第12話 突発ミッション・市街地での暴漢を捕らえろ

 海空市中央公園近隣の市街地。


 そこへ到着したカルマはヘルメットを取って周辺の状況を観察する。


 あちこちに吹き飛ばされた車やバイク。引っ張られたように伸びっている金網。コンクリートの地面の中から出てきた鉄パイプ。それらに目を通しながら奥で壁にもたれかかりながら背後に気を使う警官隊を見つける。


「あいつら何してるのかしら? あれで本当に警察?」


 そう嫌みを言うのは、カルマの後ろでブカブカのヘルメットを外した環。だがそんな小言に耳を貸さず、警官たちのさらに奥の方へと目線を移した。


「どうやらあの奥に目標がいるようだな」

「どんな奴か知らないけど、どうせ私の足元にも及ばない雑魚でしょ。とっとと終わらせて灯理ちゃんと遊びに行こ~~とっ」


 軽い足取りで警官隊のところへ向かう環の後ろをカルマが付いていくように歩き出す。そしてカルマはいつも通りといった感じに息をするように環に皮肉を飛ばす。


「随分と余裕だな。その根拠の無い自信はどこから湧いてくるか教えてくれよ」


 環は振り返ると、むっと眉毛をへの字に曲げて、強くカルマを睨みつけた。


「言っとくけど、今回は絶対に私の手柄にするんだから、あんたは邪魔しないでよ」

「俺に命令するな」


 カルマの反抗的な返事に環はさらに眉にしわが増えていくが、そうこうしている内に、カルマたちの到着に警官隊の一人が気付いた。


「あっ! あなた方が《勇者機関》のヒーローの方々ですか? ご協力感謝します!」


 その警官が綺麗に整った敬礼をするとそれを皮切りに他の警官達も同じように敬礼を環とカルマに向ける。


 手も足も出ない絶体絶命のピンチに駆けつけたヒーロー。

 そんなシュチュエーションを感じさせるような現場の様子に、気分を良くした環はその薄い胸を張り演者っぽく話し始める。


「ここまで良く粘ったわね。安心しなさい、この天才ヒーローの私が見事、この事件を解決して見せるわ!」


 自信満々に宣言する環の自信に当てられ、警官たちは安堵するようにお互いに顔を合わせて喜ぶ。だが、その歓喜に満ちた空気の中、カルマは武装が他の警官とは違う警官――警官隊長へ話しかけていた。


