第10話 ゲテモノ? 魔獣料理と愛好者

《勇者機関》一階の食堂。

 全ての従業員は昼休みや夜食を取れる様になっており、ヒーローたちの多くもここで食事を取っている者が多い。


 ここがヒーローたちがミッションを受ける場所でとても訪れやすいという理由もあるが、危険と隣り合わせになることも多いヒーローには従業員とは違う特別メニューが用意されており、それがここに訪れる大きなの一つの理由になっている。


 しかも、これらのメニューは階級が上がれば上がるほどに頼めるバリエーションも増えていくようになっており、こうした理由でもヒーローの階級争いは絶えない訳だ。

 

 だが、そうした争いに関係なく従業員もどの階級のヒーローでも頼むことができる料理がある――。


「やっっっと! 見つけたわよ、この最低犯罪者!!」


 一人で食事をするカルマのテーブルに怒り肩を尖らせて環は向かった。


 カルマはちらりとその姿を見て、また食事を開始する。

 カルマがスプーンで皿に入ったドロドロで紫色にスープを掬う度に、かき乱されたスープから漂う腐敗臭にまた一人、また一人とカルマの席の近くから離れていく。


「よくもこんな広い場所から俺を見つけられたな」

「そんな気持ち悪い物食べてる奴がいたら誰でも気付くわよ!」


 環はカルマの目の前の皿に盛り付けられた紫色のスープを指さす。

 それをカルマがスプーンで掬う度に、鼻先を突くような悪臭が漂う泥のようなスープが蠢いた。


「気持ち悪い物じゃない。これは牛鬼のシチュー。魔獣料理の定番メニューだ」

 

 魔獣料理――《勇者機関》の一部の支部と魔獣の部位を専門に取り扱っているレストランのみで食事ができる貴重な料理だ。


 その食材の入手難度や食材の扱いの難しさからまず見かけることが難しいとまで言われている。


 そんな魔獣料理は食材に使われた魔獣を学ぶこともできることから食堂のメニューに追加したのだが、それは様々な理由であまり――というより、ほぼ注文されることがない。


 その理由はまさに一目瞭然。その醜悪な見た目や味や臭いの所為である。

 

 そんなものを人が群がる食堂で大皿いっぱいに食べている奴がいたならば、逆に気が付かない訳がない。


「料理名なんか知らないわよ! 私も《勇者機関》に来て日は浅いけど、ここでそんなゲテモノ料理を食べてる奴なんて初めて見たわよ」 

「ほう、魔獣料理の別名を知っているとは、お前もなかなかの通だな」

「知ってる訳ないでしょうがっ! 見た目で判断したのよ。ていうか、ゲテモノを食べてる自覚あるじゃないっ!」

 

 ふんっ、と鼻を鳴らしてカルマはまたシチューをスープで掬うと、そこには料理に使われたと思われる謎の肉がスプーンに浮かんでいた。

 

 調理されたはずの肉にはくっきりと赤い筋が浮かんでおり煮込んだとは思えないほどの生焼けの肉は、その肉の生々しさから周りの人間の食欲を奪っていく。

 

 元が普通の動物であったとは思えないほどにその特性が変わってしまった食材は常人が想像できないほどのクセを持っており、それらは味覚というよりも痛みに近いといわれている。

 

