第18話 真相は初めから裏切りの中に
それは《勇者機関》が本格的にヒーロー失踪事件の捜査に、シルバーランクのヒーローを参加させた任務での出来事だった。
ゴールドランクとシルバーランクのヒーローを五人ずつの少数の部隊に分けて編成し、被害にあったヒーローたちが失踪した場所の捜査に出ていた。
そして、その部隊の一つが向かった先の廃工場で通信が途切れたのだ。
それを聞きつけた環は、最悪の想像をしつつもそうで無い事を祈って通信が途絶えた部隊の編成を勇者手帳で確認し言葉を失った。
そこには昨日まで元気に自分を励ましてくれた友人、灯理の名前もあった。
「一体、どうなってるのよっ!? どうして灯理ちゃんのいた調査隊が一人も帰ってこないのよっ!?」
《勇者機関》最上階の司令室に環の怒号が響く。
友人の失踪に居てもたっても居られなかった環。その前に座る指令官の鋼地は、環をじっと睨むと厳かに口を開いた。
「……環、お前は自宅謹慎中だろう? お前こそ、一体どういう立場でここに来た?」
「っ…………!!」
普段以上の怒気の籠もった父親の声に、環は思わずたじろぎそうになる。
それでも環は自分の意思を貫かねばならないという責任感に背中を押され、なんとか鋼地に真正面から向き合った。
「自分の立場は分かってる……今の私はヒーローを名乗ることすらできない。そんな奴が簡単にこの場所にいて良い訳がない事は百も承知してる」
「ならば……」
「でもっ!!」
鋼地の言葉を遮って、環は言葉を続ける。
「いなくなったのは、私の……初めての、友達なのっ……! こんなこと言っていい立場じゃないのは分かってる! 私は相変わらず自分勝手で、自分の事しか考えてないっ……! それでも、この助けたい想いだけは、譲りたくないっ!!」
「そんなことは他のヒーローも同じだ。ヒーローは常日頃からその想いを背負い、今回もその想いで任務に殉じている。当り前の事だ。今までは娘だからと甘やかしていた私も悪いが――」
「お願いしますっ」
鋼地が言い切る前に、環は鋼地の机から少し下がり、その場で鋼地に向かって慇懃な所作で
床に頭を付けた。
流石の鋼地も、実の娘の土下座に怒声を浴びせる事は出来ず、環は床に頭を付けたまま懇願した。
「姉さんが死んでから、姉さんに――ヒーローに憧れてこの《勇者機関》に入りました。でも、……現実には私が憧れていたような姉さんのようなヒーローはいなくて、そのことで自棄になって自己中心的に自分の為だけに活動してきました。その所為で指令官には多大な迷惑をかけてしまい、誠に申し訳がないと思っています」
普段なら、ここまで手の込んだ頼み方をするのかと呆れる鋼地も、環の言葉に無言で耳を傾けていた。
今まさにヒーローになろうともがいている娘の言葉を遮る事ができなかった。
「しかし、それでも私の事見ていてくれた人がいた。友達になってくれた人がいた。見放さないでいてくれた人がいた。だから、私はそんな友達を……灯理ちゃんを救いたいっ! この任務が終わったらどんな罰でも受けます。ですから……お願いします、この任務に――灯理ちゃんや他のヒーローの仲間を救う権利を私にください!!」
自分が今持てる本当の想いを伝えきった環は、それでもなお、その場で頭を上げようとせず、ただ祈るように目を硬く瞑っていた。
初めて誰かの為に見せた娘の誠意をその目に刻み、鋼地は娘の成長に感動していた。
「……良い友人が出来たんだな、環。……お前の気持ちはしっかりと受け取った」
「……っ! それじゃあ!」
鋼地の言葉に頭を上げて、輝かせてた目で環が鋼地を見た時、
「だからこそ、尚更お前を行かせる訳には行かない」
鋼地のその言葉に、環は苦悶の表情を浮かべた。
「この任務を我々は軽く見ていた。これはシルバーランクには重すぎたんだ。だからこそ、人手不足で回らなくなった任務をお前にやって欲しい。……大丈夫だ、もう少しで他の支部の応援に行っていた勇者も他の支部のゴールドランクのヒーローたちを連れて帰ってくる。そうすれば、この事件の解決は時間の問題だ。そうすれば、その後で操られた磁道の体をじっくり調査し、お前の無罪を証明する事もできるだろう。それまでは部屋でゆっくりしてくれ…………頼む」
その言葉と共に、指令官の鋼地が、娘とはいえ一介のヒーローである環に頭を下げた事に、流石の環もそれ以上言及することはできなかった。
環は静かに部屋を出て行き、自室に着くと沈みこむようにベッドに倒れこんだ。
――結局、私は無力なんだ……。
何もできない自分に環は自分に苛立ち、そして、今もなお何処かで助けを求めている筈の友人の事を安否を心配し、目に涙が浮かんだ。
その時だった。
環の勇者手帳にピコンッと軽快にメールの着信音が響いた。
先ほどの事を鋼地が案じてくれたのかと、改めて少しだけ父の優しさに感謝してメールを見ると、
『たまちゃんたすけて』
「っ!!」
その送信者と内容を見て環は飛び起き、必要最低限の武器と道具を持って部屋を飛び出した。
メールを見た環が一目散に向かったのは、とあるコンテナ置き場だ。
突然送られたメールに添付してあった位置情報と助けを求める一文。環が現場に着いた時、それを送った人物はすぐに見つかった。
