第19話 悪党とは真逆な彼女
自身の服から伸びる触手に拘束され身動きが取れずにいる灯理に、カルマはゆっくりと近づく。
「お前の服から出てるのは、俺のペットの一体で、固体名はドレスワーム。食った服の素材に擬態して好きな時に捕食用の触手を出せる、便利な奴だろう?」
自慢げに語るカルマの話しなど聞く耳を持たず、灯理はなんとかこの場を乗り切る為にスキルを発動しようとする。
灯理のスキル《火炎》なら、たとえ強靭な力を持った触手だろうと真っ白な灰に変える事ができる。
だが、カルマは灯理の行動など既に予測済みだった。
「がッ! あぁぁぁッ!」
灯理の動きを察知したのか、触手たちは灯理の腕を蛇口を限界まで締めるように絞りだし、その痛みに灯理はただのた打ち回る。
「残念だが、お前のスキル《火炎》は既に調査済みだ。手の平から高火力の火を噴出するだけのシンプルかつ強力なスキル。だが、その噴出口さえ引き絞ってしまえば、火の粉さえ出す事はできない」
くつくつと笑いながら灯理のスキルについて話すカルマ。
触手の群れの中で抵抗しようともがきながらも、灯理は顔を強張らせてカルマを睨む。
「な、何で、この場所が…………!?」
灯理の疑問に答えるようにカルマは灯理に張り付いてるドレスワームを指差す。
「俺のペットの体の中には、発信機と盗聴器の両方が埋め込んである。そうして発信機でこの場所を突き詰めてお前が丁寧にネタバラシをしたタイミングで俺が登場って訳だ」
聞かれた質問におどけて答えるカルマ。だがその仕掛けの種は、灯理が犯人であった場合にのみ有効な手であることは明らかだ。
つまり、カルマは知っていたのだ――”灯理が今回の事件の犯人であった”ということを。
「な、何で、気付いたんだ……私が、犯人だって…………」
何もできない灯理が弱弱しくカルマに問う。
「それはお前が大事なことを教えてくれたからだ」
「大事な……こと……? それって……」
身に覚えの無い事で灯理は疑問を抱く。
「お前が環と友達だと言ったことだ。それで全部が繋がった」
「ど……どういうこと……?」
聞けば聞く程に意味が分からなくなる灯理。自分の話を理解していないと分かると、カルマはわざとらしく溜息を吐き、一つずつ順序立てて解説する。
「物事には必ず理由がある。だから俺はお前があそこの小娘と友人になったのも理由があると考えた。『こいつは何かを狙ってるんじゃないか』ってな」
「……………………」
「そして真っ先に思いついたのは、小娘と今までに本部で失踪した三名のヒーローの共通点だ。案の定、そいつらは必ず何処かしらで灯理と密接な関係を持ったヒーローである事が分かった。友人、先輩、そして――妹だ」
「ッ…………!?」
そこまで聞けば環でも何となく灯理が何故こんな事をしたのかが分かった。そして、カルマは自身が導き出した答えを口にする。
「本部で起こった失踪事件、その最初の被害者はこいつの妹、《双水のシズク》だ。その後、連日のように失踪するヒーローが続出した事から、こいつは妹を人質に取られてこの事件の本当の黒幕にヒーローを提供し続けた、違うか?」
その説明を聞いて環は、初めてカルマと解決した銀行強盗の事件の犯人の真白が言っていた持論を思い出した。
――これで合点がいった。灯理ちゃんは全て妹の雫ちゃんの為に。
「……そうよ……全部、カルマさんの言うとおりよ……」
「灯理ちゃん…………」
諦めたように体中の力を抜いてうな垂れる灯理は、訥々とだが静かに自らの罪を認めた。
その頃には既に環の体を侵していた毒の影響も薄ろいでおり、環はふらつく体を起こして灯理に向き直る。
「あの日……雫がいなくなった日、私の手帳にメールが届いたの。『我々の計画に協力し、最終的には指令官の娘である彩華環を捕獲せよ。さもなければ妹は助からない』って。そのメールにはその文と一緒に大きな機械に入れられた雫の写真があって、私は……言うとおりにするしかなかったッ……!」
静かに、だがその中に確かな怒りの感情を乗せる灯理。その目元から滴る涙のラインが光で反射する。
だが、カルマは先程から静かに灯理を半目で見るだけで何も言わない。まるで「そんな言い訳がまかり通る訳ない」と目で攻め立てているようだった。
自分を静かに罵る視線に我慢ができなかった灯理は、その視線に抗うように感情のままに叫んだ。
「仕方ないじゃない……仕方ないじゃないのよっ!! そんなに私が悪い事をしたって言うの? たった一人の家族を助けようとする事がそんなに悪い事なの?私だって……私だって! できることなら、こんなことしたくなかったッ! 正義の味方でいたかった。でも……それ以上に、私には自分や他者を犠牲にしてでも守りたいものがあったのよっ!! そんな大切なものを守る為に私たちはヒーローになったんでしょう!? それができない私なんて……ヒーローじゃないじゃないッ!!」
