第5話 目的達成・二人の汚い考え

 その場で立っているのが自分だけだと確認した環は、周りからの賞賛と拍手でその場を制したことに気付いた。


「助かったっ! 助かったぞっ!」

「あの女の子が助けてくれたぞ!」 

「まだあんなにも小さいのに、勇気のある子ね~~!」

「最近はヒーローもあてにならないと思っていたが、そうでもなかったな!」


 老若男女構わず自分に送られる賛辞に、環は内心で天狗になりながらもなんとか毅然とした態度で敵を拘束していく。


 ――ふふんっ、やっぱり私が正しいじゃない。これで昇級へ一歩近づいたわね


 調子に乗った環は、まるで演者のように大げさな身振り手振りで周りの人質たちに声を掛ける。


「皆さん、もう大丈夫です! 私が来たからにはこの場の安全は既に保障されました。ところで少し皆さんにお聞きしたいことがあるのですが、強盗はこの四人だけでしたか? 他に仲間などないませんでしたか?」 


 状況を整理するためにフロントを確認した環は、銀行の金庫があらされた後があったのを確認した。

 だが、フロントや強盗四人のカバンやポケットには金は無く、他の誰かが持ち去ったと推測したのだ。すると人質の中にいた銀行員の男性一人が手を上げた。


「いや、最初は六人で乗り込んで来て俺達全員を三階に移動させたんだ。だが、その内の二人がそこのドアから金を袋に詰めて逃げてったんだ」


 銀行員はトイレ横の裏手の通じる階段を指差した。


「ですが、裏手なら警察が全て封鎖していて逃げれるとは考えにくいのですが? 他に何か逃走できるルートはありませんか?」


 環の質問に手を組んで銀行員が悩むと、それを聞いていた別の銀行員の女性一人がはっと閃いたように声をあげる。 


「そういえば、そこの階段の窓とすぐ隣のマンションの階段は飛び移れるぐらいに近いはずです。もしかしたらそこから逃げたのかも!」

「恐らく、その考えは正しいですね。ご協力ありがとうございます。すぐに下にいるヒーロー達が到着しますので、皆さんはここで待機していてください」


 そういって環が大剣を元のサイズに戻してその場から去ろうとする。するとそこで人質の一人から不安の混じった声が上がった。


「えっ? 俺たちを保護してくれないのか?」


 人質の中の一人がそう言うと、波紋が広がるように他の人質も声を上げていった。


「おいおい、これ以上会社に遅刻するわけには行かないんだ。早く出してくれ」

「せめて子供だけでも安全な場所に移動させてはもらえませんか? この子がずっと脅えてしまって可哀想で……」

「私も家族に心配をかけてしまって、できるだけ早く安心させてあげたいんですっ」


 ――うるさいな。こっちを助けてもあんまり点数は期待できないのよね。


 一つの声から段々と人々は不安に駆られ、そこにいる唯一のヒーローの環に安心を求めるのは道理だ。そんな人質の心の不安も知った上で、環は人質たちに見えないように顔を背けて溜息を吐く。


「皆様の気持ちは痛いほど分かります。しかし、このまま強盗の一味を逃がせば、また新たな犯行を生みだし、皆様と同じような悲しみを繰り返してしまいます。それはヒーローである私にはとても耐えれません。私も心苦しいですが、すぐに他のヒーローが皆様を保護いたしますので、それまではここでお静かにお待ちください。それでは失礼します」


 棒読みすれすれの感情の籠もっていない声でそう言うと、環は軽く一礼し、すぐに階段の窓に向かい、隣のマンションの階段に移った。


 スキル《雷電》の電力により加速した速力は、背後から来る人々の不安の声をかき消すのは充分過ぎた。



環が強盗犯達を制圧している最中、一階ではブロンズランクのヒーロー達が汎用型マギアを用いて、銀行のあちこちに仕掛けられた爆弾を迅速に解除していた。


「素人にしては中々やるじゃないか」

 

 爆弾処理を終え額の汗を拭った一人のヒーローの後ろから、荒らされた机の上に座って見ていたカルマが感心する。それに苦笑しながら、そのヒーローは照れるように頬を掻く。


「ありがとうございます。ですが、こんなマギアを使えば誰でもできますよ……彼女のようには、一人で敵に飛び込むなんて、僕にはできませんから…………」

「そんなに凄いか? あんな小娘が」

「そりゃあ凄いですよ、環さんは。僕達最下級のヒーローで彼女の話題が尽きることはありませんよ」


 そう言うと彼は、カルマの方に体を向けて説明を続ける。


「数少ないレアスキルを用い、歴代最速でシルバーランクのヒーローになった人なんて元勇者である環さんのお姉さん以外いませんよ。しかも十四という若さでそれをこなしてしまうのですから……本当に凄いですよ……」


「――嘘だな」


 ぴしゃりと言ったカルマの言葉に、説明していた彼は驚いたように目を見開いた。


「本当の事を言えよ。たとえレアスキル持ちとはいえ、あんな小娘がお前ら下っ端にまで名が知れ渡るほどの活躍をできるとはとても思えない。尽きない話題ってのは、あいつへの悪口や不満の方なんじゃないのか?」


 カルマの推測に何も応えらない彼を周りのヒーローたちもカルマから目を反らすして無言に徹する。それを肯定と見て、カルマは少しだけ悪戯っぽく目の前のブロンズランクのヒーローに笑いかける。


「分かるぞ、お前たちの考えは。確かに形だけとは言え、相方の俺にあいつの不満は言えないだろう」


 カルマは言葉を続けながら、指を二本立てて続ける。


「だから提案だ。俺にあの小娘への不満やあいつがこれまでやってきた迷惑行為を俺に教えること。そして今から言う俺の言う事を一つ聞く事。この二つの条件を呑んでくれるなら、今回の事件の手柄を、全てお前たちの物にすることを約束しよう。どうだ?」

 

 その言葉に耳だけを傾けていた他のヒーローの一人が反応したのを、カルマは見逃さなかった。  

 カルマは更に彼らが提案を飲み込みやすいよう、それなりの理由を付け加える。


「お前らはどっかの小娘と違って手柄なんて興味は無いとは思うぞ。だが、それでももし昇格の手立てになるのなら、今回の事件の功績は欲しくない訳がないだろう? 俺はただ、これから一緒に動くことになる相方について少しばかり知りたいだけだし、お前らは最下級から運良くのし上がるきっかけになる。良いギブ・アンド・テイクじゃないか?」


 あくまでこちらの都合に合わせてもらうだけだ――そう最後に付け加えてカルマは話しを終える。


 カルマの甘い囁きに彼らは数秒の間、お互いに顔を交互に見合わせて考える。

 そうして彼らの中で最初に口を開いたのは、今までカルマと会話していた、目の前のヒーローの男だ。


「本当に……いいのか……?」


 彼がそう聞くのを聞いて、カルマの口角は吊り上がる。


「あぁ、約束しよう。それじゃあ、話してみろよ。お前らがあの小娘に抱いている、不満や怒り、その全てを」

  

 彼は最後まで躊躇しているのか、周りの仲間達の気持ちを確認しようと振り返って仲間達の目を見た。


 そうして見た全員が、彼の目に無言で自分の気持ちをぶつけるように強い眼差しで彼を見ていた。まるで「あの小娘に掛ける情など無い。自分たちのために話すべきだ」と言わんばかりに。


 それを理解して引き際が分からなくなった彼は、訥々とだが今まで抱いていた環への不満や周りの評価などを、カルマに話し始めた。

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