第8話 開戦・悪党VS悪党

 その言葉が開戦の狼煙となった。


 まず最初に仕掛けたのは、カルマの前に立つ黒ずくめの強盗だった。

 

 男は最短距離で真白に走り、真白は躊躇する事なく、仲間である男を拘束する為に両手の平から糸を網状にして噴出する。

 だがその攻撃は、男の背中から突如として現われた小さなムカデ二匹によって攻撃が阻まれる。


「なっ!? こいつらどこから湧いてきた!?」


 大きさこそ普通サイズのヨロイムカデだが、その鋭利な歯に光る殺意は本物だ。

 その牙の脅威にされされても真白は冷静に状況を確認し、まずは男と共に地面を走る二匹のムカデを糸先程よりも細い糸で絡めとるように拘束する。


 首部分までなら噛み千切ることができるムカデだが、噛みづらい細い糸は歯に引っかかれずそのまま繭のように丸まってしまう。

 

 何も阻まれず迫ってきた男の勢いに身を任せた飛び蹴りが真白を襲うが、真白は焦ることも無く、ノーモーションで手が空いている二本の腕でガードし、糸の噴出を止めたもう二本の腕で男を羽交い絞めにする。


「いい加減目を覚せっ! 一体どうしたんだ!?」


 真白は真摯に正気ではない男に呼びかけるが、男からは呻き声の一つも上がらない。


「そんな悠長にしてる場合か?」


 カルマがそう言うと、歯ではなく複数の足を引っ掛けて繭から抜け出したムカデ二匹が、同時に真白の背中に襲いかかる。

 それに咄嗟に気付いた真白は、皮一枚でなんとかそれらを避けるがその隙に男は真白の拘束を解き二匹のムカデと共に距離を取る。


「あなた、彼らに一体何をしたんですかっ! 完全に我を見失っている!」


 真白は、攻撃の機会を窺う男一人と未だに拘束を無理やり解こうと身体を軋ませながら抗う二人の男を順に見て問う。


「他の奴の心配をする余裕があるとはなかなかやるな」

「はぐらかさないでくださいっ! それがあなたのスキルなんですか!?」

「くっくっくっくっ…………ははははははっ!」


 何がおかしかったのか、突然笑い出したカルマに真白は当惑する。


「なっ……何がおかしいんですかっ!?」

「いや、おかしいだろう? どこの世界に敵に自分の能力をバラす馬鹿がいるんだ?」

「くっ……! ならば、すぐにネタばらしさせてあげますよ!!」


 真白は数本の糸を同時に引くと、カルマの頭の上から何本もの鉄骨が降ってくる。


「私の罠は自ら起動させることもできるんですよ。生身が弱い魔獣使いがこれを避けれますか?」


 魔獣そのものに戦いを行わせる魔獣使いは、直接の戦闘に弱い、それが魔獣使い達の共通の弱点だ。

 

 現在、カルマが使役していると思われるムカデは三匹。

 一匹は未だに回復していない環の中心にとぐろを巻いている大型のムカデ一匹。

 残り二匹は真白から距離を取る際、カルマのいる場所から離れてしまい防御には行けない。

 

 更にこの狭い一本道の路地裏でカルマを助けに行くには、真白の妨害が待っている。

 

 そして、真白の予想通り鉄骨はカルマの周辺の地面、建物の外壁を傷つけながら、激しい音を立てながら落ちて行く。


「そ…………そんな……!!」


 土煙が捌けていきひび割れた地面や壁が壊れ建物の中が見える外壁を目の当たりにし環は口に手を当てる。


「ふんっ……これで邪魔者はいなくなりましたね。流石に街中で暴れすぎましたし、警察や 他のヒーローに感づかれる前にこの場を去りましょう。その後は…………」


「――その後はどうするんだ? 俺にも教えてくれよ」


 真白は信じられないといった様子で土煙の中を見る。

 そこには先程までカルマの代わりに巨大な花の蕾のような物が鉄骨の衝撃を物ともせずにそこにあった。

 そして蕾が開くと、その中心には無傷のカルマが不服ような顔で真白を睨んでいた。


「なんだこの甘ったるい方法は? こんなことで本当に俺を殺せると思っているのか?」

「そんなっ……!! あなたの魔獣なら確かにこちらに……!?」

「その考え自体が甘いって言ってんだよっ、どうやら俺は、お前を過剰評価していた様だ」


 真白のやり方に対し怒りを通り越して哀れに思ったカルマは、悪態を吐きながら胸ポケットから卵状の機械を取り出す。すると、一瞬で蕾は体積を圧縮され機械の中に吸い込まれていく。


「いつから俺のペットが三匹だと思っていた? そして、俺が新たにペットを出したときに何故、他の場所にペットを保管、あるいはまだ他にいると考えることができない? だからお前はここまで追い詰められるんだよ」

「ふっ……ふざけるなっ! あなたの行動は全て見ていたが、他の場所から今の魔獣が出てきた様子はありませんでしたっ」


 心底呆れたようにカルマは額に手を当てて失望を露にする。


「だから少しは想像しろ。その為のこれなんだからな」


 カルマは卵状の機械を手で弄びながら真白に見せる。


「携帯式卵型魔武器エッグズ。遥か遠方の地に存在する魔獣の卵を用いて作られたこの魔武器は生物や物を圧縮保管し、使用者の体液を含ませることで起動させることが出来る。悪党ならこんなものがあることぐらい想定しておけ」

