輪廻のカルマ――最底ヒーローと最凶ヴィランの凸凹タッグは街を守っていくようです――

友出 乗行

第1話ヒーロー嫌いなヒーロー

その日、彼女は最悪の誕生日を迎えた。ヒーローが嫌いになったのだ。


本来ならば、その日は、彼女が彼女自身の為に飾りつけをし、姉が買ってきたケーキでお祝いをする、そんな幸せな日になるはず、だった。 


「嫌だ嫌だっ! 行っちゃ嫌だっ!」


 だが彼女の声色は、滅多に帰ってこない姉と過ごせる事、自分が誕生日を迎えた事への喜びはなく、ただただ、悲しみを否定するかのような泣き声だった。


「今日は一緒に居てくれるって言ったじゃんっ! 何でっ、ねえ何でなの?」

「…………ごめんね。でも、私が行かないと困る人たちがいるの」


 顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくる妹に目線を合わせて、困り顔を浮かべてそういう姉。

 姉が自分の顔を拭こうと手にしたハンカチを払い落とし、滂沱の涙を流しながら妹は怒りを露にした。


「いっつもそうだ…………。お姉ちゃんは私なんかよりも、そこらの知らない人たちの方が大事なんだ」

「そんなことないよ。私はあなたの事も街の人たちの事も大切に思ってるよ。だからそんな言い方――」

「だから嫌なんだよっ!」


 姉の言葉を遮って響く怒声に、冷静に宥めていた姉の言葉が止まる。


「何で私が、会った事も話した事もない人たちと同じように思われてるの? 私はお姉ちゃんの妹なんだよ? たった一人の妹なんだよ……。やっぱり、お姉ちゃんは私の事なんか、妹と思ってないんだ!」

「…………!? そんなことあるわけないよっ、私は誰よりもあなたの事を…………」

「うるさいっ!」


 妹は姉から逃げるように部屋を走りぬけて自室に戻ると、そのままの勢いで布団の中に潜り込んで泣き始めた。


 布団を被りくぐもって聞こえた妹の泣き声に、姉は一度妹の部屋に入ろうとした。だがその時、胸元にある通信機が鳴り、姉は妹と機械を交互に見つめ返す。


 自分が泣いていてもすぐに部屋に来ず、それどころか自分と仕事を天秤に掛けた姉に、妹の怒りは更に強まっていった。


「……もういいよ。早くどこにでも行けばいい」

「……………………っ」

「行ってよっ! もうどこにでも行っちゃえっ! もうお姉ちゃんなんかと居たくない!」

「…………っ!? 分かったよ…………」


何度も何度も自分を拒絶する妹の言葉を背にして、胸を抑えたまま姉は家のドアノブに手を掛ける。


「…………ごめんね、タマちゃん。本当に、ごめんねっ…………」


 妹に聞こえたかもさだかでは無かったが、もう時間がない姉はそれを確認することもできず、急いで家を出た。


 家の重たいドアが閉じる音と、自分以外の音がしなくなったことで、妹は家に一人残されたことを知った。いつも通り、また、自分は独りになったのだと。


「…………大っ嫌いだ。お姉ちゃんのなんか…………ヒーローなんか…………。大っ嫌いだっ…………」


 しばらくの間うわ言のように同じ事を呟き続けた妹は、次第に泣きつかれて寝てしまった。


 そしてそれが、姉と最後に過ごした日になったことを起きて知った。   


 ――それから八年後。


 街は桜の匂いを感じる季節になっていた。


 街はいつもと変わらない、穏やかな日常が送られていた。

 人々が行き交い、活気付いた商店街。人が通り過ぎれば、それが知り合いだと分かった途端に談笑する主婦たち。居酒屋は夜の営業のために魚屋で急な品を仕入れ、肉屋は揚げたてのコロッケをつまみ食いした倅にゲンコツを落とす。


 人々が変わらぬ日常を送るその屋根の上、そこには非日常的な格好をした少女が、瓦を蹴って風の如く駆けていた――


「待てコラァァァァッ!!」


 特撮ドラマのヒロインのような、黄色の機械的なコスチュームを身に纏い、愛らしいツインテールの金髪を振り乱す少女。


 その整った凛々しい顔を歪ませながら、少女は商店街を走る一人の男に向けて少女らしからぬ怒号を轟かせる。


「……ハア……ハア……ったく、しつこいガキだなっ……!」


 少女の制止も聞かず悪態を吐きながら、ラグビーのように人並みを掻き分けて走り続ける男。その脇にはラグビーボールではなく、替わりに小さなカバンを抱きかかえていた。


 そして男はこのままでは埒があかないと思ったのか、商店街を抜けるとそこからさらに人が多い大通りに出てまたしても人ごみに入り込もうとする。


「待てって……言ってるでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


 それを見た少女は、そのまま下の大通りに向かう男目掛けて飛び降りる。

 少女は落下していく中、背負っていた折り畳み式の大剣を通常のサイズに展開。大剣の刀身には、目を覆いたくなる程の眩い電気が流れ出した。


「とりゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 少女はその大剣を迷いなく道路に突き刺すと、大剣に帯びていた電気が、コンクリートの道路や周りの店を巻き込んで、辺り一面に電流が流れた。


「ぎぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 それは見事に男に直撃すると、男の服や髪の毛を瞬時に黒こげにし、男は白目を剥いて倒れた。


 長い逃走劇を終えた少女は、大剣を元の大きさに戻して腰に仕舞うと、男が持っていた小さなカバンを戦利品のように掲げた。


「へへへっ! それ見たことか! 私が本気を出せば、ひったくりの一人や二人、屁でもないわ!」


 少女が自慢げにそう言うと、遠巻きにそれを見ていた人々が、ひったくりを捕まえた少女へと矢継ぎ早に声を上げた。


「ふざけるなっ!! 街中でスキルを使う馬鹿が何処にいるっ!?」

「俺の店の花が全部灰になったぞ! どうしてくれるんだっ!?」

「道がこんなんじゃ会社にも行けないじゃないか!」

「俺なんか納車したての車だったのに……こんなことって……」

「ヒーローの仕事ってのは道路を割る事なのか!? 毎度毎度何か破壊しやがって、こんなんならのろまな警察に任せておいた方がまだマシだ!」

「責任者を出せっ! 責任者をっ!」


 周りの住民の想像もしない非難の声に、少女はひったくりから取り返したカバンを見せ付ける。


「な、何よっ!? ちゃんとカバンは取り返したでしょ! 文句を言うなら自分たちで解決すればいいのよっ」


 証拠のように取り返したカバンを掲げた少女。だが少女の電気で黒こげになったカバンを見せ付けられた住民たちの声はさらに怒気を増し、もはや少女一人の力では収拾が付かなくなっていた。


 不機嫌そうにその整った顔にしわを寄せて少女は不満を露にすると、少女は人々から目を背け、一気に屋根の上まで飛び上がる。

 そしてヒーローの少女――彩華環は、二つに結った髪を尻尾のように振り乱して、脱兎の如くその場を去った。

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