第23話 全てを支配する魔眼

 高らかに自分の生まれ変わった姿をカルマたちに向ける怪人。


 その異常な光景すら認められない灯理は、目の前に立つ妹そっくりの化け物に手を伸ばして、最愛の妹の名で呼びかける。


「しず、くっ……お姉ちゃん、だよ……分かるでしょ……? 雫ぅぅぅぅ……」

「だから、雫ではありませんよ。あなたは出来上がった作品の名前をその原材料で呼ぶのですか? シシシッ!」


 灯理の呼びかけにも応じる事なく、雫は静かに灯理達に銃を構えるように手の平を向ける。


「シシシシシッ! 彼女の思考は完全に『怪人化薬』の影響で私の深層心理の届かない場所にまで堕ちています。そしてこの兜は私が今乗っているメインコンピューターから常に情報を与え続ける事で、私への精神干渉の全てをシャットアウトする機能を持っており、そこにいるカルマさんのスキルも無意味、これぞ完璧な私自身すらも素材に使った、完璧な作品です! シシシシシッ!!」

「笑うなああぁぁぁっ! 雫を返せえええっ!!」


 怒りのままに放った灯理のスキル《火炎》の炎が、遠方に立つコネクターもとい、コブラ・モチーフに放たれた。


 熱だけで皮膚を焼く事すら容易い高火力の炎。

 その威力は常に不変の態度を取るカルマですらワームでの拘束を用いて対策を取る程だ。


 殺意に満ちた炎は、主の怒りのように少しも収まる事を知らず、コネクターに焼き滅ぼすと思われた。


「それではダメですね、シシシッ!」


 コネクターがそうして笑う時には、灯理が放った炎は怪人となったコネクターが後から放たった水弾で相殺される。


「流石は《双炎のアカリ》さん。その歳にしては対した威力ですが、強化した《邪水》のスキルは様々な特質を持つ水を大気中や物質を媒介にして生み出す事ができるのです。今の攻撃も消火器などにも含まれる酸アルカリやハロゲン化物、そして不活性ガスなどを集め、あなたの攻撃を相殺したのですよ」

「がああああぁぁぁぁぁ!!」


 コネクターの自慢げな説明も、半狂乱した灯理の耳には入らず、攻撃の手を緩める事すらない。


「それと言っておきますが、私の後ろにあるこの機械がこの施設のメインコンピューターなんですが、これと私の兜は電波信号で連携してまして、万が一、私ではなくメインコンピューターに一定以上のダメージが蓄積されると、私と融合しているこの体から信号を送り出し、施設とこの体を爆発する仕組みになっていますので、うっかり攻撃しないようにお気をつけて、シシシシシッ!!」

「……!? 灯理ちゃんっ! 一回、落ち着いて!」

「離せよっ! 離してよっ! 雫が……雫が、目の前にいるのよ……! なのにっ……!」


 コネクターの説明を聞いてもなお攻撃の手を緩めない灯理を見かね、環がその体を羽交い絞めにする。だがそれでも灯理は環に抵抗し、体を揺らす度に目から大粒の涙を散らし、嗚咽混じりの叫びをあげる。


 環には分かる。


 唯一の肉親を奪われ、その孤独の穴が軋みをあげて広がっていく、その痛みが。


 そしてその痛みの元となっている『怪人化薬』が、自分の姉のスキルを元に造られたのならば、それは《転生のリンネ》の妹である環も責任を感じずにはいられなかった。


 だからこそ、今、灯理にかける言葉は環自身が彼女に与えなければならない。自分の部屋に話しをしに来てくれたような、あんな救いを灯理に与えたい。


 そう思っていた時、


「――お前の妹はまだ助かる」

「えっ……」


 環と灯理が目を点にしているのもお構いなくカルマは淡々と話しを続ける。


「奴の『怪人化薬』は確かに人間を魔族に変える効果がある。だがその反面、精神面への攻撃に弱いため、あいつは俺の《洗脳》のスキルを警戒して、あんなダサい兜を被ってるわけだ」

「なら……どうすればいいの……?」


 話しを聞いていた環がそう聞くと、カルマは雫の方に視線を移す。


「雫の精神は完全に消されていない。ならば、表に出ているコネクターの意識を完全に絶った上で雫の精神に灯理が呼びかける事で、完全に精神を表に二つ出す。そうして、深層意識から出てきた雫の精神を俺がスキルで救い上げ、兜に繋がった機械を破壊する。そうすれば魔術と機械で精神を繋げていた奴の怪人化も解けるはずだ」

「でも、あんた、自分で言ったじゃない。《洗脳》はもう対策がされてるって。それに仮に《洗脳》が効いたとしても、強化した今の雫ちゃんを殺さずに行動不能にするなんて……」

 