「お前がここを指揮しているのだろう。この奥に敵がいるのか」

「はい。しかし、奴のスキルのせいでこちらは手も足も出せず、すでに何人もの負傷者が出ています」

「敵のスキルは分かっているのか?」


 特に悪意もこもっていないカルマの質問に対して、隊長は半目でカルマを睨みながら答えた。


「……いいえ、警察にはスキル名簿は回ってきませんからね。こういう状況ではヒーローの方々に頼る他ありませんよ」


 言外に皮肉を含ませた警官隊長の言葉に、カルマは予想通りの反応に肩を竦めた。


 基本的に《勇者機関》と警察は良好な仲を築けていない。


 理由は様々だが、その理由の一つでもあるのが『スキル名簿』の支給である。


 個人のスキルをまとめたスキル名簿は、現在勇者機関のみが閲覧可能なモノであり、他のスキルを使用する職業であってもそのスキルを検索する事ができない。

 そのためにほとんどのスキル犯罪は《勇者機関》に任せる他ないという状況が続いている。


「事情は察するが、今はそんな愚痴を聞いている暇は無いんでね。早速戦闘に入る。お前らは下がってろ」


 隊長の皮肉を横流しにして、カルマは奥にいるであろう敵から身を守るよう建物の瓦礫の壁に背を付けて背後の様子を見る。


 カルマは自分に突き刺さるように向けられる視線を無視し、壁と肩越しに奥にいる敵を見る。

 敵は公園から離れた先の十字路の中心におり、割れた地面の上に車やバイクを自分の周りに壁としていた。


 スキンヘッドの頭、目には黒いゴーグル、鍛えられた体には厚い鎧を身に纏い、何かするでもなくただただその場で仁王立ちをしていた。


 そうして一通りの確認をカルマが終えると、環も真似をするように肩越しで見ようとするが背が足りず、諦めて両膝を付いてひょこっと頭だけを出して敵を視認する。


「え? あれって……磁道?」


 見知った顔に驚いた環に即座にカルマが質問する。


「知り合いか?」

「一応はね。私がまだブロンズランクだった頃の新人教育担当者で、かなりのベテランよ。行方不明になったとは聞いていたけど……」

「あいつも一連の事件の被害者かもしれないな」


 そう言ってカルマは既に戦闘準備を整えるために自分の懐からエッグズを数個出しながら環に話かける。


「奴のスキルは知ってるか?」

「確か《磁石》とか言ってたっけ? 磁力を右手の引力、左手の斥力で操る……みたいなスキルだった気がする」

「随分と曖昧だな。本当に知り合いなのか?」


 小馬鹿にしたようなカルマの問いに環はムキになる。


「あんな磁石人間に興味がないだけよ。ブロンズの時だっていっつも私に必要以上に絡んで来て本当にうっとおしかったわよ」


 ふんっ、と顔を背けて機嫌を悪くする環から興味が無くなったカルマは、改めて自分の道具の点検を始める。


「とりあえず金属の類は奴には効かない。そうなると剣を使うお前と奴の相性は最悪な訳だ」

「そんなことないわよ」 


 短くカルマの言葉を否定した環は、自らのスキルで大剣とパワードスーツを起動させて、体中を淡い青色に輝かせていく。


「あいつが引き寄せたり突き放したりする事ができる重量は大人の男の体重ぐらいなものよ。そして、私のスキルで振るうこの剣はそれらを軽く圧倒する」

「おい、ちょっと待てっ」


 カルマの静止も聞かずに環は足にぐっ、と力を入れる。


「先手必勝っ!! この依頼の手柄は私のモノよ!!」


 強化された脚力で軽々とカルマと壁を越えそのまま空中で縦に一回転する環。

 それに気付いた磁道は左手を環に伸ばしてスキルを行使しようとする。


 ――左手ってことは斥力。私を弾き飛ばそうってことね!


 左手の斥力の能力の限界値を知っている環は、敵のスキルを気にせず、そのまま回転の遠心力と落下の勢いを加算して叩き込むように大剣を振るう。


 本来ならば、パワードスーツによって強化された環の剣を退けるのは常人には不可能だろう。

 たとえそれがスキル持ちであったとしても、威力だけならレアスキル級の攻撃を耐え切る事は難しい筈だ。


「ぐっ!? くうぅぅぅ!!」


 だからこそ、今環は何が起こっているのか明確に理解できないでいた。


 ――何で、私の方が押されてるの!?


 環の斬激に対し、磁道の左手の斥力によりお互いの力は拮抗し、環の大剣と磁道の左手の間には人一人分程度の隙間が生まれていた。


 そしてその両者の空中で行われた力比べは先に環の限界に来た。。


 直接スキルを使っている磁道とは違い、パワードスーツを動かす力を電力として使っている環の方が、スキルを使う精神力や体の負担が大きく、環の体はどんどんと地上から引き離されていく。


「だっ…………駄目っ……限界…………!」


 環の気が弱ったその一瞬の隙を磁道は右手で左手を支えるようにして、スキルの出力を最大に押し上げた。


 最大と言っても磁道のスキルはそこまで火力のあるタイプではない。 

 だがそれでも疲労困憊な環を弾き飛ばすには充分すぎた。


 そして、それは運悪く環がスキルによるパワードスーツへの電力供給が切れた瞬間でもあった。


「キャアッ!!」


 限界を超え今まで拮抗していた磁道の斥力をまともに受けた環は、パワードスーツの恩恵も受けられず、自分が飛び出した所付近の壁に激突する。


「うぅ…………痛ててて…………」


 環の激突により壊れた壁の残骸にもたれかかりながら、小さく声を上げる環。それを一瞥したカルマは、顎を指で撫でながら興味部下層に敵の観察を始める。


「失踪事件の犠牲者になったヒーローの多くがまるで操られているように生気の無い動きと強化されたスキルを持っていると情報は聞いていた。小娘の言っていたスキルよりも強力なスキル、そして何よりも目的だけで動いているような無駄のないあの動き、完璧に磁道は今回の事件の犠牲者だと確定したな」


