第2話 新米ヒーロー・彩華環
この街、
対魔族・スキル
そこに所属する者の殆どが、人類総人口十億人の中の数十パーセントが先天的に持つ才能や技術、通称スキルを所持しており、彼らはそのスキルを用いて、普通の人間が行う犯罪から、スキルを使用したスキル犯罪の取り締まり、そして、世界のどこかに存在し、人間たちを襲う異形の存在、魔族の討伐など様々な活動で世界を守っている。
海空市には、各国に存在する《勇者機関》の本部である《勇者機関|海空本部》が設立されており、街の平和のシンボルとしての役割も果たしており、その大きさは海空市、ひいては東京スカイツリーを凌ぐ八一〇メートル。その高さの由来は、日本の古称である『
そして現在、その《勇者機関海空本部》最上階の司令室にて、二人の男女が険悪な雰囲気で顔を突き合わせていた。
一方は、特撮ドラマに出てくるような黄色の機械的なコスチュームに、金髪を二つに結った凛とした顔立ちの少女、彩華環。
その向かい側で指を組んで肘を机に立てて座る男は、環の実の父親にして《勇者機関》の創設者であり海空本部の司令官、彩華鋼地である。
「だから、さっきから言ってるじゃないですか。私はパトロール中にたまたま居合わせたひったくり犯を捕まえただけです。多少の犠牲は仕方がないじゃないですか」
「……道路を破壊し、さらにその周りの店を破壊し、更にひったくり犯が盗んだ財布やカバンの数々を破壊しておいて多少だと……」
岩のように厳つい顔にしわを寄せながら怒りを静かに露にする鋼地だが,そんな事もどこ吹く風といったように、環は少しも悪びれもせず主張する。
「そんなに言うならもっと私にふさわしい任務を依頼すればいいのよ。魔族退治とか、犯罪組織の壊滅とか」
「そんな犯罪がポンポンとあってたまるかっ!」
鋼地の怒鳴り声に環は反応を示さず、鋼地の後ろにある窓からずっと遠くの空を見つめていた。反省の色すら見えないその様子に我慢の限界と言ったように鋼地はため息を吐く。
「仕方がない……ならば指令官命令で、お前を一週間の自宅謹慎に処す。精々自分のやったことを反省して悔い改めるんだな」
その言葉を聞いて、環は今日始めて、父親の顔を真面目に見た。
「ハアァァァッッ!? そんなのあんまりよ! それじゃあ失踪事件の捜査も……!?」
「もちろん参加させない。家で趣味の特撮ヒーロー番組でも観てるんだな」
「そ……そんなぁぁぁ…………私、今回のこのミッションを楽しみにしてたのよっ!」
「人の命が懸かったミッションを楽しみにするなっ!」
環は今にも泣き出しそうに目を潤わし、肩を落として落胆した。
その様子をまじまじと見ながら、鋼地は事の重大さを理解させようと説明する。
だがそれでもなお事件解決の目処は立たなかった。そこで鋼地は事件の早期解決のための手段として、次の捜査からはゴールドランクのヒーローだけでなく、その一つ下の階級であるシルバーランクのヒーローも捜査に加わる事を決定した――、と話しを一度区切ると、鋼地は目の前の環を見て頭を抱える。
「…………本来なら、こんな危険なミッションにお前らのような未熟なヒーローは参加させたくない。もしこれでお前らの身に何かあったらと思うと、私は想像もできないくらいの痛みに苛まれるだろう。なのにお前と来たら…………」
鋼地はそのまま言葉を続けると、「お前はそもそもヒーローとしての覚悟がない」だの、「人々を守り続けるこの仕事に誇りは無いのか?」とか、長い説教が始まっていた。
「――だいたい何なんだ? 任務を楽しみにするとは。そんな事、お前の姉さんは思いもしなかったぞ」
「…………お姉ちゃんは関係ないでしょ…………」
姉の話を持ち出され若干不機嫌になる環。だが、今はそれどころではないと踏ん切りを付け、猫撫で声で鋼地に頼み込む。
「お父さ~~ん、お願いっ。可愛い娘の為なんだよ~~? ねぇ良いでしょ? 私反省したからっ」
鋼地が「お父さん」というワードに一瞬、眉毛をピクッとさせたのに気付いた環は、その調子で鋼地を誘惑していく。
その様子はおもちゃを買って貰うために必死に可愛く振舞う娘のようだ。
姉がいなくなった日から、鋼地が環に対しての扱いが甘い事は周知の事実として《勇者機関》の中でも知られている。
その為環は、私生活でもこのようにして可愛い娘を演じて、父の弱みへと踏み込むのだ。
「ねぇお父さ~~ん。お父さんお父さんお父さ~~んっ! 私もお父さんの役に立ちたいの~~。ねぇ良いでしょ~~」
「だっ……だが…………いや……しかし……だな……」
ピクピクッと更に眉を動かしながらも、なんとか理性を持ってして娘の誘惑に耐えようとする鋼地。
