第21話 突入・不気味な部屋と被害者達

 扉の先の光景に環は動揺を隠す事ができなかった。


 地下トンネル特有の無機質な肌色のアスファルトの壁は、機械の基盤のような物を埋め尽くされた一本道。その壁際には暗い緑色の蛍光灯に照らされたカプセル状の機械が余す事なく並べられていた。


 あまりにも日常離れした空間に環は空気の重りすらも意識せざるを得ないくらいに緊張が膨らむ。


 横目に見るとカルマと環はその空間の地面から天井までも見渡し、辺りの警戒を怠っていなかった。


 これが常に戦地に立っている者とそうじゃない者の違いと思うと、環は内心忸怩じくじたるものがあった。


「これって……雫が入れられてた機械……!? まさかこんなにあったなんて……」 


 送られてきた写真と目の前の機械を見比べる灯理が言うと、別の所で機械を見ていたカルマが何かに気付いた。


「……おい、中を見てみろ」

「ん? 何よ急に」

「いいから見ろ」


 胡乱げな目をカルマに向けながら、言われるがままに環は自分の近くにあった機械のガラス部分中を覗き込んだ。


「んぅ~~? この緑色の水……? が、どうしたのよ? 特に変な物なんて――」


 環が言い終える前、機械の中に満たされている泡が上に昇り切った時、


「きゃああああああああっっっ!?」


 環の目の前に虚ろな女性の顔がその目で環を見つめていた。


 想像を絶した自体に尻餅を付いて絶叫した環の安否を案じた灯理もそれを見て、小さな悲鳴を漏らした。


「ひ、人が……人が死んで……!?」

「お前ら落ち着け。まだこいつは死んでない。失踪したヒーローの一人だ」


 目の前の恐怖を凝視して観察するカルマがそう断定すると、灯理は環を起こしながら恐る恐る中のヒーローの女性を見やる。


 確かに、女性の目に生気は宿っておらず、ぴくりとも動かない体から灯理は死体と判断した。


 だが、よくよく見れば女性の口元には酸素マスクが取り付けられており、時折息を吐く際に気泡が機械の中を満たしていた。


 冷静に周りを見渡せば、他にも緑色の水で満たされた機械が幾つもまばらに点在しており、その中には、環や灯理も顔は見た事のあるヒーロー達が申し訳程度の布切れ一枚を着せられ、虚ろな目を向けてこちらを覗いていた。


 だが、その中に雫の姿を確認できなかったカルマは、目の前の被害者達の様子を見る事に専念し始めた。


 被害者達の頭と首には例外なく、特殊な形のヘルメットとチョーカー状の機械が付けられており、その二つの機械の仕組みをカルマは自分なりの知識と見解で推察していく。


「恐らくヘルメットは洗脳装置だが、チョーカーの方はこの前俺と小娘が捕縛した磁道が付けていた首輪と同じ物だ。その事からこのチョーカーが情報漏洩防止の自爆装置と推測するが、お前は何か聞いてるか?」