灯理は心の中で必死に抑えていた激情と共に溢れ出た涙が溢れる。遂には歳相応の少女のように、灯理は大声で泣き始めた。
その灯理の涙が今まで彼女が溜め込んでいた本心そのものだと、彼女に襲われた環でも理解できる。
できてしまったからこそ、環は無意味な気休めの言葉すらも灯理に掛ける事ができなくなってしまった。
灯理が求めているものはただ一つ――最愛の妹だけだから。
「馬鹿かお前は?」
カルマの突拍子もない罵倒に環が何か言おうとカルマを睨む。
だが、その冷たい罵倒とは裏腹に目を細め静かに灯理を見守るようなカルマの表情に、環は思わず黙り込んだ。
「自分の為に他者を切り捨てる、そんな当り前はどこでも存在する。お前の場合は、それが自分の妹を助ける為だっただけだ。お前は悪くない」
自分なりの持論を披露するカルマに、首をぶんぶんと振り回して灯理が否定する。
「そんなんじゃない! 私は……私はッ……! タマちゃんだって切り捨てようとしたのよ…………! 確かに最初は、雫のために仲良くなろうとしただけだった。でも、一緒にいるうちに、タマちゃんの世話を焼いている時に、私は救われた気持ちになってた。まるで本当にタマちゃんのお姉さんになってるみたいで」
「…………」
灯理が自分を妹のようだと言った時、環は自然と心臓が跳ねた。
環自身も気付かぬ内に灯理を失った姉と同じように思っていた事に気付いたから。
「それなのに……私は……そのタマちゃんも切り捨てた……。同じなんだよ……私も、雫を人質に取ってる黒幕と同じ。自分のことしか考えれない薄汚い犯罪者……悪党なんだよ……ヒーローなんかじゃ――」
「――最低だな、お前」
短く切り捨てるようなカルマの言葉が、灯理の自己否定を遮る。
「俺が知っているヒーローは、何かを守る為なら全てを投げ打ってでも大切なものを守る奴だった、今のお前のようにな。だから、お前の妹への想いが、たとえ歪んだ悪党のやり方だったとしても俺はお前を俺たち悪党の同類とは思わない」
刃物で獲物を刺すその言いようは変わらない。だが灯理は、その言葉の節々にカルマの中にある”悪党流の優しさ”が流れ込んでいるように感じた。
「むしろその逆だ。嫌みな程に純粋なその想いは、間違いなく俺が知っている限りウザイ位に誰かを救ってしまう、ヒーロー以外の何者でもない」
水のように流れこんでくるカルマの言葉に、灯理は胸の内が暖かくなっていくのを感じていた。
別にカルマは灯理を励まそうと言葉を選んでいる訳ではない。
ただいつものように否定的で、事実を淡々と述べているだけだ。
だが、その言葉の一つ一つの真剣さが、カルマが体験し、揺ぎ無い事実である事だと灯理は感じ取った。
そして、そこに示してくれた真実が、何よりも灯理は嬉しかった。
灯理の心に突き刺さっていた棘が涙と共にポロポロと落ちていく。
カルマは灯理の拘束を解くと、こちらに泣き顔を向ける灯理を捉えて短く結論付けた。
「だから、お前は悪くない。むしろよく踏ん張った。ここからは俺たちでお前の妹を救う。だからお前も立てよ、ヒーロー」
どんな言葉を掛けていいか分からず黙り込んでいた環も、これには激しく同意を示し力強く頷いた。
「そうだよ灯理ちゃん! 悪いのは雫ちゃんを攫って、灯理ちゃんにだけ手を汚させた卑怯な黒幕よ!」
そう言うと環は、拘束が解けその場でへたり込む灯理の手を取り、朗らかに笑いかける。
「それに私もこいつと同意見よ。私が部屋で引きこもってる時に私は灯理ちゃんが来てくれて、支えてくれて本当に救われたもん。たとえ誰が何と言おうと、灯理ちゃんは立派な、私のヒーローだよ!」
「うっ……!! ぅぅぅぅぅっ……!!」
心の中では常に裏切り、《勇者機関》での居場所を灯理は完全に環から奪った。
なのに環は、そんな自分に笑顔を向けてくれる。優しく胸に抱きとめてくれる。こんな裏切り者の自分をヒーローと言ってくれる。
「ごめんっ……ごめんね……!!」
静かに謝罪を繰り返す灯理を環は抱きしめる。自分の部屋で灯理が環にしてくれたように背中をさする。
そして環は覚悟を決め、目の前のカルマに言い放った。
「行くわよ。もうこれ以上、私の友達を傷つけさせないんだから」
「当り前だ」
お互いの目と目を合わせ、それぞれの決意を声に出す。
二人の覚悟を伝えあうのに、それ以上の言葉は必要ない。
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