第14話 懐疑・赤い蒸気と零れる涙

 外側から見ても痛々しい程の締め付け、それに伴って呼吸もままならなくなった磁道は脱力した足を無様に痙攣させて、遂に動かなくなった。

 魔獣は力尽きた餌をそそるようにスムーズに飲み込むと、満足そうにゲップを一回して、口内で舐め回すように磁道を味わう。


「ね、ねぇ、これって何? 魔獣なの?」


 気持ちの悪い咀嚼音を奏でる魔獣を引き気味に見ながら、環はふらふら歩いてカルマ近づく。


「こいつはバキュームワームっていう種類の魔獣だ。ゴム状の分厚い皮膚を持ち、どんな衝撃にも耐える柔軟性を持っている、磁力を通さないくらいにな。まあ奴にとっては天敵だったわけだ」

「そんな相性が良いのがあるなら、何でもっと早く出さなかったのよ。てか、そんながいるなら先に教えなさいよ」


 文句を言う環を横目に睨みつけながら、カルマは一回舌打ちをする。


「このワームの弱点は機動性が無いところだ。だからさっきのようにエッグズを投げて直接相手の近くで起動させる為の仕掛けが必要だった」

「仕掛け?」


 頭にハテナマークを浮かべて首を傾げる環を見てカルマはまたもや溜息を吐きながら指を三つ立てて説明していく。 


「奴にエッグズを投げつける為の仕掛けだ。まずエッグズからムカデを出すところを奴に見せ魔獣が出る機械と認知させる事、奴のスキルの使用を一度止める事、エッグズにはムカデしかいないと思わせることの三つだ」


 カルマの説明を環は頭の中で反芻し、仕掛けを一つ一つ理解していく。

 エッグズからムカデが出るのは一目で分かるため考えるまでもない。

 磁道のスキルを一度止めるというのも、環の必殺技での相殺で解決するつもりだったのも理解できる。となると、


「じゃあ、磁道の鉄の球に亀裂が入ったのって…………」

「もちろん俺だ。お前が飛び出すと同時に奴の視覚外になるように中に水が大量に入ったエッグズを投げ込んだ。エッグズからは水が大量に排出し、それがお前の電気を通って高熱になる。その熱と蒸気で鉄の球が溶けた訳だ」


 カルマの説明に納得するように頭を縦に振っていた環だが、それでも分からないことはあった。


「なら三つ目の仕掛けはなんなのよ? エッグズの中身が何なんて磁道が判断できる訳ないじゃないの」


 環が不思議そうにそう尋ねると、カルマはそれをふっと笑う。


「それはお前が”機械の中にはムカデしかいないのか”と言ったからだ」

「へ?」


 覚えも無いことを言われキョトンとする環だが、カルマは構わず説明を続ける。


「言っただろう? 磁道の鉄球にお前が吸い込まれそうになっている時に機械の卵の中に使えるムカデはいないのかってな」

「……え?…………あっ!」


 カルマに言われ先ほどまでの状況を思い返して声を上げる。

 それは磁力で吸い込まれ壁にしがみついて堪えていた環がカルマにエッグズを使えないかと聞いた時があった。確かにあったが、


「それだけであいつはエッグズの中身は全部ムカデって思ったってこと? なんか単純な奴ね」


 不思議そうにワームの中の磁道を見る環に、さも当然と言った風にカルマは言った。


「それはそうだ。こいつはただ操られていた人形に過ぎない。人形がモノを考えるなんてできるはずないからな。奴はその場その場の相手の行動や言動でこちらの情報を判断していた、そこを突いただけだ」


 ワームの中での動きが完全に消えると、カルマはもう一度指を鳴らす。

 

 先ほどまで静かな波のようなワームの肉の移動はまるで生クリームを絞り出すような動きに変わる。


 その動きに伴って捕食されている磁道の体の向きが体内で一回転するのが外側にいるカルマ達にも分かった。


 磁道を上下逆に回転させる為、ワームは自身の体を横に伸ばて体内の幅を取ろうとする。


 その時に中の磁道の顔がゴム質の皮膚に張り付く様を見た環はその生々しさに舌を出して嫌悪感を露にしながらその様子を見守る。


 気色の悪いリズムの良い咀嚼音が道路中に響きわたり、そして遂に深呼吸をするかのような排泄音と共に今度は下半身だけをワームに呑まれた磁道が口を開け風切り音のような呼吸をしながら気を失っていた。


