第25話 必殺技激突っ!!

「分かっている。これから先はもっと弾幕が狭くなる。だからまずは……おい小娘!」


 飛び交う銃弾やミサイルの攻撃をまるで糸を通すように間を抜けている環にカルマは声をかける。


「何よっ! 今こっちは忙しいのよ! 手短にお願い!」

「磁道との戦いで俺がお前に言った事、覚えてるか?」

「え、え~~と……?」

「あの時、お前ができなかった事だ。今のお前ならそれができるはず、少しの間でいいからそれで時間を稼げ」

「ま、待ってて! もう少しで思い出せそうだからっ!」


 銃弾と爆撃に晒される中でなんとか思い出そうと必死に頭を捻る環の返事も聞かずカルマはムカデを発進させる。


「やはり馬鹿ですか? 私の魔術印は床だけではないのですよ!」


 怪人の手の平の魔術印が光ると、それに呼応して天井から巨大な拳状の水塊がカルマのムカデたちを襲う。

 

 それをなんとか避けるムカデだが、それに気を取られた瞬間、怪人が撃ち放った水弾に対応できず、ムカデはその威力に悲痛の声をあげて息絶える。


 それを見取ってカルマが最後のムカデの頭に乗るが、今度は機械の銃器たちによる波状攻撃が待ち構えていた。


「っ……!!」

「シシシシシッ!! 万策尽きましたねっ! これで終わりですよ!」


 襲いくる死の気配。それに耐えるため灯理が覚悟を決めて目を閉じる。だが、


「――やっぱりド三流だな、お前」

「はっ?」


 カルマたちに向かって放たれた銃弾とミサイルは、何かに引き寄せられるようにカルマたちから遥か左方にずれ、その先の地面を爆ぜた。


 予測もしなかった事態に、初めて焦りを見せた怪人、早急に事態の解明に移ろうとする。


「きゃああああっ!!」


 その時、凛と響きあがる悲鳴が怪人の耳に響いた。それはカルマたちよりも左の方向、先程魔術印で作った間欠泉の地雷で倒れた巨大ムカデの後ろからその声が聞こえてきた。


「そういえばこのムカデの鱗も金属だったの忘れてたぁぁぁぁぁ! 重いぃぃぃぃっっ!!」


 そこには体中を青白い電気を帯びた環に巨大なムカデがその巨体を押し付けていた。まるで”環に吸い付くように”。


「あれはっ……まさか、自分自身を強力な電磁石にして、攻撃を引き寄せたのですかっ!?」

「そういう事だが、気付くのが遅いっ!」


 本来訪れるであった攻撃のローテーション。

 それが崩れた一瞬の隙をカルマは見逃さなかった。


 勢いよく振るわれたムチを合図に、ムカデは無駄な動きをせず、一気にその距離を詰めて行く。

 

 その思い切った行動に一息遅れて怪人が両手の水弾でもって抵抗する。


 単調に抵抗するだけの攻撃がカルマにより調教されたムカデに効く訳がなくそれは軽々と避けられる。


 だが、その攻撃はただ闇雲に撃った訳ではない。地面に刻まれた《合成キメラ》の魔術印へと導くための陽動だった。


 後一歩、その節足で魔術印を踏み抜いた瞬間、ムカデはまた天高くひっくり返る。――はずだった。


「残念だったな。それはもう」 


 そう言うとカルマは一振りムチを振るい、ムカデの進行方向を急変更し、またもや真っ直ぐに進みだした。


「なっ……!? 見えているのか? 魔族でもない人間がっ!?」


 自分で言っておきながらコネクターは頭を振ってその答えを否定し、魔術の基礎を頭の中で反芻する。


 魔術とは、魔族の体の中にある特別な臓器『魔素袋』の中から魔術を生成し発動する。そして魔術印はその魔術の発動先を指定する物。


 魔族はその発動元の魔術印が破壊されないようにするために対策として、自分の魔力をその魔術印に練り込む事で、五感では魔力を発見できない人間に対し発見を難しくする。


だがカルマは言った、と。


 カルマの左眼は強化したスキル《支配》が宿っている。


 視界に映っている”全ての生物の動き”を支配下に置くスキル。


 それならば、たとえ離れた場所にある怪人の魔力すらも、カルマは知覚する事ができた。

 

