自分勝手な思い込みは周囲を巻き込む


 楽しい昼休みはもう終わり。


 ――俺と佐藤さんは教室の前に立つ。




 高橋さんとギャル子は、途中で別れて、各々の教室へと帰っていった。

 ……二人とも瞳の強さがいつもと違った。


『心配しないでね! ……私も……負けないよ』

『ほら、祐希! あんたは笑顔が似合うからそんな顔しちゃ駄目! うちらはうちらでどうにかするからさ!』


 そう言って俺たちの前から立ち去った二人。

 猫背だった高橋さんの背筋がピンと伸びていた。

 超絶ギャルだったギャル子……鈴木さんの佇まいは儚い可憐な美少女のそれであった。

 二人の去り際の笑顔が忘れられない。


 ――ああ、俺のボッチの先輩だもんな。信じるよ。







 俺は教室に入る一歩が踏め出せない。

 みんなを巻き込んでしまった罪悪感。


 俺は三人で帰りたい衝動に駆られたけど……それは逃げだ。

 頭では分かっているけど、三人を巻き込んだ自分の愚かさを実感する。


 ふと、手に温もりを感じる。


「田中、それは違う。……ボッチだけど、私達は……助け合う存在」


 佐藤さんが俺の手を強く握り締める。

 その強さは佐藤さんの心の強さを表しているのかも知れない。

 ていうか心読めんの!?


 ……はぁ、顔に出ていたかな? 俺は弱いな。


「本当にいいの? 佐藤さん、バレちゃうよ? せっかくボッチで自由に生きていたのに」


「……いい。高橋姉妹は物理的な居場所を作った。……私と鈴木は田中の心の居場所を作る」


 ――佐藤さんの目の真剣さが違う……佐藤さんは本気だ。なら、俺も本気で答えよう。


「分かった。行くよ」


 俺はこの時、心に誓った。

 ――俺がみんなを守る、と。


 俺たちは二人で教室の扉を開いた。






 ************






 祐希が教室へ帰ってきた……。

 私、山下茜やましたあかねは……祐希の横にいる女を睨みつけた。

 思わず舌打ちが出てしまう。


 ――なんで私よりも可愛い子と仲良くなってるのよ。






 祐希が出ていった後のクラスの雰囲気が最悪だった。

 カマ子は泣き出して、クラスメイトは、いじ……り、をしていた罪悪感が生まれて……。

 鮫島は無関心に山田と遊んでいて……。


 私は……嫉妬の渦に飲まれてしまった。








 女が祐希の手を引いて席に向かおうとする。


 ――どこの誰よ? あんな女クラスにいなかったでしょ?


 クラスメイトはその女の美しさに息を飲んでいた。

 絶対的な美。

 隠しきれないオーラ。女子だから分かるカースト外の最上位の特別な存在。


 ――弱った祐希を慰めるのは私の役割なのに!!


 出ていくタイミングが遅れた。

 もう少し早くカマ子を止めていれば……


 ギリギリと耳障りな音が聞こえてくる。……顎が痛い……歯ぎしりが止められない。


「茜〜、今日はカラオケどうする?」


 鮫島が足を机に乗せて、脳天気な声で聞いてきた。


 ――何でこの状況でそんな事聞いてくるの!? あんたバカなの?


 鮫島はのんきな顔をして状況を静観していた。






 クラスの視線を集める祐希。

 その視線の質は昼休み前と大違いだ。


 もちろん敵意の視線は完全に消えていない。花子を始め、カマ子や山田、下位カーストからの敵意は強い。他には好奇心と同情、そして、祐希の強さと母性本能をくすぐる涙のギャップに惹かれた雌の視線が入り交じる。無表情からのあの感情は反則よ……。


 イケメンで……心も素敵な祐希……、クラスメイトに、いじ……られて傷ついた心を私が癒やして元に戻すつもりだったのに!!! なんで隣に違う女がいるのよ!!!





 私は顔に出さずに憤っていると、隣にいたリア充の香織かおりが呟いた。


「……っぱ、カッコいいじゃん」


「え? カオリン? 何言ってるの? 祐希だよ? ダサくていじられてばっかりの祐希だよ?」


「あ、う、うん、ごめん……そ、そうだよね」


 香織はバツが悪そうな顔をして、他の女子と話し始めた。


 私には聞こえているよ? 祐希の事を話してるよね?

 駄目だよ。気弱な祐希は私と結婚の約束をしてるんだから。


 イジっていたのも……ダサい格好をさせていたのも……悪い虫が付かない様にだからね?

 本当に大好きだったよ? 祐希も分かっていたよね?


 ……でもね、


 ――本当は心のどこかで薄々わかっていたの。

 ……祐希のいじりが限度を超えていたって。




 だけど、いじられている祐希はクラスの人気者だった。

 祐希も苦笑いをして答えてくれた。


 それが一番みんな幸せになると思っていたのに……。

 私もいつしか……祐希をいじることに……面白さを感じてしまった。優越感を感じてしまった。

 好きの裏返し。優しい祐希は分かってくれていると思っていた。


 そんな私を許せる気弱な祐希が大好きであった。



 ……祐希が熱で休んでしまうまでは。







『二度と話しかけてくるな』


 私の胸に消えない言葉が突き刺さったまま。


 祐希の顔を見ると……私はその言葉を思い出してしまう。

 結婚すりゅ! と言ってくれた気弱な祐希はもういないの?


 それとも……あの雪の日?


 弱々しい笑顔が魅力的だった祐希は変わった。

 冷たい顔を私に向ける。無表情で机を投げた時の恐怖を忘れない。



 ねえ、あの祐希はどこに行っちゃったの?


 どうすれば昔の祐希が戻ってくるの?


 また壊せば――私が好きだった気弱な祐希に戻るの?




 同じ祐希の顔をして違う存在。私以外の女に向ける笑顔が……あまりにも……素敵過ぎて……。

 心の奥から湧いてくる……昔の祐希への愛情と……今の祐希への憎しみ。


 ――自分のせいだと頭で分かっていても本能が止められない。





 クラスメイトのざわめきは止まらない。


「……あの娘可愛すぎじゃない?」

「さ、佐藤さんの席に座ったぞ!?」

「あ、あれって……佐藤さん!? 嘘だろ!!」

「うわぁ……肌綺麗……」

「うぅ……みんな〜、私の事を慰めてよぅ」



 クラスメイトの喧騒を全く無視をする祐希達。


 祐希が……佐藤? に笑顔で喋りかけようとした。

 私は思わず頭に血がのぼって叫ぼうと、


「何で! それは私の役」

「茜ーー!! 今日日直だぞ!! 先生の資料持ってこようぜ!!」


 隣にいた鮫島が私の声を被せて叫ぶ。私の肩に手を乗せる。

 ……悔しいけど……臭いけど、助かったわ。


 こんなところで失言したらクラスの地位が最下層に堕ちる羽目になる。


「ふぅ……!?」



 私は強い視線を感じた。


 祐希は私からかばうように佐藤の前に出ていた。

 その眼差しは迷いが無い。気弱な祐希から感じられなかった強さ。

 クラスメイトの陰湿な、いじ……り、を物ともせず、真正面から受け止める祐希。



 まるで、お姫様を守る騎士……。


 私の胸が締め付けられる。



 ――違う! こんなの祐希じゃない! 私が好きだった祐希は……。



 気弱な祐希はもういないの?


 私は後悔と……嫉妬と……憎しみが止まらなかった。




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