「灯理ちゃんっ!!」
環の呼び声でコンテナの一つに背を預けてぐったりと座り込んでいた灯理は声を上げた。
怪我はなさそうだが、憔悴しているせいか、灯理の声はいつもの元気な声が嘘と思える程に小さな声だ。
「タマちゃん…………来てくれたの…………?」
「当り前よっ! 灯理ちゃんが失踪したって聞いて私がどれ程心配したと思ってるのよ!!」
「そうか……ごめんね、心配かけちゃって……」
「本当よっ!! ほんと……本当に…………良かっ……ぐっ……!?」
言葉とは裏腹に安堵していた環は完全に油断していた。
環は突如足に感じた刺さるような痛みに小さな声を上げ、次の瞬間、力無くその場に倒れた。
「なっ…………!? 何、これ、体が…………1?」
自身の体に起こった異常に環がうろたえる。すると、環の頭上から小さな笑いが漏れる。
「無駄だよ。今打ち込んだ薬のせいで、当分タマちゃんの神経はスキルが使えないくらいに弛緩してるから」
その声に環はなんとか目だけ動かして灯理を見上げる。
そこには先程まで力無く座り込んでいたはずの灯理が、手に小さな注射器を握りしめて環に柔らかな笑みを向けていた。。
状況をまるで理解できず困惑の色を浮かべる環。そんな環を見下して、灯理は悠々と語り始める。
「タマちゃん、昨日私にこう聞いたよね? 『何で私なんかと友達なのか』って。それはタマちゃんをこうやって捕獲するためだよ。他のヒーロー同様にね」
灯理に打ち込まれた薬によって遂には口すら動かせなくなった環は、文字通り目を見開いた。
――灯理ちゃんが、今回の事件の犯人ッ!?
友人の思わぬ正体に、顔を蒼白に染める環。対して灯理は、調子を変えずに話しを続ける。
「他のヒーローは簡単だったよ。任務に同行する際に罠を張って、誘き寄せて薬を打ち込んで捕獲するだけ。でも、指令官の娘であるあなたの監視体制を無効化する手立てはそうそうなかったの。だから、遠回しに扱いやすい犯罪者――あの蜘蛛人間にあなたのスキルとその特徴とかを教えて捕まえてもらおうとしたけど、カルマさんの所為で失敗しちゃった」
灯理は残念そうにそう言うと、何かを思いついたように手をパンッと叩く。
「そこで今度は捕獲したヒーローの中で、タマちゃんと面識のある磁道を使って、タマちゃんを殺人犯にしたてあげたの。結果は大成功。《勇者機関》内での孤立して、他のヒーローやカルマさんの助けを借りることができなくなったタマちゃんをここまで誘導できたという訳だね」
灯理が話しを終えると、懐から紫色の水が入った小瓶を取り出し、その水を注射器で吸い取り出す。
「この薬はさっき打ち込んだのとは格が違うよ。一度投与されれば、解毒薬を投与されるまで一生動けなくなる程にね」
「ふっ!? …………ふっ、ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
灯理の説明を受けて恐怖の色に顔を染める環は、ピクリとも動かない体を何とか動かそうともがき、その度に瞳から零れる涙が乾いたアスファルトを濡らした。
何もできない環は最期の抵抗のように、その潤んだ眼を灯理に向けて訴えかけた。
「…………っ」
笑みを常に作っていたはずの灯理の顔が、その泣き顔を見て少し引きつる。
だが、それを環に察せられる前に、灯理は最後の足掻きを瞳に焼き付けようと環の顔を覗き込み、薬の入った注射針を環の首下にあてがった。そして、
「さようなら。私の……もう一人の妹……」
死刑宣告のような灯理の言葉を聞いて環は閉じる事が出来ない瞳から大粒の涙を垂らした。
――これで終わり? 嫌だ……助けて、お姉ちゃんっ!!
環が心の中で叫んだ、その時だった。
「かっ……!? ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっっっ!!」
目の前で自分に最期を伝え終えたはずの灯理が、突然声を上げて苦しみだした。
体を動かせない環は、なんとか状況を把握しようと辛うじて動かすことができた首を灯理の方へ向けると、
「い、いた……いっ……!? 何よ、これ…………!?」
先程まで灯理が身に身に纏っていた赤いコスチュームの中から、まるで湯水が湧くようにして這い出てきたイカのような触手に体を拘束された灯理が、その場で文字通り指一本も動かせなくなっていた。
――まさか、これって!?
突拍子も無く現れた触手。それはまるで、”どこかに仕舞っていた物が這い出てきた”ように見えた環は、この状況を作り出せる人物を思い浮かべた。
そして、その答えはこの状況を作り出したであろう本人の笑い声となってコンテナ置き場に広がった。
「陽動役、ご苦労だったな小娘。おかげでやっと尻尾を掴めた」
灯理や環から少し離れたコンテナの影から姿を表した一人の青年の姿を見て、今度は灯理が顔を蒼白に染めた。
黒い革ジャケット、長い前髪とその下に隠された機械によって塞がれた左目、冒険者じみたムチを腰に携えた青年、カルマだった。
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