第20話 救出任務・始動

 海空湾。


 その湾岸部には、沖からくる貿易船のコンテナや魚介類などの冷凍庫になどなっている古びた倉庫群がある。


 その中に深夜にこそこそと入り込む二人の怪しい男達の姿があった。


「ほ、本当にここに例のブツがあるのかよ……?」

「あぁ、間違いない。指定してあった場所は確かにこの倉庫だった」


 恐る恐る倉庫内に足を踏み入れる男を引率するように、もう一人の男が懐中電灯を手に暗い倉庫の中を散策する。


「確か送られたメールには、『黒い旅行バッグ』ってあったよな……もしかしてあれか?」


 懐中電灯を持った男がライトで照らす先には、子供一人は容易に詰め込む事ができる黒い旅行カバンが、倉庫の中心で分かりやすく置かれていた。


 男たちはカバンに近づくと、そのカバンを注意深く観察する。


「……間違いない、写真通りの印も付いてるし、これが目的のブツだ」

「な、なら早く行こうぜ! こんな暗くて不気味な場所に一秒もいたくねぇ……」

「何だよお前、びびってるのかよ」

「びっ、びびってねぇし! 俺はこんな仕事とっとと終わらせたいだけだ!」

「まぁ、それは同感だ。こんなとことっととおさらばしようぜ……ほら、お前も持て」

「あ、あぁ……」


 二人の男が旅行カバンを挟むように持ち、腰を下げて息を吐く。


「結構重いな。せーので行くぞ」

「何でも良いから早くやろうぜ……」

「じゃあ行くぞ、せーのッ――!!」


 掛け声と共に男たちがカバンを持ち上げようとしたその時、カバンが黄色い光を放った。


「「ぎゃあああぁぁぁっっ!!」」


その光はカバンを持っていた男たちを瞬く間に包みこみ、凄まじい電撃を体に纏わせていく。

 次第にその光は弱まり電撃によって硬直した筋肉が弛緩すると、男たちは糸が切れるように仰向けに倒れ、持っていた旅行カバンを地面に荒く落とす。


「痛っ……! ちょっと! 頭ぶつけたじゃないのよ!」


 落ちたカバンから環が頭を押さえながら顔を出すと、その一部始終を見ていたカルマと灯理が姿を現した。


「少し頭をぶつけた程度で騒ぐな。で、こいつら生きてるんだろうな?」

「人聞きが悪いわね、ちゃんと手加減したわよ。ほらっ」


 仰向けで倒れた男の一人の頬を環がぺちぺちと叩く。すると、男はおぼろげな目で周りを見渡し始めた。


「……あ、あぁ? い、一体何が起こったんだ……?」

「まあこれだけ意識があるなら俺のスキルの範囲内だ。さっさとそっちも起こせ」


 起きた一人の男の様子を確認し、カルマは環たちにもう一人の男を起こすように命令する。


「な、なんだよお前らっ!?」


 自分の置かれた状況が理解できず慌てふためく男に、カルマは赤く光る隻眼をもって射抜く。


「なぁに、ただの悪党だよ」


* * * * *


「やっぱり、納得行かない」


 眉に皺を寄せ、口を尖らせた環の不満が狭い車内に響く。


「何であんたってこんな方法しか思いつかない訳? 本当に根っからの悪党なのね」

「ふっ、そこまで言われるとは…………光栄だな」

「褒めてないわよっ!!」


 嬉しそうに目を細めたカルマに鋭角なツッコミを入れる環。それを申し訳なさそうに灯理が苦笑いを浮かべた。


「ごめんね、元々はタマちゃんを運ぶために用意したカバンだったから、私じゃ中に入れなかったんだ……」

「灯理ちゃんはいいのよ、仕方ないんだから。でも絶対こいつは面白がってやってたもん!」


 それは数時間前の話し。


 環を誘拐する計画を灯理に聞いたカルマは、敵の本拠地を知るために環を灯理の計画通りに指定された場所に置き、そこに来た運び屋をカルマの《洗脳》を持って本拠地に案内させるという計画を立てた。


