疑問に思っても同調は楽


 クラスメイトと教室で話さなくなって一週間が過ぎた。

 週末は妹の岬と一緒に買い物したり、高橋さんからオススメされた本を読んだり、有意義な時間を過ごす事が出来た。



 この前、噴水広場でばったり会ってしまった鮫島と茜達は、学校では俺の事を完璧無視を決め込んでいる。

 多分、俺に対する嫌がらせだと思うけど、むしろ好都合だ。

 俺が可愛い子(佐藤さん)と一緒にいた事で、あの瞬間、鮫島たちの俺に対する優越感が消えたのかも知れない。……優越感とか本当にどうでもいいな。


 鮫島からはたまに嫉妬に視線を感じるが……茜の視線の質が変わってきた。

 それは焦り? はたまた戸惑い? 

 なんにせよ、茜から伝わる空気がほんの少しだけ変わっていた。



 今は授業の合間の休憩時間。

 俺はボッチになってクラスを観察する時間も増えた。

 やはり集団は声がでかい奴が場を支配する。


 鮫島が自分の自慢話をすると、他の男子は追随して同調と肯定をしながら話題を膨らます。

 そこに茜グループが口を挟み、グループの会話が出来上がる。


 カースト上位グループのリア充感は流石であった。


 中位カーストグループは当たり障りの無い会話をして上位グループの顔色を伺っている。

 いつか下剋上を狙っているのだろう。


 下位グループの暗めの奴らは、自分よりも上のグループと関わらない様にしていた。

 関わっていじられたら学校生活を壊される恐れがある。

 ……そして、ボッチになった俺や、ボッチの佐藤さんと光君の事を自分よりも下だと思っている。


 ……視線でわかるんだよ。俺たちを見て優越感に浸っている姿がな。




 山田も鮫島に会話を提供しようと必死であった。

 ……運動系グループにいる花子さんは眉をひそめていた。


 正直、彼女からも俺に対する軽い敵意を感じる。……俺がボッチになってしまったため、山田が生贄になったからだ。気の弱い彼女が、茜たちに文句を言えるはずない。矛先が俺に向かっただけだ……彼女の行動は仕方ないだろ? 俺たちはまだ高校生。大人じゃないんだよ。




 山田が引きつった笑顔で話題を提供していた。


「でね、アマプラっていう動画サイトで見つけた映画が」


 鮫島は鋭い口調で山田の会話を遮った。


「あんっ? アマプラってなんだ? 俺知らねーよ?」


 山田の空気が凍りつく。


「ア、アマプラはアマゾネスプライムの略で……」


「おいおい、山田〜、そんな略し方するやつはいねーよ!! プライムだろ! 俺聞いた事ねーなー!」


「え、で、でも……結構有名だよ」


「はっ! 俺が聞いたことねー、つってんだろ! お前国語のテスト四十五点だったじゃねーかよ、ははっ!」


 茜たちも首を傾げる。


「アマプラ良く見るよ、あ、プライムね!」

「私はプライムって言ってるな」

「うんうん、そんな略し方しないよねー」


 山田は苦笑いをして頭をかいていた。


「は、ははっ、そうだよね……俺の略し方がおかしかったね……鮫、わりーわりー」


 鮫島は山田の腹を軽くパンチした。

 じゃれている感じを演出したかったのだろうが、その拳はそこそこの強さであった。


 ――自分の知ってる事が全て正しいと思っているのだろう。一切意見を受け入れず全てを否定する。そんなもの会話でも何でもない。

 アマプラって略し方、webで普通だぞ?



 山田の坊主頭が紅潮しているのが遠目で分かる。

 それは、羞恥なのか、我慢なのか……怒りなのか、俺にはわからない。



 場の流れを読んだ茜は、空気を壊さないように、バカみたいな笑顔で山田の肩を叩いていた。

 それは本当にじゃれている感じであった。


「ははっ、山田〜、おバカだね。ほら、あれやってよ! うほっうっほってやつ!」


「う、うほっ、うほほっ!! うほほーい!!」


 山田の頭の色が更に赤くなってしまった!?

 おいおい、花子さん見てるよ!? ほら、超怖い熱い嫉妬の目線送ってるよ! 山田、バカ! 早く気が付けよ!  お前、茜に惚れちゃったの!? 修羅場やめてよ!?







 そろそろ授業が始まるっていう時に、教室に他のクラスの……女生徒……ってギャル子じゃん?


