第30話 墜ちるとこまで墜ちてやる

 時は遡り、コネクターの地下施設、最深部にて。


 割れた薪のようになった機械、その基盤のパーツから妖光を放つ光の筋が一つの影の中に導かれるように光のラインを幾本も作っていた。


「なっ……!? 何なんですか……あなたは……!!」


 がちがちと合わない歯を鳴らして、コネクターは目の前でこちらを向く影に脅える。


「なぁに対したもんじゃないさ。どこにでも蔓延はびこっている、この世から消える事は無いであろう、ただの悪党だよ」


 そう言うと影はその背に生えた六つの翼を一度羽ばたかせてコネクターの頭下まで跳躍する。


 その手には、メインコンピューターの部品として組み込まれていた基盤の破片が握られていた。


「やはりお前は面白い奴だったよ。まさか機械の回路に魔術印を刻み込むとは中々の発想だ。やはりそこは科学者としてのアイディアだったが、俺には丸視えだったぞ」

「あ……ぁぁ……っ……」


 化け物が投げ捨てた基盤を見て、コネクターの口から無意味な言葉が漏れ出した。


 自爆は自爆でもコネクターには死ぬ気など初めから無かった。


 メインコンピューターの下にある回路には二通りの役目があった。


 一つは、自爆装置としての役割、そして二つ目はそれをトリガーに魔術合成を発動する事だった。


 施設の自爆と共に発動した魔術で自分と機械の中に流れる電気信号に自分の精神を融合させ、そのままデータとなって電脳空間に逃げ込む算段だった。


 仮にもし、回路の中の魔術印に気付かれ、自爆が止まったとしても、それがトリガーとなって自分はやはり電脳空間に逃げ込む事もできた。


 だからこそ、カルマがここに残り、施設の自爆を止めると言い出した時、コネクターは自分の生を実感した。そのはずだったのに、


「な、ぜ? なぜだ……!? なぜお前が”あの方々と同じ姿”になれる!?」

「残念だが、もうお前とする話はない」


 化け物はゆっくりと揺らめくその瞳に浮かぶ奇怪な紋章を輝かせると、それに呼応したようにコネクターの体が空中に浮かび上がった。


「っっっ!! …………っ!?」

「お前は確か最高の傑作になりたかったとか言ってたよな? なら最後くらいお前の命を使ってこの世にオブジェとして残してやるよ」


 悪辣に笑う化け物に対し、既に声をあげる事すら許されず、空中で大の字に磔にされるコネクター。そして化け物がその瞳を光らせた瞬間、様々な角度に折れ出した。


「っっっっっっ!!」


 叫ぶ事も、足掻く事も、泣く事も許されず、コネクターからは絶叫の代わりに骨や関節が粉々に砕け散る音だけが響いた。


 魔族たる所以か、腕や足腰、首などが何度曲げられようともコネクターは死ねなかった。


 それが分かっているように、目の前で爛々と瞳を輝かせて見る化け物もそれを楽しんでいた。そんな虐殺の最中、唯一コネクターに許されたのは、ただ心の底からの絶望だった。


「《輪廻の環》一の研究員と聞いていたのに、出てきた情報はくだらない薬品だけ。しかもそれが最高傑作だなんて笑わせる」


《輪廻の輪》随一の研究者としての称号や誇り。

 魔族としての人間への歪んだ優越感。


 それら全ての感情が絶望に帰すの見定めた化け物は、止めを刺すようにコネクターに手の平をかざすとそのまま握り締めた。


「初めから分かっていた。お前らが海空市に来るのも、下等なヒーロー共を使って研究をするのも。だからわざわざ戻って来たのに、手に入れたのはこんなどうでもいい結末だけ」


 べチャッと短い音が鳴ると、空中の一点、そこには一つの赤黒い立方体のキューブができ上がっていた。それは吸い付くように化け物の青黒い手に乗っかると、化け物に自分の鼓動を剥き出しになった脈で伝えた。