 カルマは、最初の運び屋を自分のスキル《洗脳》を用いて操り、そのまま彼らの目的地に自分達を運ばせた。そうして敵の本拠地に着くかと思いきや、カルマが操った運び屋は、他の運び屋が待つ合流地点にカルマ達を運んだ。

 

 そうして何度も何度も運び屋達を経由する度に《洗脳》を繰り返して現在十組目。


 カルマの《洗脳》を受けた運び屋はどこかの地下トンネルに車を走らせている中、トラックの荷台の中で何もする事が無い苛立ちだけが募りだす。


 その怒りを最初に環が着火させ、カルマもそれに油を注いでいた。


「何時間も前の事を掘り返すとは、お前も余程暇なんだな、同情してやるよ」

「なら私は、そんな風に皮肉しか言えないあんたに同情してあげるわよっ!」


 険悪な空気がカルマと環の間に流れるのを見かねて、なんとか場の空気を和ませようと灯理は口を開いた。


「で、でも! 喧嘩する程仲が良いって言うし、前向きに考えて、案外二人共良いコンビなんじゃ……」


「「ありえないっ」」


「だ、だよね~~……はははっ……」


 言ってる傍からお互いにまるで打ち合わせをしたかのように同時に否定する二人に、灯理は口元を引きつらせるしかなかった。


 しばらく顔を付き合わせてお互いに睨み合っていたカルマと環であったが、それが馬鹿らしくなったカルマは切り替えるように灯理に話を振る。 


「ところで、人質に取られたお前の妹ってのはどんな奴なんだ? 何か写真とかないか?」

「あ、はい! それなら前に私と妹の二人で取った自撮り写真がありますっ、ちょっと待ってください」


 そういうと灯理は、自分の勇者手帳のカメラ機能で撮った写真をフォルダの中から探し始める。軽やかに機械を操作し、少し画面をスクロールすると灯理はお目当ての写真を見つけてそれをカルマと環に見せた。


「これが私の妹の雫です」


 灯理が見せたその写真には《勇者機関》の入り口の前ではしゃぐようにカメラを構えた灯理と、その姉を隣でなだめようとする、灯理と顔つきが良く似た少女――雫との写真だった。


「やっぱり双子ってだけあってすごっく似てるね」

「性格は大分違いそうだけどな」


 写真を見て思い思いの感想を述べてカルマと環は写真に写る雫の姿を細かく見ていく。


 憂いを残すような藍色の目、爽やかな青空を思わせる水色の髪を赤いシュシュで留め、その髪と同じ色のファーマルなコスチュームを纏った少女。


 環が言うように雫の顔つきは姉である灯理と良く似ている。


 だが、歳相応の幼さを残しながらもそこに漂う理知的な佇まいから、カルマは大人しそうな印象を受けた。


「この写真は、私達が異名を指令官に頂いてその記念でお互いにこのシュシュを渡し合った時に撮ったんだ。どんなに辛い状況でも、何処にいても、離れ離れじゃないって思えるように、お互いの髪の色のシュシュをプレゼントしあったの……」


 灯理は自分の髪を留めている青色のシュシュを撫でながら、苦しげにだが、訥々とつとつと語りだす。


「でも、功を焦った私はある事件で雫と離れて単独行動を取ったの。少しくらいなら大丈夫だって、雫にも他のヒーローにも、私の凄さを分からせてやるんだって。でも戻ったらそこに雫はいなかった……」


 その話しを聞いてカルマは指を顎に当てて様々な考察を始める。


「敵もその瞬間を狙っていたんだろう。今回失踪したヒーローたちの殆どが、最近勇者機関の中でも注目されている奴らばかりだったからな。お前の妹が狙われるのも自明の理って事だな」

「あんたっ……そんな言い方ないでしょ!」


 灯理の気持ちをかんがみないカルマの言い方に環が糾弾すると、カルマの一度舌打ちをして環を睨む。


「じゃあなんだ? こいつの気持ちを汲み取って、お優しい言葉でも掛けてやればお前は満足するのか? そんな無駄な事してる暇があるなら、お前も少しは何か考えろ」

「無駄とかそんな事を言ってるんじゃないでしょ!」

「タマちゃん、落ち着いて」


 今にもカルマに飛び掛らんとする環の手を、灯理が包み込むように掴んだ。


「カルマさんの言うとおり今考える事は、敵は何でヒーローたちを攫っていったのかだよ。敵の目的さえ分かれば逆にそれを阻止する方法も分かるし、何よりも雫を救う為の糸口にもなるかも知れない……そう言う事ですよね、カルマさん」

