第13話 必殺技発動・力技と忍ばす絡み手

 磁道の頭上で浮かぶ球体は更に巨大化していき、先に吸い込まれた鉄くずの破片や尖った先端部分が新たに来た新入りの鉄くずをその凶器で歓迎していく。


 ――もし吸い込まれたら、私もっ!


 その先に待つ結末を想像し、環の首筋に冷たい汗が吹き出す。


 その結末から抗う為、更に環は壁に捕まる指の力を強くして磁道の磁力に耐えながら思考を巡らせ生きる策を模索する。

 そんな環とは対照的に、特に慌てた様子もなく鉄柱に括ったムチを腹に括って耐えるカルマは普段どおりの軽口を叩く。


「おいおいそんな顔真っ赤にして恥ずかしくないのか? 品性のかけらも無いぞ」

「こんな状況で必死にならない馬鹿はお前ぐらいだ!!」

「いいのか、そんなこと言って? この場を凌ぐ方法を知っているのは俺だけだぞ?」


 カルマの言葉に環は目を見開いて驚く。


「な、なんなのよそれ? 教えなさいよ!」

「別に構わないが、まずお前がこの方法にケチを付けないことが条件だ。それでもいいなら教えてやる」

「分かった分かったっ! いいから早く教えなさいっ!」


 自分ではどうにもならない状況で頼る相手がカルマしかいないこともあったが、環は心の奥底では期待していた。


 自分のことを悪党と名乗るこの変わった男ならば、ヒーローである自分とは違った新しい策を思いつくかも知れない。あの銀行強盗で敵の本当の人質を見抜いた時のように。

 

 ――この男ならもしかしたら!