「やはり、駄作からは駄作しか生まれないらしい」


 その嘲りを聞く者が誰もいないのを承知で化け物はそう呟くと、そのまま手が汚れるのも気にせず、キューブを握り締めた。


 そして、化け物はいなくなった。だが、魔族もいなくなった。


 全ての惨劇が起こったその中心、そこにただ一人残ったカルマは、歪に吊りあがった笑顔のまま、自分の手の中にある肉の感触と、それが持っていた禍々しい色の液体が入った注射器を手の中で弄ぶ。


「まだまだ……ほんの一握りの希望だが、それでも確実に、お前に近づいたぞ――輪廻」


 歪んだ笑顔を天に向け小さく呟いたカルマ。その左眼から流れる真赤な涙が人間の物か化け物の物かはカルマですら分からなかった。


* * * * *


「――これが俺が見てきた全てだ」


 目の前で資料を確認する鋼地の前に立ち事件の全てと自分がやった行いをカルマは報告し終える。


「よくやった。これで《輪廻の環》の連中もしばらくは大きな動きをみせないはずだ」


 二人だけの暗い司令官室。世闇だけが照らすその部屋の空気は、とても乾いているように鋼地は感じた。


 悪人、それも魔族とはいえ、質素に告げられた殺人の報告に鋼地は言葉を選ぶ必要があると思い緊張にも似た感情を抱いていた。


「安心してくれおっさん。俺もむやみやたらに殺したりはしない」


 鋼地の思考を読み取ったようにカルマは答えた。


「あいつは怪人化薬を使って俺達に襲い掛かってきた。あのまま生かしておけば、今度はあいつの体を使って新たな実験が始まる。それを阻止したまでだ」

「だが、その処理なら私がした。何もお前がそんな罪を被る必要はなかったんだっ!」


 力がこもった鋼地の言葉。それは殺しをしたカルマを責めたてている訳ではない事にカルマは自然と頬が緩んだ。


「俺もおっさんと同じ立場なら同じ事を思ったよ」

「…………カルマ」


 それだけ言うとカルマは背を向けて司令官室から出ようとする。


「待て、カルマ」


 その足を止めるようにその背中に声をかけた。


「…………本当に、やるのか?」

「あぁ」


 案じるように聞いた鋼地に、短く、だが強くカルマは言い切った。


「あいつの犯した罪を償えるのは、あいつの最後を見届けた俺だけだ。だからこそ、俺はまだまだ墜ち続けるよ」


 そう言ってカルマが立ち去ろうとした時、足下に月明かりが差し込んでいるのに気付き、後ろを振り向く。


 雲一つ無い空に浮かぶ満月。その光りに負けず輝く街明かりにカルマは目を奪われた。


 かつて一人の勇者が戦い、守ったこの街並みをカルマは初めて司令官室を訪れた時と同じ感想を抱いた。


「まったく平和ボケした街だよ、この街は。だが、それでいい、それがあいつが――輪廻が望んだ平和だからな」


 カルマには珍しい柔和な微笑みに鋼地は説得を諦めた。

 その表情からカルマに迷いが無い事を理解してしまったから。


 かくして『ヒーロー失踪事件』はこれで解決した。


 青年は今は亡き勇者の為に手を汚し、その青年が望むものを手に入れる為、敵が尻尾を出すまで待ち続けた司令官を含め、この部屋には正義を語れる者はいない。


 それでも彼らは自分の行いに善悪を定める事はしないだろう。


 評価も批評も喝采も罵りさえも要らない。


 ただ一人の勇者が守った正義とこの街を、たとえ墜ちた存在になったとしても守りきる。その決意はとっくの昔についていた。


「だから、墜ちるとこまで墜ちてやる。この街の平和がいつまでも続くようにな」

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輪廻のカルマ――最底ヒーローと最凶ヴィランの凸凹タッグは街を守っていくようです―― 友出 乗行 @tomodenoriyuki

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