「……あぁ、その通りだ」


 灯理の真面目な返答にカルマは面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「だが、現段階の情報では敵の正体も目的も何も分からん。今回は人質も複数いる為に状況に応じた行動……つまりは出たとこ勝負になる。お前らも覚悟しておけ」


 そう言うとカルマは荷台の壁に持たれかかって目を閉じる。


 もう話す気がない事を悟ると、環は溜息を一つ吐いて荷台の床に寝転がり、灯理も環の隣で寝そべった。


 だが三人とも本気で寝ようとしている訳ではない。

 少しでも目を閉じていれば心身ともにリラックスになるのは戦闘前の基本中の基本。そうして三人は、これから起こる戦いの緊張を少しでも解きほぐそうとしていた。


 そして、その時は意外とすぐやってきた。


「ねぇ、なんかさっきから静か過ぎない? 他の車の気配とか感じないし……」


 環にそう言われて車の走行音が自分たちのトラックだけになったのに他の二人も気付くと、二人も腰を少し浮かせて臨戦態勢を整えた。


 そして遂に数えるのも億劫になる程地下トンネルを走り続けたトラックが、エンジンを完全に停止させて止まった。


「……どうやら着いたみたいだな」


 そう言ってカルマが荷台の扉を開けようとしたのを、環が慌てて止めに入る。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! また他の運び屋がいたらどうするのよ!?」

「問題ない。もしそうなら、今操っていた奴らから合図があるように《洗脳》をしていたが、今回はそれが無かった。恐らくここが敵の本拠地だ」


 ゆっくりと扉を少しだけ開けたカルマは、懐に忍ばせていたエッグズの一つを取り出し、そこから小さなムカデの軍隊を展開した。


「行け」


 カルマが短く命令すると、ムカデの軍隊は扉の小さな隙間から出始める。そして、ムカデたちが出て間もなく、どんっ、と破裂するような音がした。


「こっ、これって……銃声……!?」


 数少ない経験を経て結論を出した灯理の答えに、環は身を強張らせて外の音に意識を向ける。


 その後も何度も繰り返される発砲音。それと共に聴こえる肉が潰れる音と金属がぶつかる音。


 見えない戦場が外に繰り広げられていると想像していると、先程まで山のようにいたムカデ達が目で数えれる程になって帰ってきた。


「よし、もう行けるはずだ。ここからは甘い考えは通じない、俺の言う事が聞けないならここから出るな。分かったか?」

「は、はいっ!」

「…………」


 上ずった声になりつつ大きく返事をする灯理。その横で渋々といった様子で小さく頷く環。二人の反応を交互に見比べ、カルマは荷台の扉を開いた。


「な、何よ、これ……!?」


 扉を出た風景は至ってどこにでもある地下トンネル。だが、その一角には不自然に設けられた扉とその近くに散乱するスクラップ、そしてその付近の地面には幾つもの弾痕と潰れたムカデの死骸が転がっていた。


 それらを確認すると、カルマはスクラップが停止しているか確認するため、それらを一つ一つを蹴飛ばしながら扉まで歩いていく。


「どうやらここが敵の本拠地らしいな。カギらしき物も無い、このまま突っ込むぞ」

「はいっ」

「……うん」


 心臓の鼓動の早くなるのを感じつつ、環はそれを感じさせないように努めて平静に答える。


「……大丈夫だよ」

「へっ……?」


 カルマにバレないように耳打ちをした灯理。環は自分の心境が気付かれた事で無意味な声を漏らした。


 だが灯理はそんな事を気にせず、環を安心させた、包み込むような笑顔で笑いかけた。


 それを見た環も思わず笑みを浮かべ、少女二人はお互いを励ましあった。そして環は改めて決意する――絶対に雫ちゃんも救い出す、と。

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