 ワームはその巨体をゆっくりと横たわらせカルマ達の前に差し出す。


「恐らくこいつの首輪がアンテナの役割を果たしていたんだろう」


 磁道の首輪を指差しながらカルマは考察を続ける。


「この首輪でこいつの意識を遮断して、自分達の都合の良い人形に仕立てあげた訳だ」

「じゃあこの首輪を解析すれば今回の犯人の足取りも掴めるって訳ね!」


 想定外の功績に声を上げて喜ぶ環の姿をカルマは半目で睨む。


「…………お前って、二言目には功績とか手柄とか他の言葉を知らないのか、語彙力皆無か?」

「別にいいでしょ、ヒーローにとって一番大切な物は地位と名誉、他の奴らだって自分の昇格の為の手柄が全てなんだから」

「あぁそうかいそうかい。まったく、本当に救いようのない――!?」


 開き直って言う環に完全に呆れたカルマが皮肉を言おうと口を開きかけた時、遠くの建物の裏に一つの人影を見た。


 その人影はカルマの反応に気付くと、すぐさま建物の裏側の奥へと姿を消した。

 この凄惨な現場に無関係な人間がいるはずも無く、明らかに怪しいその影を逃す理由はカルマにはなかった。


「ちょ! ちょっとどこ行くのよ!? ……うっ」

 

 突然どこかに駆け出したカルマの背中に声を飛ばしながら環もその後を追おうとするが、未だに必殺技の影響のせいで足に力が入らずあえなく地面に膝を付く。


「そこの建物で人影が見えた! 磁道を操っていた奴かもしれん。動けないお前はここでそいつを見張ってろ。いいか、絶対にそいつに触れるなよ!」


 一方通行に言葉を掛けたカルマは、そのまま振り返ることも無く人影が入っていった建物の裏側に入っていく。


 その裏側の道は一直線の路地裏だった。


 カルマは曲がり角や建物の屋上から窓まで、思いつく限りの全てを警戒しながらもその足を止めることなく道を進んでいく。だが、


「……ちっ、行き止まりか」


 道は大きなビルの裏になっており、特に道という道は見当たらなかった。

 ここまでの道のりで曲がり角は無くカルマが道を間違えている可能性は無い。

 もし、犯人が壁を越えて逃げたとするとカルマにはどうしようもなかった。

 カルマは頭を掻きながら舌打ちをすると、今までに起きたことを順序立てて思考を巡らす。


 ――しかし、まぁ、タイミングよく暴れたもんだな


 失踪事件の調査で駆り出され疲弊したブロンズランクからシルバーランクのヒーローしかいなかった。


 カルマや実践の現場に出た事のある環でなければ今回の事件の解決は難しかっただろう。


 ――いや、これを偶然と考えるには不自然か


 カルマと環以外に現状で動ける人間がいない中での奇襲。


 そう考えるのが一番理に理に適っていると納得する反面、そうする動機や理由が分からないため敵の狙いを自分ならどうするかといくつかの案を頭の中で巡らせ始めた。


 その時だった、


「……………………っ!?」


 カルマの思考は、遠方で突如響いた爆音により強制的に意識を逸らされた。


 それはまるで空気を劈く音だった。


 爆音の正体を予想しながらも、カルマはそれを突き止めるため、急いで元来た道を駆ける。

 直線の狭い道からすぐに顔を出し、すぐさま先ほどまで戦闘していた十字路へ目を向ける。


「っ!……これは…………」


 その視線の先に映ったのは、尻餅を付きこの世のモノではない何かを見たように口を半開きにしたまま震える環。


 環の目の前にはカルマの使役しているバキュームワームが赤い水蒸気を上げているのが見えた。


 だがそれを出しているのはワームではなく、ワームの口元にいる何かから出ていた。


 体中の水分が抜け焦げた皮膚。それを透かして見える骨組み。表面には三つの穴があり、大きな穴から白い水蒸気、そして二つの同じ大きさの小さな穴から赤い水蒸気が発生していた。


 赤い水蒸気の臭いはカルマがそれに近づけば近づく程その臭いがよく知っている物だと分かった。

 錆びた鉄と塩水を混ぜ込んだ生き物の全てに流れている血の臭いだ。


「…………おい」

 

 状況が飲み込めず困惑していた環はカルマに声を駆けられてはっと驚いた。


「ちっ……違うの……! これは、その、私じゃ…………!」


 上ずった声で環が自分に非が無いとカルマに否定しようとした時、そのか細い声は少し遠くで鳴り響くパトカーのサイレン音と数台の車やバイクのブレーキの音に掻き消された。


 爆音で呼び戻されたのはカルマだけではなかった。

 遠くで様子を窺っていた警官たちは磁道が巨大な鉄球を造り出しているのを見て、二人のヒーローでは手に余ると判断し援軍を呼んでいたのだ。

 そしてそれは、まるでタイミングを計っていたように到着し、環の下へ駆け寄る。


「大丈夫かっ! こちら応援で来た……ってなんだこれは!」

「これって……もしかして磁道さん……なのか……?」

「嘘だろ……なんでこんなこと……!?」 


 仲間の変わり果てた姿に驚きを隠せないヒーローーたち。

 そして懐疑の目はすぐさま磁道の傍にいた環に突きつけられた。


「お前が……やったのか……!?」

「違うっ!!」


 それを即座に否定する環であったが、それを否定するには証拠が多すぎた。

 服や未知のワームそして、人体の水分すらも蒸発させるほどの火力のあるレアスキルを持つ唯一の人間は環ただ一人だけだ。


 援軍として来たはずのヒーローの全員が環に疑惑と義憤の目を向けていた。

 この場で環の言葉に耳を貸す者は誰一人としていなかった。

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