 ギャル子は可愛い顔をしかめっ面にして辺りを見渡していた。


 クラスがざわめく。

 隣のクラスのボッチのギャルがこの教室に来る理由が分からない。


 ちなみに佐藤さんは机に突っ伏してたぬき寝入りをしていた。


「あれビッチクリスじゃん」

「怖……やばい奴らと関わってるらしいよ」

「繁華街で黒スーツを着た大人と歩いていたよ……パパ活……」


 聞こえるか聞こえないか絶妙な囁き声がクラスに伝播する。

 意識していない攻撃。みんなが嫌ってるから私も嫌い。



 クラスの男子の反応はまちまちであった。

 あからさまに嫌な顔をする者もいれば、ちょっと嬉しそうにそわそわしてる者もいた。


 リア充男子たちが鮫島を小突く。


「おいおい、あれだろ? 確かあいつって鮫の事好きなんだっけ?」

「そうそう、初めの頃噂になってたよな〜」

「鮫に会いに来たとか? はぁ……マジモテるよな〜」


 鮫島はナルシスト全開で、ねちゃりと笑みを浮かべる。


「……ああ、俺は興味無いけどな……しゃーねーな! おい、クリス!!」


 ギャル子は声をかけた鮫島を一瞥した。




「……はっ? あんた……誰? ――ちょっと邪魔よ。息臭いからこっち来ないで……マジで」




「え……俺……息臭いの……ね、ねえ、みんな!?」


 リア充男子たちは気まずそうな顔をして、そっぽを向いてしまった。

 鮫島は全く相手にされなかった事と、息の臭さのダブルパンチで真っ白になってしまった。



 ギャル子は誰かを探しているようで、ブツブツ呟く。


「ちっ、どこだよ……影薄すぎるわ……あいつ……あっ」


 ギャル子の瞳が俺をロックオンする……

 スタスタと歩くその姿はまるで海外のモデルさんみたいだ。


 ギャル子は俺の机の上に座って、髪をバッサーっとなびかせ足を組む!?

 そして俺が忘れていったストールを制服の内側から取り出す。


 ギャル子は真っ白な肌の頬をほんのりピンク色にして、恥ずかしそうに俺にそれを渡した。


「……おい、無視すんなよ、田中。ストールありがとう。……あの時のお礼……明日の放課後空いてるか?」


 手渡されたストールから温かいぬくもりを感じる。

 ……そ、そんな事では俺は動じないぞ。


「あ、ああ、ギャ、ギャル子、そんなに遅くならなかったら大丈夫だが……ど、どこへ行くんだ?」


「ギャル子じゃないわよ!? クリスよ、クリス! はぁ……秘密って言いたいけど、明日は……」


 柔らかい笑みはとても魅力的であったが、その顔がいきなりしかめっ面になってしまう。

 茜は道を塞いでいた鮫島を突き飛ばして、こっちに近づいてきた。


「邪魔!」

「げふんっ!?」


 鮫島は力無く床に倒れ伏した……。


 茜が両手を前に組んで、胸を強調させてギャル子の前に仁王立ちをした!?

 トゲトゲしい声を発する。


「ちょっと、あんた……鈴木だっけ? マジ空気読めよ。嫌われボッチ汚ギャルがクラス来んな」


 ギャル子も俺の机から降りて、茜の前に立つ。


「ゔぁ? あんたはクラスのアイドル(笑)茜ちゃんだっけ? ぷぷっ、ガキじゃねーか。期待はずれ〜」


 ――二人のオーラがどす黒くクラスを包み込む。


「なんで祐希と話してるのよ! 祐希は私の幼馴染よ!!」


「はっ? あんたら田中の事無視してんじゃん? うっぜ……もう少し他人の気持ち考えろよ」


「嫌われ者のボッチに言われたくないわよ! 大体ボッチが何で祐希と話してるのよ」


「……ねえ、あんた大丈夫? 嫉妬か……はぁ……もっと自分に素直になればいいのにね……まあ、うちみたいに自分に素直で可愛すぎると、ボッチになって嫌われるからね!」


 茜は口を噤んでしまった。

 何か思う所があるのか、ギャル子を一瞥して『ふんっ』と鼻を鳴らして席に戻っていった。




 二人が話している隙に、俺は佐藤さんの所へヌルヌルと移動して机の上に早弁用ミニミニ弁当を置いといた。

 昼ご飯用は別で用意してあるぜ! 


 佐藤さんは薄目を開けて口パクで俺にお礼を言ってくれた。


『ありがとう……なんか頑張れ』


 俺も口パクで返事をした。


『また昼休みに』


 再び、俺は席にこっそりと戻る。




 ギャル子が溜息を吐いていた。


「……あれ? 田中? 何かしてたか? ……まあいいか、そろそろ教室帰るわ。それじゃ!」


 ギャル子が教室を出ると同時に先生が教室へ入って来た。

 何やら変な雰囲気のまま、授業が始まった。




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