第4話 初任務・銀行強盗捕縛ミッション

 駅近くに作られた銀行の支部店舗。それがカルマと環の現場であった。

 

 カルマは、街までの道のりも共にした愛用の大型バイクで銀行に到着すると、そこで一つの集団が言い争っているのが見て取れた。


「だから言ってるじゃないですか? ここは人命を優先し、人質の救出を最優先にすべきですっ!!」

「いいえ! ここは事件の速攻解決を優先して、犯人達の身柄拘束に努めるべきよっ! そのために私たちを呼んだ訳だし、このまま犯人達を占拠させておく事の方が、人質が危険だってなんで分からないのっ!?」

 

 カルマはヘルメットを取ってその集団をよく見ると、そこには先に現場に居合わせたブロンズランクヒーローたちと、カルマを待たずに先に現場に向かった環の姿があった。


「……………………」


 それを見たカルマは、鋼地が環の事をじゃじゃ馬娘と言っていたのを思い出し頭を抱えた。


 鋼地との対話終えたカルマが一階のフロントへ降りると、そこに環の姿が見当たらなかった。


 疑問を持ったカルマは、フロントの案内係に環の姿を見なかったかを聞くと、案内係から環がカルマを待ちきれずに先に現場に向かったことを聞いた。


 そしてそれを聞いたカルマも、環を追うように現場に向かい、現在に至る。


 その様子に呆れながら、カルマは喧々囂々とする環たちの会話に割り込んだ。


「お前ら、いい加減にしろよ」


 突然会話に割り込んで来たカルマに、ブロンズランクのヒーローの一人が警戒するように身構えた。


「なっ!? 何ですかあなたはっ……」

「そんな事よりお前ら全員本当に耳が付いてるのか? 周りの声を聞いてみろよ」


 カルマに促されてブロンズランクのヒーローたちは、周りの声に耳を傾けた。


 不安そうに親を呼ぶ子供、静かに自分の信じる神に手を合わせる老夫婦、そして、銀行の中技に家族や友人が人質に取られている人々の鳴き声や助けを望む声。そんな彼らに先ほどまで安心させるような声を掛けていたであろうブロンズランクのヒーローたちや途中から現場に来た環も押し黙る。


「無駄な話し合いは不安を招くだけだ。状況だけ説明しろ」


 カルマの物とも言わせぬ気迫。危機的な現場に対しての慣れ。そして周りへの気配りなどから、先ほどまでカルマに対して警戒をしていたブロンズクラスのヒーローたちはカルマを格上を認めて自分たちの姿勢を正した。


「はっ、はい! 現在、犯人達は三階フロントにて人質を取っており、一階と二階には爆弾を仕掛けたと言っています。もし誰か一人でも銀行内に突入すれば、自分たちもろとも銀行を爆破すると言っています」

「犯人の要求は?」

「逃走用の車を要求しています。もし条件が吞まれないならば、人質達を一時間に一人ずつ殺すと」

「その条件が出されてから何分経った?」

「……五十分です……」


 苦しそうにヒーローの一人が言ったのを聞くと、環は彼らを小馬鹿にするように白々しいため息を零した。


「だから私はさっさと突入しようって言ってるのに……こいつらときたらびびって動きもみせない。他力本願も程々にしてほしいわね」

 

 無責任に言う環の言葉に対し、状況を説明していたブロンズランクのヒーローが鋭く環を睨みつける。


「爆弾で自爆も辞さない相手に対して慎重になるのは間違いではないはずですっ! 安易な行動でそこにいる人質を危険に晒せないっ! だからこそ私たちは、高ランクのお二人のどちらかに、遠距離射撃による犯人の無力化を図ってから、一階と二階にある爆弾の解除を――」

「そんな事のために私は来たんじゃないから」

「ふっ……ふざけるなっ! いくら司令官の娘だからと言って、そんな駄々が現場で許されると思ったら大違いだっ!!]


声を荒げて怒りを露にする彼とは対照的に、環は人の命が関わっている現場とは思えないほど不謹慎に落ち着いて応える。


「そんなことだから、あんたたちは未だに雑魚ランクのブロンズなのよ」


 目の前で自分に憤るブロンズランクの彼にそう吐き捨てると、環はガラス張りの銀行の三階を仰ぎ見て、そのまま中腰になる。

 すると、環の身体からチリチリと雀のさえずりのように音を立てながら、青白い電気が発電され始める。

 その電気が環の身体を一通り駆け巡ると、環の四肢に装備されているリストバンドに充電されていく。


 それが終わると、各々のバンドから環の身体と同じ青白いランプが点灯し、充電完了を知らせる。そして、

「――ふっ!!」


 そのランプが赤色に変わった刹那、コスチュームに青いラインが走り、華奢な少女ではありえない超人染みた脚力によって環は地面を蹴って空を舞った。


 その超人染みた跳躍を可能にしているのがヒーローにのみに配給される特別な武装。魔族が用いる人間の理を超えた魔術、魔獣の体の特性、そして、優秀なヒーローのスキルを元に研究・改良を施された魔術科学合併装備、通称マギアだ。