 そんな事、本当に可能なのか、その言葉を環が口にする前に、環の腕を振り切った灯理がカルマに強い眼差しを向けた。


「本当に…………雫を助けられるんですか…………?」

「当り前だ」


 少しの逡巡もなく言い切ったカルマ。灯理はそこに自分の全てを賭ける価値を見出し、瞳に燃え盛る覚悟を灯す。


「ならやります。そして、一度離したあの子の手を、もう一度掴みにいきます」


 そこに妹を心配する姉の姿はなく、一人のヒーローとして戦いに挑む『双炎のアカリ』の勇姿があった。


 そしてその覚悟は環も同じだ。


 家族を奪われる苦しみを知らず、ただ自分の私利私欲の研究の為に友人の妹の体を弄んだ狂人を見過ごす道理を、環は持ち合わせていない。


「私も、これ以上姉さんの力で、誰も傷つけさせない――ここであいつを討ち取るわっ!!」


 環は腰に収めていた大剣を展開し、その切っ先をコネクターに向けると、コネクターはなおもおかしそうにケラケラと笑う。


「シシシッ! カルマさん、先程あなた自身がおっしゃってたじゃないですかぁぁぁ? 怪人となった私には、ちゃんと《洗脳》の対策があるのですよ?」


 そう狂った笑いを続けるコネクターにカルマは不敵に笑う。


「確かに厳しいな、それが――《洗脳》だけなら、な」

「シシッ?」


 言葉の意味を理解できず、無意味な声を漏らすコネクター。だが、その意味を理解できなかったのは環と灯理も同じで、二人は訝しげにカルマに視線を向ける。


 カルマはその視線も気にする事なくゆっくりとした所作で、カルマは自分の左目を覆い隠す機械に指をかけた。


 そして――


「っ…………!?」


 ――勢い良くカルマは左眼の機械を引き剥がした。


 隠されたカルマの左目が初めてその姿を現した時、その眼を見た人間――いや、怪人と化したコネクターですらも、微かに残った生物の本能でそれに嫌悪感を示した。


「なっ……なんですか……それはっ!?」


 紫炎の如く揺らめくその視線をカルマがコネクターを見た瞬間、コネクターの背中に悪寒が走り抜け、噴き出た汗が滴った。


 紫色の輝きを放つその眼からは、黒く塗り潰したような虹彩、十字に裂かれてた瞳孔を中心に、目の血管が浮き上がった異形の眼だった。


「スキルの名は《支配》。左眼のみが強化した俺のもう一つのスキルだ」


カルマの眼を見たコネクターは、首をブンブンと横に振り乱しそれを拒絶する。


「ありえないっ! 一つの体に別のスキルだなんて……そんなことができるのは私や”あの方々”しか許されないっ! そうっ、許されない、許されない許されない許されない許されない許されない許されない許されないいいいぃぃぃぃぃっっっ!!」


 首だけじゃなく体まで震わして錯乱するコネクターを、カルマは二色の双眸をもって敵を鋭く射抜く。


「何とでも言え。俺もお前のような中途半端な外道を許すつもりはない」


 それを聞いて錯乱していたコネクターの動きが急停止する。


「この私が……中途半端っ……ですとぉぉぉ!?」

「あぁそうだ。人から貰った技術や情報で粋がり、それをあたかも自分の功績のように振舞うお前は、悪党の中でもド三流の半端もんだって事だ」


 カルマはそう言うと目の前に並び立つ環と灯理に向けて左眼を向ける。

 二人をその眼に捉えた一瞬、眼光を更に強さを増して瞬いた。


「えっ、何、これ……!?」

「力が……体の内側から溢れてくるみたいっ……」


 突如自身の体に訪れた現象に、二人は動揺を隠せず自分の体を隅々まで確認する。


 淡い青色に輝いていた環のスーツは、大きな機械音をあげながらそのラインの輝きを青から濃い黄色に変わり、薄暗かった部屋の半分を照らしほどの光量だ。


 そしてその横で拳を握り締めていた灯理の体からは特注の耐熱性コスチュームを焦がしながら、両肩から火山の噴火のように出た紅蓮の炎が灯理の周りに熱風が逆巻く。


「俺のスキル《支配》の能力は、この左眼に写る生物の動きを完全に支配下に置く事ができる。そして、それは動きだけに止まらずスキルにも干渉し、短時間なら対象者の強化も可能とする。本来ならお前みたいなド三流トカゲ野郎を相手に使う程の力じゃないんだがな」

「……私は蛇です。トカゲではありません」


 カルマの軽く言った罵りに反応したのを見逃さなかったカルマは、重ね重ねできるだけ癇に障るような言葉を選んでいく。


「だが二足歩行だし、軟体じゃないし、どっちかというとトカゲ怪人だよな。事実はちゃんと事実として受け止めなければ成長できねえぞ、悪党の先輩としての有難いアドバイスだ」