「じゃあとりあえず――お前、あの鉄の球に突撃してこい」


「ふざけんなぶっころすぞ!!」


 作戦というのもおこがましいただの特攻命令に環が憤慨する。それでもカルマは、至って普通に話を続けていく。


「小娘、お前は何か勘違いしているぞ。俺がただ単純に突っ込めなんて言う脳筋思考に見えるのか?」

「そ……そうよね……ごめん、私の早とちりだったわ」


 被害妄想染みていたと反省し環は胸をそっと撫で下ろす。そして改めて期待に満ちた顔を向けてカルマの言葉を聞く。


「それじゃあ改めて――小娘、さっきよりもでかい一撃であの鉄くずの球を破壊してこい」


「やっぱり脳筋じゃないっ!!」


 先ほどとさほど変わらない注文に環は更に不満を漏らしていく。


「大体、あれを破壊できたとしても、私は自分の技の反動で動けないわ。そうなったら本当に格好の餌食じゃないっ」

「大丈夫だ。お前が突っ込んだ後、すぐに俺が攻撃するから何の心配もするな」

「私は囮かっ!?」


 環は憤慨しながらもどんどんと強くなる引力に耐えながら縋るように言う。


「そうよっ! あんた他にもあの機械の卵持ってるでしょ? その中にあいつを倒せるムカデはいないの?」


 環の発言に、遠くでこちらを見つめる磁道が聞く耳を立てている気もしたが、今の環には敵の様子など気にしていられなかった。


「残念ながら俺のエッグズの中身は全部金属で加工したムカデだけだ。こんな状況で出したらすぐさま吸い込まれてミンチ確定。他の方法は無い」

「くぅぅぅそぉぉぉぉぉ~~!」


 目さえも瞑って食いしばっている環にまるで鼻歌を歌うような気軽な口調で環が抱きしめている壁を指差してカルマが注意する。


「別に俺の策が気に食わないって言うならそれでもいいが、お前の壁、崩れ始めたぞ」

「はあああぁぁぁっ!?」


 素っ頓狂な声を上げて環は自分の命綱の壁を見る。


 すると壁の側面から見えていた壁を支えていたであろう鉄骨がどんどんと磁道の方へと引き寄せられ、その影響で壁のひび割れは増えていた。


 このままでは壁を作っていた鉄骨は剥がされ、それと一緒に環もあの鉄球の一部になる事になるだろう。


「もう時間は無さそうだな。さあどうする?」

「…………分かったわよ。やればいいんでしょ、やればっ!」


 本当の本当に手段が無くなった環は半ばヤケクソに大剣とパワードスーツを起動させ、自分に襲い来る殺意と鉄の塊に牙を剥いた。


必殺技エクストラスキル、発動っ!!」

必殺技エクストラスキル!』


 環の叫びに応じるように、機械の音声も環の声を繰り返す。

 するとパワードスーツに流れる電流の色は次第に淡い青色から濃い黄色へと変わり、その電流は、環の体と大剣を覆っていく。


「これで決まりよっ!!」


 駆け巡った電流の勢いは止まる事を知らず、やがて環そのものが電気の塊のようになった。

 その輝きはまさに雷そのもの。


 環はパワードスーツで強化された膂力、引力によって生じた加速により、磁道が操る鉄球へと雷の一撃が放たれた。


「《雷激剣》っ!!」


 掛け声と共に鳴り響く雷鳴と空気を震わす振動。

 危険を察知した磁道は、咄嗟の判断で空中に浮かせていた未完成の、歪な鉄球を環にぶつける。


 雷を帯びた大剣と巨大な鉄球。

 二つの殺意のぶつかり合いは空中で拮抗し、両者ともに少しでも気を抜けば吹き飛ばされてもおかしくない。


「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「…………!?」


 そして状況を打ち破ったのは、環の一撃だった。


 磁道が操る鉄球の鏡面に突然謎の割れ目が現われたのを逃さなかった環は、余力の限りの電撃を大剣に乗せた。


 電撃は環から大剣、大剣から鉄球の割れ目へと流れ出し、高出力の電撃が鉄球を形成している鉄くずを溶かしていく。

 内部からどんどん溶けていく鉄くずが鉄球のあちこちの割れ目からまるで血潮のように流れ出し、


「行けえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!」


 気合と力を合わせた声を轟かせた環の渾身の一撃が、遂に鉄球を真っ二つにした。


 鉄球の後ろにいた磁道は、環の攻撃の余波に耐え切れず何度も地面を転がりながら吹き飛ぶ。


 畳み掛けるならこの瞬間しかない。だが力勝負に勝ったはずの環も技の反動のせいで立つ事すら困難なようで、その身に余る大剣を地面に突き刺して座り込んでしまう。

 

 ヒーローが自分の象徴として《勇者機関》に登録している必殺技エクストラスキル

 その技のレパートリーは個人のスキルによって違うがその威力はその人の持つ技の中でもトップレベルの力を持ちまさに切り札と呼ぶに相応しいものである。


 だが、それゆえにその代償も大きく今回の環のように『電気による熱暴走での脱水症状』に陥るなどのデメリットも存在する諸刃の刃でもある。


 そして、両者動けなくなったこの状況で漁夫の利を得ようと動き出した男が一人いた。


「小娘にしては上出来だ」


 そう言うとカルマは環の横を走りぬけ、その勢いのまま立ち上がろうとする磁道に向かってエッグズを投げつける。


「ばっ……馬鹿っ! あんた、さっき自分で言った事も忘れたのっ!? あのムカデもあいつのスキルで弾き飛ばされるだけよ!?」


カルマの愚行に環は目を見開いて怒りを露にする。


 たとえ服の小さな金具や生き物の鉄の鱗でさえも磁力で引き付け、そして突き放すことが出来る磁道相手に新たなムカデを出すことは無駄であるのは火を見るよりも明らかであった。


 それは敵である磁道も同じ考えであった。


 磁道は飛んできたエッグズに左手の照準を合わせ、出てくるムカデを迎え撃とうとした。


 ――左手ってことは、あいつ、こっちにあのムカデを飛ばす気っ!?


 もし、あの中が同じ巨体のムカデだったら。

 そう予測した環は、未だに力の入らない足を引き摺りながら逃げようとした。

 その時、隣に立つカルマから、堪えきれず漏れ出した笑い声が聞こえた。


「くくくっ……。馬鹿はお前だ。よく見てろ」


 カルマがそう呟いた瞬間、エッグズが孵り、中にいた魔獣がその姿を現した。


「っ……!?」


 それは環が想像していたような金属の鱗と巨大な節々を持つムカデとは似ても似つかぬ新たな魔獣だった。


 円筒上の巨大な体、ゴムのように弾力のあるピンク色の皮膚、その口から見える

すり鉢のように並ぶ歯を持った魔獣だった。

 その魔獣は投げられたエッグズの勢いと共に大口を開きながら磁道に襲い掛かる。


「……………………!?」


 聞いていた魔獣とは予想外に鉄とは無縁なその体に、当然磁道のスキルが反応するはずもない。

 新たな魔獣に対応できなかった磁道は、あっけなくその大口に頭から上半身までを丸呑みにされる。


 そうして磁道を丸呑みにした魔獣は、その大口を天に向け獲物を体内に取り込まん嚥下を繰り返していた。


 だが、操られている磁道に諦めるという思考は無いらしく、魔獣の口を両手で広げてこれ以上は呑まれまいと抵抗していた。


「どこまでも小賢しい奴だな。最後くらい――潔く潰れろ」


 カルマが指を弾くのを合図に、魔獣の体が波打つように全身をうねらせ、次の瞬間――


「っっっ…………!?」


 圧縮された肉壷の体内は一気に空気を失い、中にいた磁道の空気も意識も奪った。

 勝利の狼煙は、汚らしいワームが獲物を絞めつける音だけとなった。

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