 だが、極稀にそのクセや刺激に魅了され好んで魔獣料理を食べる人々もいるため、食べる人がいるならと好奇心で魔獣料理を食した結果、後悔する人が後を絶たない。


 環も話しには聞いていたが、それがまさか目の前に現われるとは夢にも思っていなかった。


「で、何で俺を探してたんだ。俺に何か用か?」


 食事を邪魔され不機嫌になったカルマがぶっきらぼうに言うと、環ははっとして目的を思い出す。


「そ、そうだった! あまりにも突っ込みどころが多すぎて一瞬忘れてたわ……」

「しっかりしてくれ。そういうところが周りに迷惑をかけているということを自覚しろ」

「現在進行形で周りに迷惑を掛けているあんたに言われたくないわよっ!! 何であんたの席の周りだけ誰もいないと思ってるのよ!?」


 環に言われて初めて周りの違和感に気付いたカルマは顎に手をあてがって少し思案した後、小さく口を開いた。


「…………全員、立って食べる方が好き…………とか?」

「なわけ無いでしょうがっ! あんたのそれが臭いから近くに居たくないのよ!」

「おいおい、どうでも良いがまた話しが脱線してるぞ。少しは集中したらどうだ?」


 何か言い返そうと口を開きかけると、環はぎゅっと唇を噛み締めて我慢する。

 そして、一度大きく深呼吸をしてから努めて冷静に自分の頭の中で話す内容を決める。


「まず最初にだけど、これを見なさい」


 そう言うと環は自分の懐から小さな手帳のような機械をカルマに向け、そこに表示されている画面を見せる。


「ここに先日の銀行強盗逮捕の活躍が、私の勇者手帳に記録されてないのはどういう訳よ」


 環が持っている勇者手帳は《勇者機関》に登録されたヒーローの証明書だ。


 証明書以外にも通話やメールといった様々な機能が付いており、その中の一つには自分が行った任務の達成度や受け取った報酬などが分かる様になっている。


 それを確認したカルマは、大したこともなさそうに言った。


「それは俺があいつらと約束したことが果たされたからだろうな」

「あいつらって、あの時、先にいたブロンズランクの奴らのこと?」

「今ではお前と同じシルバーらしいがな」

「はっ? どういうことよ?」

 

 段々と機嫌が悪くなっていく環に臆すことなく、カルマは言葉を続ける。


「あの事件であいつらに少し協力してもらってな、俺の代わりに人質を救出して、その人質の代わりにムカデを放って貰ったんだが、その見返りとして今回の事件の手柄を全て譲ったんだ」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げながら環はありえないものを見るような目でカルマを見る。


「あんた、何考えてるのよっ!? ヒーローにとって手柄を立てることがどれほど重要かあんた分かってるの!?」

「生憎、俺はヒーローじゃなくて転生者なんでな。目的さえ遂げればどうでもいい」

「わ・た・し・はっ!! あんたと違ってヒーローなのよ! 手柄を立てて昇格することが最重要事項。それ以外は他の奴らがどうなろうが関係ないわよっ!」

 

 それを聞いたカルマはスプーンを動かす手を止めて、その隻眼を鋭く細めて環を見る。


「…………それ、本気で言ってるのか?」


 片目だけとは思えない程の鋭い眼光に環は後ずさりをしそうになるが、それをなんとか押さえて動揺を隠す。


「ふっ……ふんっ! そんな風に睨んだって無駄よ。ここでは功績を上げた奴が一番偉いのよ。そうしなきゃ仕事は貰えないし、何より誰からも認められない。私たちヒーローは特別なのよ。なら特別な私たちの功績が認められないなんて天地がひっくり返ってもおかしいのよ」 

 

 饒舌にヒーローの在り方を語る環の話を静かに聞き終えたカルマは、頬杖を付きながらつまらなそうに言った。


「信じられないな」

「ん? 何がよ」

「お前が本当にあの輪廻の妹だってことにだよ」


 そうカルマが言った瞬間、環は瞬時に腰から折り畳み式の大剣を展開し、その切っ先をカルマに突きつける。


「…………何の真似だ?」

「私と姉さんは違う。次にそんな風に姉さんと私を比べるような言い方をしたら……」


 環は剣に電流を流して脅すようにそれをカルマの頬に当たるギリギリまで近づける。


 だが、カルマはそれに動じずにただ環の表情を観察するように凝視していた。

 そして一通り見終えたのか、カルマは環の大剣を気にせずにまたスプーンを動かし始めた。


「――最高だな、お前」


 今の状況にまったく似つかわしくない賞賛に、環は疑問を浮かべた。だが、その言葉の意味に隠れた真意を悟れず居心地が悪くなった環は、大剣を元の大きさに戻し腰に収める。


「ついでだから聞くけど、あんた姉さんと知り合いだったの?」

 

 その質問に対し、ダルそうにため息を吐いたカルマは、環から目を背けて答える。


「そんなもんじゃない。俺があいつに捕まった時にあいつが俺の監視に付いていたってだけだ」

「本当にそれだけ?」

「それだけだ」


 話を終わらせるようにカルマはシチューをまた食べ始めて環から視線を逸らす。

 環もこれ以上聞いてもカルマが何も答えないと悟ったのか諦めて重たい息を吐く。その時だった。


「タマちゃ~~ん!! おっはようっ!!」

 

 飛びつくように現われた赤い影が環に抱き付き、それに環も面食らう。

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