 自分の見解を確認するため、カルマは振り返って機械の中を見ていた灯理の方を向く。だが灯理はそれに対し、首を横に振って答えた。


「ごめんなさい……私が言われたのは『カルマが環と離れたらスイッチのボタンを押せ』の一言だけで、詳しい機械の仕組みとかは知らないんです……」

「つまり、お前は知らずに人を殺めるスイッチを握らされた訳か。となると、今ここで不用意に機械からこいつらを引き剥がす訳には行かないって事だな」

「……はい……そういう事に……なります……」


 自分のやった事に改めて胸を押さえる灯理、その悲痛な横顔を見た環は、怒りを露に声を荒げて立ち上がる。


「許せない……! 唯一の肉親を人質に取って……その上で人に罪を擦り付けるなんて、人のする事じゃないっ! 絶対に私はこの事件の黒幕を許さないっ!!」


 目の前の被害者達と同じ事を非道な事を雫も合っている、そう思うだけで環は激昂した。

 先程まで感じていた緊張は一転、怒りへと変わり環は義憤を抱いて更に奥へと足を踏み出していく。


「……本当に人じゃなければ良いんだがな……」

「えっ……? それってどういう……?」


 ふと、隣で呟いたカルマの不穏な一言に灯理がはっとカルマの顔を窺うと、それをカルマははぐらかすように環の後を追おうとする。


「何でもない。俺たちも行くぞ」

「は、はい……」


 もやもやとした疑問を残しながらも灯理はカルマと、先に進む環の後を追った。


 * * * * *


 一本道を歩いて二十分程経った頃、ようやくカルマたちは次の部屋への扉を見つけた。


 扉には厳重なロックが施されており、それを解く暗証番号を打ち込むパネルが用意されていた。


 無理やり突き破ろうにも何重にも掛けられた鉄のカギがそれを阻み、強行突破も容易くない。カルマたちは完全な八方塞りにあっていた。


「で、これはどうするのよ? 何十分も歩いてまた引き返すなんて私は嫌よ」

「人に頼るんじゃなくて少しは自分で何かやってみたらどうなんだ。そんなんだから組織の中でも孤立すんだよ」


 互いの視線で火花を飛ばしあうカルマと環。


 何度目にもなる二人の言い合いに挟まれた灯理は、とうとう止めに入るのも億劫に感じ始め深くため息を付いてこめかみに指を当てる。


「とりあえずはロック解除用の《マギア》でも試してみますか? まあ、私たちに配られている物も汎用の物なので、対した効果はないと思いますが……」


「いや、その必要はないみたいだ」

「え?」


 カルマの言葉に灯理が疑問を浮かべると扉に備え付けられたパネルの表面が所々で点滅を繰り返しだした。


 光の点滅が停止し自動的にロックが解除されると、扉はピーと甲高い機械音を出し重々しくカルマたちを誘い込むように開く。


「どうやらお誘いのようだ、敵はよっぽど自信があるんだろうな」


 カルマは腰に下げたムチの柄を握って常に交戦できるように備え、その横で環も四肢に取り付けたパワードスーツに電力を送り始める。


「だったらお望み通り乗ってやろうじゃない。もう、誰も傷つけさせないんだからっ」


 開いた扉の先、蛍光灯のみが照らす薄暗闇の向こうを硬い面持ちで睨む環。


 それに同意を示すように大きく頷いた灯理も指の節々を鳴らしてやる気を見せる。


 それぞれの準備が整った事をお互いに確認し合い、カルマたち一行は警戒を怠る事なく部屋に入った。


「…………」


 部屋の入り口こそ最初はただの正方形だった。だがそれは奥に行けば行くほどにその口を広げるように広くなっていき、身近に感じていた天井も、いつしか見上げれるほどに高くなっていた。


 そうしてカルマたち三人が辿り着いたのは、市民体育館くらい広い円形の部屋だった。


 部屋の中には、様々な種類や大きさのパイプが床や天井にまで敷かれ、カルマたちはそのパイプのカーペットの上に立っていた。


「……ここが、敵の本拠地……」


 環の核心を持った一言に他の二人も否定しなかった。


 それはカルマたちの目の前で座すように構える機械が物語っていたからだ。


 その大きさは優にカルマたちの身長を軽く超え、低く見積もっても十メートル程。


 その機械の面部分には無数のパイプが繋げられており、時折その機体を光らせる度にパイプに紫色のラインが走り、壁も向こうへとその光は消えていく。


 その光のラインが走った道のりを辿るようにして機械を仰ぎ見た灯理は、その先に見たモノに声を上げて喫驚きっきょうする。


「しっ、雫っ!?」


 そこには、灯理が愛して止まない最愛の妹が機械に埋め込まれた培養糟の中にいた。


 先程見たヒーローたち同様に緑の液体に満たされた培養糟の中で虚ろげな目をこちらに向け、酸素マスクで呼吸をさせられる雫。


 妹の変わり果てた姿に動揺が隠せない灯理は、急いで妹の傍へ駆け寄ろうとした。その時だった。


「シシシシシッ! お待ちしておりましたよっ、あぁ本当に待ちましたよっ!」


 突如響きだした声に走り出そうとした灯理の足は止まり、環とカルマはそれぞれの武器を取り出して警戒を強める。


 すると、突然外壁から現われたステージライトが雫のいる培養糟の上部分を照らし出し、そこに立つ人影を照らし出した。


「「っ…………!?」」


 照らし出された人影の姿を目視した直後、環と灯理はあまりおぞましいその姿に声をあげる事さえできなかった。


 否、人と言うには些か語弊がある。

 正しく言えばそれは人ではなかった。


 とぐろを巻く滑らかな尻尾。髪の毛はなく頭から足のまでを白い鱗で覆い、口元からは先の割れた赤い舌がこちらの様子を見るように顔を覗かせるその姿はまさにトカゲ人間。


 その鱗で覆われた肌の上に白衣を身に纏い、研究者染みた格好で、爬虫類独特の縦に裂けた瞳孔でカルマたちを見下ろしていた。


 その醜悪な姿を灯理も環も、いや、人間なら誰しも聞いた事がある。


 ある者によっては人間のように話すし二本足で立つ者もいる種族。

 

 だがその容姿は人間と、他の生き物を混ぜ込んだような歪な姿をし、人間の理では到底理解する事ができない魔術を用いて人間を絶望の底に陥れると言われた生きる災厄、それが魔族だ。


 そして、その人ならざる災厄はカルマたちを招くように深々と頭を下げた。


「シシシッ! これは失礼、自己紹介が遅れました。私はコネクター。ここ『改造科学研究所』の所長にして、《輪廻の輪》きっての研究者です、以後、お見知りおきを、シシシシシッ!!」

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