「っっ…………………………………………!!」


 淡々と述べたカルマの言葉の数々に真白は言葉を失った。

 そもそも魔武器とはそんな簡単に手に入る代物ではない。


 魔族や魔獣の体などを元に作る為そもそも素材自体も手に入りにくく、更にはその素材の加工には様々の分野に精通する研究員や腕の立つ職人の力が必要である。その困難な条件の為、一つの魔武器を作るので数十年かかるとまで言われる程だ。


 そしてそんな物をこんな所で、更にヒーローの仕事の中でもまだ末端の仕事をこなす奴がそんな高級品を使うとは夢にも思う訳がない。


「あなた……一体、何者なんですか…………?」

「そんなことを聞いてる場合か?」


 その理由を聞く前に真白は片方の腕三本ずつを先程壁に磔にしていた二人に捕まれ、その状態のまま腹部をもう一人の男に抱きつかれる。

 いくら真白が異形型のスキル持ちといえ、スキルを使う手を使えなくては何もできない。


「どうだ? 自分の味方に捕まる気分は」

「くっくっくっ……くくくくくくっ…………」


 カルマがゆっくりと歩を進めて真白に近づくが、真白は焦りもせずくつくつと笑い出す。


「この方々が仲間? 笑わせないでください…………。この方々は私の手足になるしかなかった哀れな被害者ですよ」


 紳士然とした声に薄っすらとした熱を込めながら真白はカルマを睨み、真白の言ったことの意味を理解できない環は真白を見た。


「ど……どういう意味よ……それ……?」

「私は彼らの家族、友人、知人、恋人などを誘拐して脅してたんですよ。『言うとおりにしなければ人質を殺す』と言ってね」


 真白の想像を絶する方法に、環は声を上げて怒りを露にした。


「あんた……銀行にいた人だけじゃなくて、自分の部下にも人質を取ってたって言うの!?」

「そうですよ。絶対的に使える部下を得るにはこれが一番良い方法ですからね」


 悪びれもせずむしろ当然と言った様子の真白に、環は異質な物を見る様に目を見開いた。


 ――これが悪党、そう実感した環の背筋に寒気が走り一つの疑問に至った。


「じゃあ、その人質の人達は何処にいるのよっ!?」

「それはもちろん、私がいつでも手を下せるように糸を張っていますよ」


 真白の口元を太陽の光が反射し、一筋の糸が口から何処かへ伸びているのが見えた。


「残念でしたね、私は口からも糸を出すことができたのですよ。この糸を切れば糸の先にいる人質の皆様の首がここに集結します」


 まるでプレゼント箱を開ける前の子供のように興奮した真白の犬歯が糸に迫る。


「やっ……!? 止めな――!!」

「もう遅いっ!!」


 プツンッ。


 路地裏に小さく糸が切れる音。それは人の首があっけなく飛ぶ姿を予想させるには充分だった。


「あっ…………あっ…………」


 現実を受け入れいれず、首を垂れ、手を床に付いて声を漏らす環の姿は自分には救えなかった人質の人々に許しを請う姿そのものだった。

 その姿をなんとか首だけ動かして満足そうに真白が見る。


「ギャハハハハハハハハハハハッッッ!! それですっ、その表情が見たかったんですよっ! これで私は満足です、さあもうすぐここに様々な首が私たちの元に届きますよ! 精々その土下座姿を首に向かってしていなさないっ!!」 


 最後の抵抗が成功したことでもはや丁寧に笑うことすら忘れた真白は、指を三つ立てて自らカウントを取る。


「すぐにここに来ますよっ! さぁぁぁぁぁんっ」


 指が一つ下がり真白の下世話な笑顔が更に深みを増す。


「にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 指がまた一つ下がり環は拒絶するように頭を振る。


「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃちっっ!!」


 そして、最後の指が下がり真白は握り締めた拳をまるで勝利したように掲げた。

 次の瞬間には、劣勢だった真白の逆転勝利を称えるように、糸に引っ張れらて路地裏に来る首達が、血飛沫をあげるのだと――


「ぐばばばばばばばばばばっばばっばあああああぁぁぁぁぁ!?」


 ――その時までは、本気で思っていた。


 自分の口の中に大量に群れなすムカデが入ってくるまでは。


 口の中に広がったムカデたちは真白の舌、唇、そして歯にまで噛み付き、餌を貪る様に蠢く。

 思っていた光景と違うものを見た環は、やはり何が起こったか分からず答えを求めるようにその様子を静観するカルマに向き直る。


「こっ……これって、あんたの仕業なわけ…………?」

「当然だ。お前らに耳は付いてないのか? 最初に言っただろう、と」


 確かにそう言っていたが、真白も環もそれがとは夢にも思っていなかった。


 そして環は確信した。

 この男が――カルマが、ただの悪党ではないことに。


 そう思っている内に、カルマはゆっくりと真白の目の前に立つ。

 完全に決着が付いた事を確認したカルマは、真白の口で群がっていたムカデ達を空のエッグズの中に吸い込んだ。

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