味覚の相性は大事
手を繋ぎながら街中を走る俺たち。
鮫島たちから遠く離れたはずだ。
「はぁ、はぁ……佐藤さん、もう大丈夫じゃない?」
「ふぅ、ふぅ……もう少しで着く」
佐藤さんが少し離れたところのお店を指差した。
そして、走るのを止めて、俺達は歩き始めた。
――ふぅ……佐藤さん見た目によらず足が早いな。
というか、鮫島たちは佐藤さんって認識出来なかったよな?
そりゃそうだな、こんだけ見た目が違ってたらわからないはずだ。
佐藤さんを見ると、繋いでいる手をじっと見ていた。
「あ、悪い」
俺は慌てて手を離そうとする。
佐藤さんの手の力が一瞬だけ強くなるのを感じた。
そしてゆっくりと俺の手から離れていった。
「……私から繋いだ手……大丈夫……それに何か困ってたし」
不思議そうに自分の手を見ている佐藤さん。
「そうか、良かった……というか、スマホに付箋ってなんだよ!?」
「むむ、伝わらなかった? ……肉達のお礼」
「いや、それは分かったけどさ……無理してお礼しなくていいぞ? 俺は人に料理を食べてもらうのが好きだから気にしなくていい」
「駄目。あの料理は……美味しくて……懐かしい味」
――懐かしい味? おふくろの味? まあ、喜んでくれているなら良かった。
そんな事を話しているうちに、佐藤さんが指差したお店の前に着いた。
そこは……街の坂の上にあるスイーツカフェであった。
この前行ったカフェとは違うお店だ。
「……ここは極上。田中も味わえ」
何故か誇らしげに胸を張った佐藤さんが、ずんずんとお店の中へと入っていった。
佐藤さんは何回か来ているみたいで、慣れた感じで奥のカウンター席に座る。
お店の雰囲気はどちらかと言うとカジュアルだ。
夕食前だからお客さんの入りは五割って感じ。
席に座ると、カウンター越しから、コック服を着た女性パティシエさんが話しかけてきた。
「あら、瑠香ちゃん! 今日も可愛いわね! ……隣のイケメン君は彼氏!? うわー、お似合いな二人ね〜」
「「違う」」
「……あっ」「……むむ」
アラサーっぽい感じで綺麗な女性パティシエは遠い目をして笑い出した。
「ふふふっ、青春って良いわね……、私なんてアラフォーだし……彼氏なんてずっといないし……社内恋愛してるカップルを見ると胸焼けするし……」
佐藤さんは女性パティシエさんの愚痴を断ち切って、勝手に注文を告げた。
「……オーナー。苺と桜のパンケーキ一つ、モンブラン一つ。後、ブレンド二つ」
「はっ!? ごめんね! すぐ作るわ!!」
この人がオーナーなのか!?
カウンターの目の前でオーナーさんがデザートを作る。
さっきまでののんびりとした雰囲気は消えていた。
恐ろしいまでに手際が良く、指先を操ると、どんどんデザートが出来ていく。
俺はその光景を見て圧倒されてしまった。
バターの香ばしい匂い、搾りたてのマロンクリーム、よく分からないパーツを丁寧に組み合わせる。
すげえ。
――料理をやっている人間だから分かる。これが……プロか。
「ふふん」
佐藤さんが超絶笑顔のドヤ顔で俺の事を見ていた。
――あ、やっぱり佐藤さんって、
「笑ってる方がいいな」
「けほっ!? けほっ!」
水を飲んでいた佐藤さんはむせてしまった!?
「ふぅ……ふぅ……冗談駄目。今度そんな事言ったらおかず二倍の罰」
「はは、いいけどさ……佐藤さんって、昼休み教室にいないけど、いつもどこで食べてるの?」
俺は今のところ教室でひっそりとご飯を食べていた。そろそろ空き教室でも探して自分のテリトリーが必要だな。
「……屋上で塩おにぎり」
「え、なんだって?」
「屋上で塩おにぎり……料理出来ない……」
――だからって何で塩おにぎりだけなんだよ!! 身体に悪いよ!
だから俺の弁当を見て物欲しそうにしてたのか。
「はい、いちゃいちゃはおしまいね! デザート出来たよ!」
オーナーさんが俺たちの前にパンケーキとモンブランを置いてくれた。
甘い良い匂いが漂う。
美味しそうな見た目が食欲をそそる。
「……極上パンケーキ……ごくり」
佐藤さんは目を閉じ、お辞儀をしてからデザートを食べ始めた。
せっかくの出来立てだ。早く食べきゃな!
俺もデザートに手をつけることにした。
結論から言うと、俺の語彙力では言い表せないほどの美味しさ。
うん、もう美味しいだけでいいよ!
俺と佐藤さんは目の前のデザートに集中して食べ続けた。
半分食べ終わった位で、俺たちは見計らった様に食べるのを止めてお互い目があう。
「……交換」
「ああ、悪くない提案だ」
皿ごと移動して、違うデザートを食べる俺たち。
思春期の若者だったら、間接キッスだ! とか言って恥ずかしがるだろう。
……このデザートの前ではそんな純情いらねえ!
俺たちは黙々とデザートを食べ続けた。
「ふぅ〜、うまかったな! 佐藤さんは甘い物が好きなの?」
満足そうに腹をさすっている佐藤さん。
俺たちは食後のコーヒーを飲みながらのんびりとくつろいでいた。
「……うん、甘いものもしょっぱいものも好き」
そっか……
「なあ、昼ごはん足りないんじゃないのか?」
「……作るのめんどい……コンビニはちょっと」
舌が肥えてるもんな。
俺は何も考えずに口を開いていた。
「なあ、弁当の残り物を詰めてやろうか?」
佐藤さんの目がくわっ! っと大きくなる。
ちょ、でかすぎじゃね!?
「そ、それは……嬉しいけど……迷惑……」
「いや、おかず一品あげてるのと変わらない手間だぞ」
佐藤さんがプルプルと震えだした。
「……た、田中は神?」
「いや、違うから。……強いて言うなら、俺の料理を美味しそうに食べるしな! 結構嬉しいんだぞ?」
佐藤さんは小さくコクリと頷いてくれた。
俺たちはその後、店前でスマホの番号を交換して、家に帰る事にした。
デザートのお代は佐藤さんがお礼だからと言って払ってくれた。
――不思議なものだな。
俺は歩きながら、佐藤さんと繋いだ手を見る。
俺と佐藤さんは全く話した事がなかった。
会話が無く、おかずのやり取りしか接点がない。
それがいきなり……手を繋いで街を走るなんて……。
しかもカフェでは、初めて喋ったとは思えないほど自然体で会話をしていた。
驚きである。
だって、佐藤さんは教室では全く無口で、無表情で、気がつくといなくなってる存在。
ボッチに於いて俺の心の師匠でもあるけどさ。
顔が可愛い? スタイルが良い? そんなものどうでもいい。
ただ、今日は人生の中で、一番心が落ち着いた日だったかも知れない。
その時、横にいたのが佐藤さんであった。
……佐藤さんすげえな
俺はなんだか嬉しくなって、思わず家まで走ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます