第6話 トラップ起動・蜘蛛の巣にかかったヒーロー

 銀行から少し離れた路地裏。


 そこに二人の黒ずくめの男二人がお互いに大きいカバンを肩に担いでなんとか並べるぐらいの狭い道を走っていた。

 そのカバンからは運び込む際にピンが外れたのか、表札に写る一万円の偉人が、車から顔を覗かせるようにその顔面に風を浴びていた。


「流石にここまで来ればもう大丈夫だろう」


 二人組みの内の一人から安堵すると、もう一人は気を引き締めるように札の入ったカバンを更に肩に担ぐ。


「油断するなよ。五年前の《デモン・ショック》でヒーローの数が少なくなったとはいえ、居ない訳ではないんだからな。お前も俺と同じでしくじる訳にいかないだろ?」

「もちろんそうだが、最近だってまるっきり警察任せじゃねえかよ。見回りだって警察の方が多いし、 昔は今とは逆だったのによ。今日だって、もしかしたら警察が出張ってるか、ブロンズランクぐらいの雑魚ヒーローしか居ねぇんじゃねえか?」

「それはどうかしらっ!?」


 突然静かな路地裏に響き渡った声。それに驚いて同時に後ろを振り向いた男二人の目に映ったのは、建物の非常階段の手すりに仁王立ちするひーっローの少女、環の姿だった。

 

 暗い路地裏において真上に差す太陽の光をバックにする環は、まるで戦隊モノのヒーローの姿を彷彿させ――と、環は思っている――自信満々にその薄い胸を張り、ポカンと口を開く男たちに飛び掛った。


「この私がいる限りこの街での悪事は許さないわっ! これで決まりよっ!」


 環のスキル《雷電》により起動した大剣とパワードスーツ。


 その二つの力が相まって生まれた雷の力による一撃が悪党二人を襲うはずだった。


 だが、目を閉じて無駄な抵抗のようにクロスした腕で顔を守る二人が見たのは、まったく予想しなかった光景だった。


「がっ!?」


 環の動きは、腹部に突然走った一つの衝撃によって空中で止まっていた。


 それの衝撃の正体がレンガをまとめた物と分かると、環は改めて体制を立て直そうと空中で腕を動かそうとした瞬間、環の体がまるで空中に張り付いたように固定されているのに気付く。 


「何よこれ! んっ……クソッ……動けない……!」


 環は身をよじって何とか糸から逃れようと足掻く、


「――ふふふっ、随分と可愛らしい勇者さんが罠に掛かったものですね」


 突如、ビルの陰から聞こえてきた紳士めいた声に、環が頭だけを声の方に向ける。

 そこには、一人の長身の男が不敵に笑いながら環を仰ぎ見ていた。


「真白さん!? どうしてここに!?」

 

 真白と呼ばれた長身の男を目にし、血相を変えた二人の強盗。彼ら見ると真白は彼らの肩に手を置いて柔らかい笑みを向けた。


「心配しなくても大丈夫ですよ。これは私の個人的な問題です。そんなことなんか気にせずにあなた方は所定の位置まで行きなさい」

「「はっ、はいっ!!」」


 そう言うと、強盗二人は再び向かっていた方へ走りだす。


「逃がすかっ!」


 環は再び自分のスキルで体に電気を纏い、電流の熱で糸を焼き切って地面に着地すると、すぐさま逃げる二人の強盗を追おうとした。

 だが、今度は背中に鈍い衝撃が走り、環は走っていたこともあり、勢いをつけて床を転がりがった。


「ぐぅぅぅっ!?」


 背後から環を襲ったレンガが環の横に落ち、その衝撃で床に伏せる環。


 それでもなんとか体制を立て直そうと立ち上がろうとして、


「…………っ!?」


たまたまた下を向いていた環は、自分の影がどんどんと広がっていくのに気付き、すぐさまその場から飛び退いた。


「がはっ!!」


 建物の上から飛来した鉄骨や角材などが落下し、その衝撃で環はまた床を転がった。その様子を見ていた真白が笑いを漏らす。


「くっくっくっ……いやはや騒がしいお嬢さんですね。拘束を解くのに、そんな大げさにスキルを使わずとも宜しいのではないでしょうか?」

「うっさいわね! まずはその気持ち悪い笑い声を止めてやる!」


 狂おしそうに笑う真白に、環は大剣の切っ先をホームラン宣言のように向ける。それに敬意を表するように、真白は紳士然とした態度で胸元に手を置いて一礼する。


「では、私もその気概にお答えして、本気でやらせていただきます」


 そう言うと真白はおもむろにそのブカブカの服を投げ捨てると、一枚の肌着と十字に組まれた四本の腕が姿を見せる。


「なるほど、それで納得がいったわ。あんた異形型のスキル持ちだったのね」


 完全な姿を現した真白に生えているのは六本の腕と二本の足。その異様な姿を見て環は、敵のスキルの型を確信する。


 元来、スキルには三種類の型が存在する。


 環のようにスキルを使うのに独自の臓器や器官から能力をしようする異能型。体の一部分が発達し、その部分を媒介にして能力を使う発達型。動物の特徴や性質を体の一部分または全体に持ち、その動物の能力などを扱う事ができる異形型である。


 真白を見れば分かるが、異形型のスキルの特徴は、人間の見た目にスキルのモチーフとなった動物の特徴が現われることである。そのためこの型のスキル持ちの能力はその容姿を見れば大抵理解することができる。