「だからぁぁぁ……私は蛇だっつってんだろうがっ!!」


 カルマの度重なる挑発による怒りに、遂に堪えきれなくなった怪人は、その端正な顔を歪めて、感情のままに水弾を雨のようにカルマに放つ。


「させないっ!」


 カルマへ放たれた水弾を相殺するため、灯理はカルマの目の前に立ち、両手の平から噴出させた二つの炎の柱でもって向かえ撃つ。


「今ですっ! 一旦ここから離れましょう!」


 先程と同じ攻防から自分の攻撃が一時の時間稼ぎにしかならない事を理解している灯理は、すぐにその場からカルマと共に離れようとする。


「問題ない、よく見ろ」


 腕を引っ張られても動こうとしないカルマの視線の先を環と灯理も追うように見る。


「があっ、あぁ、熱ううううぅぅぅ……!?」


 その視線の先には、身に纏っている鎧の所々を焦がし、全力で防御の姿勢を取っている怪人の姿がそこにはあった。


「灯理ちゃん……こんな火力、出せたっけ?」


 目に見える状況を隣で技を放った張本人に聞く環。だが、当の本人である灯理は、あまりの事に首を勢いよく横に振って否定した。


「こんな火力、私の必殺技でも使わないと無理だよ……一体何がどうなって……」

「言っただろう。お前ら二人のスキルは、俺の《支配》で強化している。威力はもちろんの事ながら、その使い勝手も直感で感じ取れるはずだ」

「で、これからどうするの? やっぱり先に雫ちゃん――怪人の、動きを止めるの?」


 環の問いかけに対し、やはりカルマは視線を逸らす事なく怪人を注視する。


 どうやら怪人は、先程の攻防でのダメージ回復と、強化した環と灯理を警戒しているらしい。呼吸を整え、《邪水》のスキルで空中に水の槍をいくつも生成し、体制を整えてていた。


「あぁ、俺の《支配》の及ぶ距離は十メートル。ここから奴までの距離がおよそ五十メートル。その間の距離を俺と灯理で怪人を《支配》で抑え込んで機械を停止させる。そして動きの止まった機械を小娘の必殺技で破壊すると同時に、怪人から《洗脳》で雫の意識を連れ戻す」


 そこで言葉を区切ると、カルマは灯理に向き直り「そして」と説明を重ねる。


「雫を救い出す上で一番重要なのは、俺がコネクターの意識を断つ前に、お前がどれほど深層意識から雫の意識を取り戻す事ができるかがカギだ」

「意識を……取り戻す……?」


 灯理の問いかけにカルマは首を縦に振る。


「あぁ、今の雫は海で溺れてるのと同じだ。長い間コネクターの意識の中にいれば、いずれ酸欠で意識は消え去る。そうなる前に雫の意識に適切な酸素を送り、その上で安全に引っ張り上げる」

「適切な言葉って、一体何を言えば……」


 不安げに聞く灯理に、カルマは怪人から視線を外して灯理を見る。


「今の雫が一番聞きたい言葉を掛けてやれ。王道なら感謝、謝罪、誓い、ここら辺が無難だが、一番大切なのは、お前が雫に対してどう思っていたかどうしたいのか、それをはっきり伝えろ」

「で、でも……」

「――灯理ちゃん」


 話しを静かに聞いていた環が灯理の手を握りしめ、満面の笑みを向けた。


「大丈夫だよ、灯理ちゃんは私にとってのヒーローだもん! きっと雫ちゃんもそう思っているよ! 前向きに考えて、ねっ」

「っ! タマちゃんっ……!」


 一度は自分を敵に引き渡そうとした灯理に向けられたその笑顔。

 それを見て灯理はまた熱くなる目元を拭って、妹の体を奪った怪人に向き直る。


「シシシシシッ! 作戦会議は終わりましたかぁぁぁ? 今ならこの完璧な作品の私を半端者扱いした事を謝罪する事を認めますよ?」


 そういう怪人の周りには数えるのも億劫なほどの水の槍が、カルマたちにその矛先を向けており、その一つ一つにカルマたちへの殺意が籠もっている。


 だが、その脅しに屈する者は一人もおらず、カルマは笑いすらも零していた。


「さっきまで火傷で悶えてた奴が、よくも余裕でいられるな。こっちが話し合ってるのが分かってるなら邪魔ぐらいしてこい。そんなんだからお前は中途半端なトカゲ野郎なんだよ」

「私は蛇だと言ってるだろうがっ! 何度も言わせるな凡人があああっ!!」


 研究者とは思えない程に激昂して叫ぶ怪人に、カルマは不敵な笑みを浮かべる。


「そんなに認められたいなら、お前もここにいる灯理のように、たった一人の妹の為自ら地獄に堕ちる覚悟を見せてみろ」


 カルマが一歩踏み出して環と灯理の前に出ると、コネクターはそれに気圧されたように一歩下がり固唾を呑む。


「自分の研究にかまけて、しょうもない悪行すらも人任せにするような中途半端なお前には同じ中途半端なトカゲがお似合いだ。それが嫌なら――」


 カルマは手首を逆さに回して親指を逆さにしてコネクターに向ける。

『地獄に落ちろ』と子供染みたジェスチャー。だが、それをするカルマにはこの空間内を支配する程の圧倒的な重みがあった。

  

「――さぁ、堕ちるとこまで、堕ちてみろ」

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