 カルマが冷静に分析する中、新たな敵に磁道はまるで機械のように無機質な動作でカルマを標的と定めた。 


 磁道は右手で近くにあった適当な鉄くずなどを引き寄せる。

 その鉄くずだらけの手をまるで拳銃を構えるようにカルマに向けるとそのまま左手を右手に被せる。


 その瞬間、磁石にくっ付いた砂鉄のように磁道の右手のあちこちにくっ付いていた砂鉄は、左手の斥力により大小様々な銃弾となりカルマを襲う。


「こざかしい真似を」


 その動作に一早く気付いたカルマは、手の中で弄んでいたエッグズの一つを指で挟み、その表面を一舐めしてから地面に放った。


 それを引き金にしてエッグズの中にいた魔獣が姿を現す。

 

 瓦のように重なった黒い金属の脚部をガチガチと擦り合わせながら動き、その先端部分に鋭い二本の牙を持つ巨大なムカデ――ヨロイムカデがカルマの体をとぐろを巻くようにして包みこみ、銃弾の雨を阻むシェルターになる。


 建築用の角材や鉄骨などの墜落にも耐えうる鉄の外皮が鉄くずなどで傷つくことはない。

 全ての攻撃を弾き終えると、とぐろの上段部分の頭部を敵に晒し、カルマの姿も外から見えるようになる。


「…………」


 攻撃を仕掛けてきたときと同じ様に、両腕を構えた状態でこちらを見る磁道。


 その姿は隙無くこちらを伺い、いつでも攻撃できると威嚇しているように見えるがカルマは磁道の姿をそうは見なかった。


「完璧に操られているな。あいつ」


 割れた地面。転がる車やバイク。点滅を繰り返す電灯。昨日まで人が歩いていたとは思えないほどの凄惨な現場。


 その中心に立っている磁道は特に悦に浸るでもなく、隙を窺うでもなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「……ひ……酷い目にあったわ……」


 その生気の失った姿を油断なく見つめながらカルマの下へ環が横に並び立つ。

 先ほどの衝撃のせいかまだ頭を押さえながらもやっと立ち上がった環に対し、カルマは愛も変わらずな皮肉を飛ばす。


「流石はシルバーランクの天才ヒーロー様だ。無駄な特攻もお手の物らしい」

「うっさいわね! 私だってあいつがあそこまで強化されてるって知ってたらこんな事してないわよ!」

「甘えるな。そんなもの最初から分かる訳ないだろうが。だからこそまずは相手の出方をみるなり、相手の弱点を探すなりするもんだろ? 違うか」

「ぐぐぐっ……」


あまりの正論に咄嗟に言い訳すらも言えなかった環は歯を噛み締めながら憎らしそうにカルマを睨んだ。


「そこまで言うなら、もちろんあんたはあいつの弱点が分かったって言うのよねっ」

「当然だ」


 環が「え?」と呆けたような声を上げたのを無視し、カルマは腰に掛けているムチを翻し近くの鉄柱にムチを縛り付けた。


「まずは何処かに捕まれ。引っ張られるぞ」

「えっ、ちょっとそれってどういう――?」


 環がそう口にする前に周りの鉄、車やバイク、地面の鉄パイプ、そして環のスーツの金具や大剣、はたまた金属の鱗を持つヨロイムカデさえもが何かに引っ張られ始めた。


「わわわっ!?」


なんとか近くにあったコンクリートの壁に捕まることに成功した環は壁に抱きつくようにしながらも必死に原因を探ろうと首だけで引力の先を見る。


「なっ……何よあれ!?」


 環の視線の先の物を見て驚愕する。

 そこには磁道が、自身のスキルを用いた協力な磁力で、金属や鉄を一つの鉄の球体を造り上げていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る