弁当の恩返し
「おい、山田の好きな女子ってこの中にいるんだろ〜」
「きゃははっ! 私だったらどうしよ!?」
「うほっ!? い、いないよ……お、俺……野球一筋だし」
「嘘つけよ〜、花子の事好きなんだろ〜」
「あ、告白のセッティングしようぜ!」
「い、いや、や、やめてよ……あ、俺部活急がなきゃ!!」
山田はHRが終わると同時に荷物を持って部活へと逃げていった。
山田以外は普通に面白い会話をしていると思っているだろう。
……山田はここ最近引きつった笑顔を見ることが多くなった。
もしも山田が潰れたら、今度は他の誰かになるだけだ。
……山田、花子さんが心配そうに見ていたぞ? 大切な物を間違えるなよ……。
鮫島はいつもどおりリア充男子の頂点として君臨している。
確かに顔も良くて、成績も程々に良くて、運動もできる。ナルシストが強いが、そこそこモテるリア充っぷりだ。性格はお調子者で最悪だがな。
……親父が言ってたな。学生時代に犯した間違いに気づくのは社会に出て、精神が成熟されてからだ。後悔しても時間は戻らない。
そして大人になっても学生時代の栄光を忘れられなくて、昔の話ばかりするらしい……
そいつらは大人になった自分の状況に納得していない奴が多いらしい。
――帰るか。
茜が俺に視線を送る。俺のボッチ生活一日目の時は、その視線には罪悪感と後悔が入り混じっていたが……。今は違う負の感情を強く感じられる。
自分の思い通りにならない怒りと憎悪。
自分のせいだと理解しているみたいだけど、その憎悪を理不尽に俺に向ける。
幸い、俺の状況はいじめに発展していない。
……ただ、気をつけよう。いつ茜が爆発して、周りが暴走するかわからない。
俺はカバンを肩にかけて、気配を薄っすら消して教室を出た。
「うん? なんだこれ?」
学校を出て、スマホを取り出したら、スマホに付箋が付いていた?
付箋には『噴水広場、17時、待つ。お礼、佐藤』と書いてあった。
どんな怪文書だよ? 佐藤さん成績良いだろ!?
――これは俺が毎日佐藤さんにお弁当の一品あげていたからか!?
唐揚げごくりから始まり、タコさんウィンナー、角煮、今日はミニハンバーグであった。
……初めは弁当から一品取り出していたけど、今日は佐藤さん用に作っておいて、小さなタッパーに入れてこっそりと渡した。どうせ作る手間は変わらん。
――しかし、いつの間に付箋を……どんなお礼が待ってることやら。
だけど、悪い気分ではない。お礼をしてくれる気持ちだけでいいのにな……。
俺は明日のお弁当の事を考えながら、ゆっくりと歩き噴水広場まで目指した。
なるほど、このパターンも考える必要があったか。
……俺の修行が足りなかったな。先に気づいていれば……
時間よりも少し早く噴水広場で待っていたら……茜とリア充グループが目ざとく俺を見つけて近寄って来やがった。
「おーい! 祐希! こんなところで何してんだよ? ナンパ? ははっ、また女引っ掛けてんのか!」
クラスではもう話さないのに、外でばったり出会うとテンションが上がって喋りたくなってしまうようだな……適当な事言うな。
学校に居た時よりも、少しだけ俺に向ける憎悪が薄れた茜も前に出た。
茜はローファーをカツカツ鳴らしながら、前みたいに上から目線で喋りだした。
「祐希? ねえ、サイゲ行こう。ローマドリア食べるよ。どうせ、鮫島君がおごるからさ〜」
「おいおい、マジか〜、しゃーねーな! ここは山田が……って今日いねえじゃん!」
ゲラゲラと下品な笑い声を上げるリア充グループ達。
外で出会っただけで、こうもリセットされてしまうとは……面倒だな。
佐藤さんが来たら、佐藤さんが嫌な思いをするかも知れない。……付箋にスマホの番号書いておいてよ!
俺が無視をして、色々考えていると、段々リア充グループ全体の雰囲気が悪くなっていった。
……敵意を感じる。
何でだろ? 俺……何かしたのか?
確かに俺は茜と鮫島の事を拒絶したが、この敵意の強さはおかしいだろ?
一対一だと普通なのにな……。
――鮫島と二人でご飯に行ったことがあった。あいつは普通に将来なりたい職業の事を真剣に話してくれた。
――茜はよく二人っきりで買い物に付き合わされたが、俺の事を底辺だといじらず普通に会話をしてくれた。
――リア充グループの男子達だって、二人っきりだとゲームの話や、勉強の話、漫画の話……本当に普通に接してくれていたんだ。
何故グループになるとおかしくなる?
本当は自分達がやっている事はおかしいとわかってるんだろ?
本心と建前。
いじってクラスメイトが笑ってくれてた時の達成感と快楽。
まあ何だ、簡単に言うと……面白いんだろ、それが。
だがな……お前らは……俺に何をした?
俺が気弱だからって、散々いじっておもちゃにしていただろう?
お前らはあの苦しみに耐えられるのか?
怒りをぶつけたいのは俺の方だ。
――俺は自然と顔が険しくなるのを自覚していった。
「ゆ、祐希〜、か、顔が怖いぜ! ほら、フランクに行こうぜ! ……ちっ」
攻撃するのは好きだが、攻撃されたくない。
適当に濁して、後で倍返しをする、それがこいつらのやり方だ。
俺が喧嘩腰に口を開こうとした時、手に柔らかい何かを感じた。
それは……小さな手であった。
「田中、お待たせ。……行こ」
俺の手を握って来たのは……私服に着替えた佐藤さんであった。
髪は綺麗に櫛を入れ、ショートボブが小顔を更に小顔に見せる。
はっきりと見える顔立ちは、アイドル以上の可愛さであった。
小さな身体を包む洋服も、お洒落で非常に似合っていた。熊さんの靴下も相変わらず可愛らしい。
佐藤さんの存在がこの場の空気を支配する。
茜たちは口をポカンと開けて呆けてしまった。
それほどまでの美のカリスマ性を佐藤さんから感じる。
俺と繋いだ手を凝視する茜達。
茜の感情は瞬時に嫉妬へと切り替わり、わなわなと震えだした。
「ど、ど、ど、ど、泥棒猫……許さない……どこの誰だか……知らないけど……」
鮫島たちも騒ぎ出す。
「やばくね? ていうか祐希にはもったいなくね? おい、祐希、その子紹介しろよ」
この場を離れようとする俺達の前に鮫島が立ちふさがった。
「……超可愛い……お、俺と」
佐藤さんは若干イラッとした感じで、眉をひそめて呟いた。
「……息くさ」
「え?」
ショックを受けてる鮫島を無視して、俺たちは手を繋ぎながら走り出す。茜はそれ以上追って来なかった。
――ちょっと、凄く照れるんだけど!? 佐藤さんは動じてないのか?
俺はチラリと佐藤さんを見る。
そこにはほんのりと顔が赤くなっている佐藤さんが小声で呟いていた。
「……手をつなぐ、初めて……ごくり」
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