を抱くのも気にせず、コネクターは自身の体に内包している魔力を宙に浮かべて一つの魔法陣を描いた。
「先程も言ったとおり、この怪人化薬は私たち魔族の体なら身体強化や魔術強化にしようする事も可能なのです。が、この通り変化するのが早いため、いくら最高の素体である雫さんに使ってもただ雫さんが死んでしまうだけ……ならばどうするか――」
そこで一度コネクターは言葉を切ると、魔法陣と雫の魔術印が同じ輝きを見せて同調したのを確認する。
「――答えは簡単。魔族である私が薬を使い身体を強化、その後、雫さんと私の体を融合させるのですよ!」
「…………!?」
想像を絶するほど猟奇的なコネクターの答えに、灯理は驚嘆し目を見開いた。
そのように言葉を失っている間にもコネクターの魔術は完成へと近づいていくにつれ培養糟の中から泡が立ち始めた。
「ぐぼっ……!? ぐぼぼぼぉぉっ!?」
「し、雫っ!? どうしたのっ、雫っ!!」
「シシシシシッ! これはすごい! 痛みも感じないように多量の鎮痛剤を投与したというのに、やはり魔族の細胞との融合は拒絶反応も想像以上だっ、これは新しい発見ですよ!!」
先程まで生気を感じさせない虚ろな目を向けていた雫。
だが今は、苦痛に歪んだように培養糟の中で腕や足をバタつかせ、その瞳の奥から必死に生を目指して目をむき出さんばかりに開いていた。
その姿をコネクターは狂気を孕ませた笑いで見届け、頭の中でその様子を忘れないように報告書としてまとめ出す。
「良い……! 実に良いですよ! あぁ! 早くこの事をデータに記録しなければっ! どなたか、宜しければこの事を紙か何かに記録してくれませんか!?」
「てめぇぇぇぇぇ! ふざけるなあああぁぁぁぁぁっ!!」
「やめろっ!」
悪意無く言ったコネクターの言葉に理性が限界を迎えた灯理は、感情のままにスキルをコネクターに打ち込もうとした瞬間、その手をカルマが後ろ手に取り拘束する。
「離せぇぇぇ! 離してよぉぉぉっ!」
「お前が今奴の魔術を止めたとしても、一度行使した魔術の失敗はどんな結果を招くか分からないっ。お前は自分の妹が化け物のままでも良いのか!?」
カルマの言葉に灯理は力無く崩れ落ち、大粒の涙をなんとか流さぬよう目に留めて、他の方法を探し出す。
だが、魔術の事を自分よりも熟知しているカルマですら、動く事はなかった。
それはカルマですら、目の前の状態の雫を救う事ができない事を意味していた。
「がっ……ぁぁ……あ……」
水の中でもがいて抵抗していた雫の瞳にまた生気が失われると、雫に刻まれた魔術印が妖しく光を放ち、その光が広い部屋一面を白一色に染め上げる。
あまりの眩しさに目を覆い隠すカルマたち。
そして、その光を至近距離で受けたコネクターは今まで以上に狂った笑いを腹から捻り出した。
「シシッシシシッシシシシシッ! さぁ実験開始ですっ!
高らかに自分の魔術名を宣言したコネクター。
その体は部屋の白いに包まれ、自分の体を光の粒子に変換する。
光の粒子となったコネクターは、雫の魔術印から発する光が消えるとそこへ吸い込まれるように雫の体へ入っていく。
「ぐっ…………がぁぁぁあああぁぁぁぁぁっ!!」
獣のような雄叫びが培養糟越しにカルマたちの耳を劈き、鼓膜を破られまいと三人は耳を塞ぐ。
「何なのよ、これ!? まるでドラゴンの咆哮みたい……!]
「でかいトカゲの叫びというなら、その表現はあながち間違ってないかもしれないな」
環が言った例えに真剣に答えるカルマ。その目は油断なく緑色から淀んで黒く染まった培養糟の中を睨んでいた、その時、
「…………っ! 来るぞっ、構えろ!」
突拍子もなく培養糟の中から放たれた水の砲弾が、カルマたちを襲った。
カルマの声もあってそれに反応する事ができた二人は、半ば強引にスキルを発動し、環はパワードスーツの膂力で、そして灯理は手の平を爆発させた勢いに乗ったバク転で攻撃をかわす。
「っ…………この威力は…………!?」
水の塊をぶつける先制攻撃。それは雫がよく戦闘時に用いていた基本的戦略だ。
だが、灯理が驚嘆の声を漏らしたのはその攻撃方法ではなくその威力。
水の砲弾が落ちた場所は水飴が溶けたように崩れており、そこにもし自分達がいたならば間違いなくあの世逝きだという事実に環は戦慄する。
「――いやいや気に入りましたよ、この体」
「っ…………!?」
その声音に灯理は自分の心臓
久しく聞く事の無かったその声を辿って視線を飛ばすとその先に捜し求めていた者がいた。
「あっ……ぁぁっ…………!!」
だが、灯理はそれを見て歓喜の声をあげる事は無い。むしろ逆だ。
灯理はその醜悪な外見に妹の面影を認めた瞬間、先程カルマたちと築いた覚悟すらも捨て両膝を着いて絶望し、絶叫した。
「雫うううぅぅぅぅっっっ!!」
培養糟の中から顔を覗かせたその怪物は確かに雫の面影のある顔をしていた。
だが、それだけである。
幼い少女とは思えないほどに肥大したスポンジ状の図太い四肢、臀部から生えた長細い尻尾、それらを藍色と黒色の蛇柄の鎧と兜で包みこんだその相貌に、もはやカルマ達が写真で見た理知的な少女はいなかった。
雫の皮を被ったそれは、雫の声とまったく同じ声音で狂乱染みたように笑いだし、玩具を見せびらかすように手を広げて自分の姿をカルマ達に晒し出す。
「シシシシシッ! どうですか!? これが私の魔術と『怪人化薬』、二つの英知によって成し遂げられた人間の怪人化。今の私の姿を名づけるならば差し詰め『シズク・コブラ・モチーフ』といった所でしょう!」
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