 その性能は多岐に渡り、汎用型の物から個々人がオーダーメイドで作られた特注品まで存在する。


 環が今身に着けているコスチュームはその後者にあたり、環のスキルによって発せられた電力を動力に変換し、電気のラインが走る筋肉の強化と負荷軽減を同時に行う事によって超人染みた跳躍を可能にしている。


「……! あれが敵ね」


 空中を駆けた環の目の前には、銀行三階の窓ガラスの中で犯人と思われる男たちが見えた。

 黒ずくめの男が一人、その後ろには頭を抱えて座っている人質達、それを監視している黒ずくめの男達の三人だ。 


 この状況なら、十中八九黒ずくめの男達が今回の銀行強盗団だろう。


 そう判断した環は、一番窓ガラスに近い犯人を目標に定めると、その小さい背に携えている一頭身ほどの剣を手に取る。すると、剣もまたコスチュームと同じように電気を帯びると、瞬時に環の体の倍程ある大剣へと変形した。 


「おりゃぁぁぁぁぁっっっ!!」


 環は空中での勢いを殺す事なく、そのまま飛び込むように銀行のガラス越しのなぎ払いで、犯人の一人を吹き飛ばす。


「があぁぁぁっ!!」


 突然の奇襲とガラスごと破壊して突入というあまりにも想定しない攻撃方法に、敵をそのまま銀行奥の壁に体を埋めて意識を失った。


「てっ!? てめえええぇぇっっっ!」


 突撃した環の近くにたまたまいた一人の黒ずくめの男が環を捕えようと手を伸ばすが、その時には既に、男の目の前にいたはずの環は男の視界の中から消えていた。


「っ!? ぐふうううぅぅぅっ!?」


 犯人が気付かぬ内に肉薄した環によるカウンターブロー。それが敵の溝打ちに突き刺さるとその拳を通じて流れ出した膨大な電流が直に男の体を駆け巡る。


「ぎいいいぃぃやぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


 少女とは思えない程の威力の拳。そして常人が耐えることができない電圧に男は白目を向いて昏倒し、もたれかかるように倒れた男を環は雑に床に落とした。


「う、動くなっ!!]


環が声の方に視線を移すと、そこには残り二人の犯人が人質の女性を盾にするように自分の前に立たせ、その女性の首元にナイフを宛がっていた。


「お、お前のスキルは見たところ電気系統だろっ!? 俺たちを攻撃すれば、この人質も一緒に攻撃することになるぞっ! 分かったらさっさとその馬鹿でかい剣を降ろしやがれっ!!」

 

 鼻息を荒くし涙を流す人質を前に付き出す二人の敵を環は鼻で笑う。

 おもむろに胸元のポケットを探ると、環はそこから中指を中心に人差し指と薬指で電線の付いた針を抜き取り、そのままなんの躊躇もなくそれを犯人二人に投げ刺した。


「があっ!? 

「ぐっ……なっ、何を……!?」


 ヒーローとして民間人の安全を守る者と考えていた二人は、そのヒーローとして常軌を逸した環の行動を予想できず、各々の肩に深く針が刺さった。だがそれでも、未だにこちらの方が優勢と考えた犯人たちは、その肩口から拡がる痛みに悶えながらももう一度人質使って環を脅そうとした。

 

 ――だが、それが間違いだった。

 

 環は自分が投げた針から自分に向かって繋がっている電線を握りしめると、そのまま迷うことなくスキルを使用した。


「「ぴぎゃああああぁぁぁっっ!!」」


 環から放電された膨大な電気が電線を通じ、そしてそれは電線が付いた針に向かって人質を傷つけることなく、犯人のみに絶叫を上げさせた。


 数秒間電気を流して二人の体からは白い煙が出るのを見ると、環は無造作に電線引いて針を引き抜いた。だが犯人達はまるで糸の切れた人形のように力無く倒れた。


「電気なんてそんなありきたりなものじゃないわ。私のスキルはよ」

 

 既に聞いているものがいないことを承知で環は口を開く。聞いていようがいまいが、それは環には関係ない。それは彼らの考えを環が嘲笑するための演出だった。

 

 スキルには様々なものが存在する。

 才能、特殊体質、生まれつきの体の作りなどそれぞれであるが、その中でも特に稀なのが『異能型』と呼ばれるスキルである。


それらスキルによる力はもはや”技術”というよりも”超常現象”と言った方が正しく、多くの功績を上げてきたヒーローたちの多くがこのスキルの型に当てはまると言われている。


 そして、環のスキルもその型の一つ。


 犯人たちが環に言った通り、環のスキルは電気に深く関するものだ。

 だが違うのは、それはただの電気ではない事だ。

 それは自然界の中でも最大の威力と恐怖を持つ天災。それを再現するには、様々な科学力を用いても容易ではない程の莫大なエネルギーと大掛かりな装置が必要とされる。


 そのエネルギーを、環は瞬時の内に体内で生み出し、通常なら起動にも多大な電力を要するパワードスーツや《マギア》の数々を使いこなす事が可能となる、それが環の持つスキル。


 スキルの名は《雷電》。

 雷の力と遜色ない、世界でも数少ないレアスキルである。

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