外見で人を判断するな


「おはようございます。……この席いいですか?」


「お、おはよう……う、うん、大丈夫ですよ」


 ボッチ生活が数日経って、俺の朝の新しい日課が出来た。

 通学路で高橋さんを見かけて話しかけようとすると、恥ずかしがって逃げちゃう。

 色々ラノベの本について聞きたいし、せっかくだから朝はHRが始まるまで図書室で一緒に本を読むことにしていた。


「…………」

「…………」


 ラノベの事以外は、基本的無口な高橋さんは俺の事を気にせず読書に集中している。

 ……遅刻しそうになっても読書やめないもんな。


 会話をする必要が無かった。

 ただ本を読んでいる。だけど、同じ好きな物を共有できる……知り合い? 友達? ……なんだろ? 


 ――仲間か?


 何にせよ、とても居心地の良い空間であった。


 時計を見ると、そろそろHRの時間になりそうだ。


「高橋さん、そろそろですよ」


「うん……今ね……いいところなの……」


 子供みたいに目をキラキラさせて読書している高橋さんを見てると飽きない。

 でも心を鬼にして……だって、高橋さん、全然本読むのやめてくれないんだもん!


「駄目です。光君からお願いされてますから……遅刻させるなって」


「ひぃ!? ひ、光……。う、うん、教室戻るね。……嫌だな」


 名残惜しそうに本を閉じた高橋さんは深いため息を吐いた。


 分厚い眼鏡と三つ編み、ロングのスカートで、いつも猫背だから分かりづらいけど、高橋さんって……よく見るとかなり綺麗な顔をしてると思う。

 そして高橋さんは本当にボッチであった。


 オタクたちからは、その容姿で嫉妬されて、リア充からはオタク趣味を馬鹿にされて……。元々引っ込み事案な性格で、人と話すのが苦手だからボッチになってしまったらしい。


 ――女子の世界は怖いな。


「田中君、今日もいてくれてありがとう……じゃあね」

「うん、またね」


 高橋さんは、小さな声と小さな手振りで別れの挨拶をして、そそくさと教室へ向かって行った。


 図書室は俺たち二人っきりな訳ではない。数名の生徒もいる。

 高橋さんは人の目を非常に気にする性分であった。


 ――他人から見たら大したこと無いと思うかも知れないけど、本人にとって、他人に見られている感覚が怖いんだろうな。


 俺と話す時も、額に汗をかいていた。

 ……俺の事が嫌というよりも、高橋さんが『男子』という存在と話している姿を他人に見られたくないんだろう。


 さて、俺も教室へ戻るか。ちょっとギリギリだな。






 キーンコーンカーンコーンと予鈴が校舎に響く。

 遅刻の生徒以外、ほとんどの生徒は教室にいるだろう。


 俺は近道をするために中庭にある渡り廊下を抜けようとしたら、人影に気が付いた。

 中庭の隅っこにある木々に隠れて……泣いているのか?


 関わる必要がない……けど……困ってるかも知れないよな?

 ……遅刻、どうでもいいか。




 俺はゆっくりと人影に近づいていく。

 ……あれは隣のクラスの……遊んでるって有名なギャルじゃないか?


 ギャル子の名前は知らない。ただ、性格が悪くて、誰にでも強気な態度を取るって言う噂だ。

 敵が多い子みたいだ。

 全部鮫島から聞いた話だから信用できないけどな。

 所詮噂は噂だ。表面だけで知った気になるな。


 だって、隣のクラスのリア充どもは俺の事をいじっていたけど、確かこの子は俺に対して何もしてこなかった。……いつも一人でネイルしてたな。


 子猫柄のハンカチを手に当てて……やっぱ泣いてる。


「ひっくっ……なんで上履き隠しちゃうの? クリスつらいよ……みんな優しくしてよ」


 自分の事をクリスと言っているギャル子の足元はローファーであった。まあ、中庭だからな。

 上履きが無いのか……スリッパ借りられないのか?



 ギャル子は、小麦色の肌と染めた髪をゆるフワパーマで巻き巻きしている姿からは想像もできないほど弱々しい声であった。


「……うち、男なんて紹介できないし……不真面目な遊びなんて……行きたくないの……」


 上履きか……確か……生徒会室に余ってた奴があったな、よし……。

 俺はボッチスキルを発動して、迅速に行動を起こした。


 もうHRが始まっているけど、そんなもの関係ない。

 困っている人を助ける方が大事だ。


 俺は数分足らずで、生徒会室にあった上履きをゲットして再び中庭に戻ってきた。

 ……サイズは……俺の見立てでは……23.5cmで間違えないはずだ。


 ギャル子は中庭の木に寄りかかって座っていた。

 短いスカートで体育座りをしながら顔を俯かせていた。


 ……くっ、おパンティが……丸見えじゃないか……!?


 俺は首に巻いていたストールを脱いで、ギャル子の膝の上にそっと置いた。


「……ふえ? ひっく……何……。って、あんたハブの田中じゃん!?」


 さっきまでの弱気な顔が無くなり、真っ赤な顔をして俺を睨んでいた。


「な、何よ! う、うちの事笑ってんでしょ!! ビッチギャルが泣いてるってさ!! ふんっ、マジつまんねー男、最悪!」


 俺はしゃがんでギャル子と目線を合わせた。

 ギャル子の目と俺の目が合う。


「……俺は田中だ。お前が言ったように、俺はクラスでボッチになった。だが、後悔はしてない」


「あんた本当に田中? ……いや、うちのクラスのクズビッチどもが騒いでいたから……マジイケメンだったんだね。うちは興味ないけどさ……ていうか、授業いいの? こんな所で悪い噂ばっかりあるビッチギャルと一緒にいると、あんたも悪く言われるわよ?」


 ――ああ、この子は優しいんだな。口は悪いけど、わざと虚勢を張って強気に見せて、俺に心配をかけないようにしている。


「そんなもの言わせておけばいい。それに俺はギャル子……。君の事をあんまり知らない。名前は?」


「あんた今ギャル子って言ったでしょ!? へ、変なあだ名付けないでよね! はぁ……なんか泣いてるのが馬鹿らしくなってきたわ……教室行くわ……」


 ギャル子はお尻をはたいて立ち上がる。

 身体を『う~ん!』と言いながら大きく伸ばす。胸が強調されてしまい、目のやり場に困る。……俺はそっぽを向いた。


 ギャル子はそんな俺を見て呟いた。

「……下心を感じないわね? ……珍しいかも」


 俺はそっぽを向きながら上履きを前に出した。


「おい、ギャル子。生徒会室に落ちてた物だ、使ってくれ」


「え、マジ? いいの? ……ありがとう」


 何だかペースを崩される。

 俺は背を向けて帰ろうとした時、ギャル子は弾んだ声で俺に伝えた。


「うちは鈴木すずきクリスティーヌくりすてぃーぬなつ! クリスって呼んでいいわよ! マジ今度お礼するわ!」


 俺は振り向いて笑顔で答えてあげた。

 ――元気になって良かった鈴木さん。



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