第26話 灯理の言葉

 抵抗もできず怪人の唸り声を聞き、カルマは後ろで足を引き釣り体中に火傷を負った灯理に声を掛ける。


「ここからがお前の本当の戦いだ。やれるか?」

「…………はい」


 満身創痍の体で灯理はカルマの下へと歩きだす。だが既に通常の何倍にも強化された必殺技を放ち、意識を保つので精一杯だった灯理は床に張り巡らされたパイプの人束に足を取られた。


「おっと、危ないっ」

「っ……タマちゃん……?」


 カルマの《支配》により、怪人はメインコンピューターにアクセスする事ができず、迎撃システムが停止したのを見た環が倒れそうになる灯理を支えた。


「後もう少しだよ……だから……」


 環の耳にまだ残るの銃声と爆音、それらの音が無くなったのにも気付かない程灯理は疲弊しているのを環も分かっていた。


 ――本当なら少しでも休ませてあげたい


 お疲れ様と労ってあげたい。

 でもまだ、全員揃ってない。

 まだ、勝ってない。


 環は喉元まで出かかったその言葉を飲み込んだ。


 そして、そんな環の心情を知ってか、灯理はわずかに光を宿す目を向けて環に微笑んだ。


「うん…………ありがと……タマちゃん……」


 ゆっくりと、ゆっくりと、その歩を進ませた二人は遂に怪人の下へ辿り着いた。


「ぅっっ!! っ、ぅぅっっ!! っっっっ!!」

「…………」


 唸り声だけをあげる変わり果てた妹の姿をした怪人。それをまじまじと見つめて灯理は支えてもらっていた環の手をそっと外し、怪人の中にいるであろう妹に静かに語りかける。


「雫……私ね、今までは私が雫を守ってると思ってた。孤児院でも、《勇者機関》でも、悪い人や乱暴する人から雫だけは守らなきゃって思ってた。でも……そうじゃないの」


「ぅぅっ!! ぅぅっっ!!」


 怒気が増していく怪人の唸り声に怯む事なく、灯理は覚悟を決めて自分が言うべき事を言う。


「私ね、ずっと――雫が嫌いだった」

「っ!? ぅっ!?」


 思いしなかった言葉に怪人が今までとは違った唸り方をするのと同時に、後ろで見守っていた環も目を見開いた。


「だって雫、もう私が必要ないってくらいに強かったから。だから雫のために一生懸命になっても、火事の現場や人命救助が関わる場所では私の出番は無くて、それでいて冷静に敵を鎮圧していく雫に、嫉妬して……嫌いなった」 

「……灯理ちゃん」

「…………」


 友人が秘めていた気持ちの告白に環は自分の事のように胸を痛め、どんどんと丸まっていく灯理の背中をカルマは無言で見つめた。


「だからだよ、私が雫をあの日、窃盗団のアジトで置き去りにしたのは気の迷いなんかじゃない、確かな私の意志だったんだ」


 そう言うと灯理は、自分の髪を束ねている空色のシュシュを取ると、目の前にいると信じる妹に見えるようにする。


「このシュシュ、雫が選んでくれたよね。異名を貰った記念に二人とも自分の髪色のシュに願いを込めてお互いにプレゼントしあったんだよね。どんなに離れていても一緒にいられるようにって……なのに私は、その想いを踏みにじったんだよね……ごめんね、雫」

「っ……」


 小さく声をあげる怪人の乱れた髪を灯理は手櫛で整えて、サイドテールにして留める。


「都合がいいって思うかもしれないけど、今度こそ私は約束するよ。雫がいつも私の傍にいてくれたように、今度は私が雫の傍にいてあげる。たとえ雫がどんな姿になっても、私が雫の傍にいなくても、ずっと私たちはいつも一緒だよ。だから――帰ろう、雫」


 灯理は怪人の背中に腕を回すとそのまま両手でしっかりと、鱗だらけの変わり果てた妹の体を抱きしめた。


 怪人になり変温動物と同じような冷たい皮膚には人肌は暑苦しい。だが怪人は苦し紛れの唸り声すらもあげる事はなく、ただ、縦に割れた瞳孔から一筋の涙を頬に落とした。


 その涙には紛れも無く、灯理にとってかけがえの無い妹――雫としての感情があった。


「今だ、小娘」

「分かってるわよ!」


 その涙を見たカルマと環はほぼ同時に動いた。


 環は電磁石のように自分に磁力を付与して天井に逆さに立つと、そのままスーツに電力を充填していく。


必殺技エクストラスキル、発動」

必殺技エクストラスキル!!」


 自身の体に淡い青色の電気を纏った環はその手に大剣を握り締め、目標であるメインコンピューターにその切っ先を向ける。


「準備オッケーよ。そっちは?」

「既にトカゲ野郎の意識は無い。お前の一撃に合わせて俺も《洗脳》を使う」

「分かったわ、なら、これで決まりよっ!!」


 環が声をあげて天井から跳ぶと、環が纏っていた淡い青色の電気は、みるみる濃い黄色へと変色していき、それは環の持つ大剣にも及んだ。


 カルマの《支配》により強化した環のスキル《雷電》によりその刃に雷を宿した大剣。


 それによる一文字切りはもはや人為的に引き起こされた落雷とさして変わらない。


「《雷撃剣》!!」


 落雷をその身に受けた機械がショートし回路を繋げた怪人に信号を送ろうとした瞬間、カルマの色の異なる二つの眼が瞬いた。


 カルマは怪人に送られた信号を左眼の《支配》で確認しすかさず信号を遮断、それと同時に右目の《洗脳》のスキルを使い、浮上しつつある雫の精神に侵入した。

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