 そして環も真白の見た目で特徴的な六本の腕、今までの真白が糸を駆使したトラップ攻撃から、環は一つの推察に行き当たった。


「おそらく、あんたのスキルは《蜘蛛》ってところで、今まではその能力を使ってトラップを仕掛けていたって訳ね。まったく雑魚らしい姑息な戦い方ね」

「はははっ、いやいやお恥ずかしい戦い方ですいません。ですが、その雑魚の攻撃が二度も当たるなんて、私も練習した甲斐がありました」


 真白が満足そうに首を縦に振ると、環はプルプルと震えながら目を更に鋭くして睨む。


「いい度胸ねあんたっ……今すぐにでもその薄っぺらい紳士面引っぺがしてやるわ」

「いや~~怖い怖い。ですが、スキルの正体も見破られてしまっては私に勝てる手はありませんので、ここはお互いに怪我をしない為にも話し合いで――」

「無理」


 言葉と共に開幕速攻を決める為、先ほどから話しながら電力を溜めていた環は足のパワードスーツの力を解放。そのまま一メートルも満たない距離まで直進して大剣による刺突を繰り出す。だがその攻撃の最中、四方八方から出てきた真白の糸が環を拘束していく。


「くっ……! こんな所にも糸が……!?」


 スキル持ちと分かれば逆にこちらがやられる可能性が出てくる。そのため、環は大剣にも電気を纏わせて威力を上げ、抜かりなく攻撃した。

 だが、その攻撃は一メートルも満たない距離で体に粘つくような糸が環の動きを妨げていた。


「私は臆病者でしてね。自分の身の回りは粘着性の高い糸に、既に張っていた他の糸を張っています。これであなたからは私に攻撃できない。そして、その間に私はあなたから距離を取らせていただきます」

 

 環が迫った分、更に糸を仕掛けながら後方へ逃げる真白。だがその状況に焦るでも無く、環は余裕の笑みを浮かべる。


「確かに直接攻撃するのは骨が折れるわね……だったらこれはどうかしらっ!!」


 そういうと環は、自分を縛っていた糸の数本を束ねて持つと、それに直接電流を流し込む。すると、電流はみるみると糸を出している真白の方へと向かっていった。


「なっ……!! まさか、こんな手がっ!?」


 流れていく電流を見て、真白はすぐに糸の放出を切って逃げ出そうとするが、一気に大量の糸を仕掛けていた真白の手では、電流が向かっている糸がどれか見分けが付かない。


「さぁ、観念しなさい! これで私の勝ちよ!」

「やっ!? やめてくれえええぇぇぇっ!!」


 無理だと観念した真白は、目を硬く瞑り、次に来る痛みに供えて上を向き――


「――と、言うのは嘘です」

「えっ?」


 ――再び顔を環に向けた真白の表情は、恐怖でも悲しみでもなく、愉悦に浸るような恍惚としたように蕩けた顔をしていた。

 その不気味な顔を見たと同時に環の体はパチンコ玉のように弾かれた。


「かっ……はっ……!?」

 

 環が元いた場所から更に後方へ飛ばされ、何度も地面を何度もバウンドする。だが、今だに状況が飲み込めず、環はただただ腹部に感じる鈍痛で体を丸める。


「うぅん? まだ意識があるとは驚きですね、これで意識を断つ手筈だったのですが」

「……い、一体、何が……どうなって……」

「おやおや、まだ自分が何をされたのか理解していないのですか? なんと哀れな」


 真白の侮蔑にすら聞く耳を持てぬほどに憔悴した環は、地面から顔を離すことすらできず、ただただ痛みに耐えていた。


「まあ無理もありません。警戒していない場所から攻撃されるなんて思いもしませんから、あなたはまた私の罠に掛かってのですよ」


 嘘だと、目だけで訴える環に真白は仕方なくといったように肩を竦めて、一つの糸を引っ張る。

 すると、環の目の前に一つの塊が落ちてくる。それは今環が横たわっているコンクリートの床と同じ物だった。


「事前に仕掛けていた罠の中には剥ぎ取っていたコンクリートの束もあったのです。それを先ほど私の周りに糸を仕掛けたと同時に糸を張りつめて罠として起動。あなたがその糸をなんらかの方法で切ると、レンガがそのまま指定した飛び方をするということです。あっ、そういった罠を張っている糸は他の糸に比べて薄く細くしているのですぐに焼き切れるのです。ですから、最初から私の方に電気が辿り着くまでに罠は起動していました」


 淡々と種明かしをしていく真白だが、それとは逆に環の顔色はどんどん悪くなっていく。


 周到な策、予め剥ぎ取ったコンクリート、罠に使った角材や鉄骨。

 それらの事から環は一つの答えを口に出す。


「まさか……全て、私を倒すために、準備して…………いたの……?」

「そうですよ。あなたのスキルは微調整が効かないことから、単身で乗り込む性格まで全て調査済みですよ。ですが……まさかここまで上手くいくとは思いもしませんでしたね。情報を提供してくれたあの方には感謝しかありませんよ」


 対した苦労も無いといったように真白は六本の腕を腰に当てて肯定する。そうしている間に環もどんどん自分が置かれている状況を理解していく。 

 

 よくよく考えてみれば、角材や鉄骨などすぐに用意できる物でもなく街中で手に入るものでもない。


 更にコンクリートなども専用の道具が無ければ短時間で抜き出すこともできない。

 そして謎の協力者から得た情報を用いた作戦。それら全てがこの強盗のため、いや、ここで環のみを討ち取るための大きな罠だった。

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