 だが、もしそうならば最初の地雷もカルマは踏む事はなかったはずだ。それをわざわざ踏んだのは――


「――全て演技……私は……お前の手の平で踊らされていたというのかっ……!?」

「だから言ってるだろ? 気付くのが遅いんだよ、お前はっ!!」


 いつの間にかカルマたちはもう距離は十五メートルも無い程に怪人に迫っていた。


「お前の足元に視えるその魔術印が、全ての魔術印に魔力を送っている。その為お前は引く事も、直接肉弾戦闘に持ち込む事もできない。詰みだ、諦めろ」


「があああぁぁぁまだだ! まだ終わってたまるかああああぁぁぁっっ!!」


 そう叫んだ怪人は、両手の平と自身の口を開くと周囲に大気中に含まれる水分の全てをその三点に集中させる。


 その砲身を疾走するカルマのムカデに向けたのを見て、それに対抗するため、カルマは一度ムカデを停止しようとムチを振おうとし、


「このまま行ってくださいっ!! カルマさんっ!!」

「っ……!?」


 隣の灯理がムチを振るおうとしたカルマの腕を止めた。


 灯理はスキル《火炎》で放出した炎をロケットのように噴射し、怪人に肉薄する。


「もう……私の妹の体で、好き勝手なんかさせないっ! 必殺技エクストラスキル、発動っ!!」

必殺技エクストラスキル!!』


 灯理の声を合図にし、灯理の着ていたコスチュームはその素材を火そのものへと変化させていく。


 灯理はその炎を身に纏い、頭上に手の平を掲げる。その手の平から吹き出した高火力の炎が、一つの塊となって部屋を照らし出した。


 紅蓮の燐光をあげる炎は、部屋中をその熱気で焼きながらもその大きさを増していき、やがて直径にして十メートル程の炎の球体となった。


 その人工太陽の火に鱗を焼きながらも、怪人はその長い舌を剥き出して狂ったように笑う。


「シシッシシッ! シシシッシシシシシッ! 素晴らしい! 流石はこの素体の姉だ。本当は環さんだけを捕獲するはずでしたが、あなたも私の研究対象に決定ですっ! 光栄に思いなさい!!」


 完全にできた水塊を前に怪人も真っ向から灯理の炎に対立する。


陽光滅却撃クリムゾン・シャイン!!」

月下邪水砲エクリプス・ブラスト!!」


 炎の太陽と邪水の月。二つの力が正面からぶつかりあった。


 これだけの炎と水のぶつかり合いで水蒸気爆発が起きないのは、怪人のスキル《邪水》によって作られる水の主成分が魔力であるためだ。


その為火にかけられた水は水蒸気にならず魔力となって宙に帰るため、爆発は起きない。それを左眼で見通したカルマは、技を放つ二人を交互に見やる。


 技の使用コストである魔力をそこら中の魔術印から回収し、兜と繋げてあるメインコンピューターからの演算による完璧な射出を成した怪人コネクター。


《支配》のスキルで強化し、自分の異名のシンボルにして最強の技を放った灯理。 


 二人の力は最初こそ拮抗していたものの、その力の差は次第に灯理に現われた。


「ぐあああぁぁぁっ!!」


 強化により進化したスキルの反動、それに耐えれる程の強度が灯理のコスチュームには無かった。本来、灯理を守るはずのコスチュームは徐々に熱を帯び、その下を覆う皮膚を炙っていく。


 技を放ってから灯理が苦しみだしたのを見て、盾にしたムカデ越しに環がカルマに助けを求めた。


「あんたっ、どうするのよ!? このままじゃ灯理ちゃんが死んじゃう!」 

「そうはならないっ」


 目を潤わせて言う環に、カルマは淡々とだが強い口調で言い切る。


「灯理は俺が認めた数少ないヒーローだ。そんな奴がここでくたばる訳がない」


 カルマにしては根拠もないその言葉に、環は返す言葉が出なかった。


 ――こいつがこんなにも灯理を信じてるのに、自分は心配ばかり、それでも友達か!


 そう思った瞬間、環は目一杯、灯理の勝利を信じて声を張った。


「勝って!! 灯理ちゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「っ……!? ふぅっ…………!!」


 灯理の耳にはそれが何と言ったかは分からなかった。


 だがその時、灯理の胸の内で環の想いが自分の心に触れた気がした。


「はぁぁぁぁぁっ!!」

「な、急に、炎が膨れあがって……!?」


 突如として力を増した灯理の太陽、それを迎え撃っていた怪人の月が月食の如く焼かれていく。


 限られた人間が得る類稀なる力それがスキルだが、その力の根本は未だなお解明されていない。


 それこそ発見当時は魔族の生まれ変わりだ、人間の新たな進化だと様々な説が生まれ、現代でもその研究は進められている。


 その研究の一部で判明している事には、スキルにも火事場の馬鹿力、いわゆる危機的状況における生存本能の上昇があるとされ、その力は使用者の意志の力でもって強くなる。


 そして、それは自分の為ではなく、誰かのための振るわれた力程強力になる。それが自分の家族や自分を信じてくれる友の為ならばなおの事、灯理の炎がこの拮抗した状況を打ち破る道理に他ならない。


「燃え尽きろおおおぉぉぉぉぉぉっっ!!」


 灯理の咆哮に呼応するようにさらにその勢いを増した太陽が、完全に怪人が生み出した月を燃やし尽くし、残った熱波が怪人を襲った。


「ぎゃあああっ!! あっい!! 熱いいぃああああぁぁあああぁぁぁっっ!?」


 全てを焼き尽くす灼熱の熱波に晒された鎧にその下の鱗までも蒸し焼きにしていき、怪人は吹き飛びながら熱さにのたうち回るが、その攻撃はわずかに怪人の意識を奪うに至らなかった。


「シシッ……まだ……ですっ! この体がある限り、私に負けは……」


「――いや、お前の負けだ」


 一言、怪人の前に立ったカルマがその左眼を妖しく光らせた瞬間、怪人は無様に下から顔を上げた状態で体を硬直させる。


「っ……!? っっ……!!」

「残念だったな、これでお前は喋る事すらできやしない」


 灯理と怪人の一撃、そして迎撃システムを一挙に引き受けている環。誰もがカルマの存在を認識しながらカルマに隙を与えた事実。


 それを目に留めて怪人は初めて自分を間抜けと罵った。


 始めからカルマの勝利条件は何も変わっていなかった。


 それが分かっていながらカルマの挑発に乗り激情に駆られた。

 更には自分の魔族として人間に劣る訳がないという驕り。


 そして、研究者として灯理の進化を体験したかったという欲が勝敗に繋がった。

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