環はそこにトドメと言わんばかりに鋼地の横に移動しつつ、膝を付いて上目遣いで甘い声を出した。
「今回だけ、今回だけだから……良いでしょ? …………お願い、パパ」
「ふっ!! ……………………ふぐううぅぅぅぅぅ………………うぅ…………」
最後の最後まで最愛の娘の誘惑を断ち切れなかった鋼地は、遂には机に頭を擦り付けて悶絶するように声をあげる。
「わ…………分かった……環……。お前も別行動でこのミッションに参加させることにする……」
「わ~~いっ! ありがとうパパっ」
そう言って環は顔を鋼地から反らして「こいつ、チョロイな」と言わんばかりの邪悪な笑みを浮かべ、すぐさま鋼地に無邪気な笑顔で答える。
鋼地は自分の性分が嫌になりながらも、何とか顔を上げると、真面目なトーンで話し出す。
「いきなりだがな環、お前は転生制度についてどこまで知っている?」
「え? えっと、確か、犯罪者が条件付きでヒーローの相棒として活動できる制度……だっけ?」
藪から棒な質問に何とか答える環だが、その意図が汲み取れず、思わず困惑する。
鋼地はそれに首肯すると、そのまま話しを始める。
「転生制度とは、ヒーローに捕まった犯罪者の中でも、本来なら終身刑・死刑に該当する罪を持った者にのみ《勇者機関》の各支部の司令官が施行できる救済措置だ。その犯罪者に更生の意思があり、社会復帰を望むのであれば、司令官に指定されたミッションをゴールドランクのヒーローと共に行動にすることで、ヒーローとは違う特別な階級、
「でも、何でそんな話しをするのよ。転生制度のミッションってそのほとんどが無理難題で、公開処刑と同じ扱いでしょ? その所為で未だに転生者の前例がないって…………」
「いや、一人いる」
環の言葉を区切って鋼地が言った。
「えっ? いるって……まさか、転生者が?」
「あぁ。私が依頼したミッションをこなして、先ほどちょうどここに到着したそうだ」
鋼地が低い声でそう宣言すると、環は鋼地の言いたい事を理解して飛び上がるように立ち上がる。
「つまり何? 私が観察役として、その元犯罪者と合同ミッションをしろってことっ!? 嫌よっ! 何で私がそんな奴と一緒にいなきゃいけないのよっ! 大体、私はシルバーランクだし!」
矢継ぎ早に不満を口にする環に対し、鋼地は表情一つ変えずに組んだ指越しに環を見据える。
「言葉には気をつけろ。彼はもう犯罪者では無く、私に協力してくれる仲間だ。それが嫌ならこの話は無かった事にするし、合同ミッションも受けさせん」
「くぅっ……」
任務を受ける方法が他に無いと分かっていながらそれでも環は悩んでしまう。
どんなに体裁を取り繕っても、犯罪者は犯罪者。そんな奴の相方として組む事になれば、ただでさえ《勇者機関》の中でも毛嫌いされているのに、これ以上問題の種を自らばら撒くのは勘弁したい。
だが、環はそこまで考えると、ある一つの考えが浮かんだ。
――ここでこの任務に参加できなければ、一年に一回のゴールドランクの昇格審査も通らない。
そこで環は逆転の発想を閃いた。
ここは逆にこの犯罪者と一緒に行動していたとしても、自分が社会的にもヒーローにも貢献している事を証明する方が得策じゃないかと。
そう思い立った環は、溢れ出しそうになる邪悪な笑顔を表情筋で無理やり押さえつけ、不自然に引きつった笑顔を鋼地に向ける。
「わ、分かったわ……そ、それならば、私はその
協力など微塵も頭にない虚言を口にして、環は鋼地の様子を窺う。
環の下手な笑顔を見てその腹黒い考えを察して鋼地は深いため息を吐く。
そうして気を取り直した鋼地は、自分の机の上にある据え置きの電話で一階のフロントに連絡を取り出す。
「……あぁ私だ。仕事中すまないね。例の彼にここまで来るように言ってくれ」
通話を切ると、鋼地は椅子の背もたれに体を預けてもう一度大きく息を吐いた。
「すぐにここに来るそうだ。とりあえずはこの合同ミッションを引き受けている間、他のミッションも彼と並行して行ってもらう事になる。二人でこの海空の街を守ってくれ」
「はぁい。謹んでお受けしま~す」
環は髪を指でいじくりながら鋼地の言葉を適当に聞き流す。
「ところで、その
「なんだ、元犯罪者と聞いて怖くなったか?」
鋼地がおちょくると、
「はぁっ! ふざけんじゃないわよ! ただ私はこれから組む事になる相方について事前に知っておきたかっただけよっ!」
環が声を荒げて反論する。その姿に鋼地が微苦笑を浮かべて「まぁいいだろう」と答えた。
「お前の相方の罪状は、国家反逆罪。正真正銘の元大犯罪者だ。心しておけ」
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