テリトリー


 山田の謝罪事件と……ギャル子罰ゲーム事件から二日経った。


 今は午前の授業の合間の小休憩の時間だ。

 俺はいつも通り早弁をしながらクラスの様子を見ている。

 今日の早弁用弁当はローストビーフ丼に挑戦してみた。中々火加減が難しかったけど、綺麗な焼き加減で出来上がって、パサパサ感が全く無いジューシーなお肉に仕上がった。上出来だ!



 ……あの山田の謝罪から、明らかにクラスの雰囲気は変わっていった。


 山田は積極的に俺に喋りかけて来るわけではない。

 だけど、体育の時間の時にストレッチのペアを組んでくれたり、何かしらの連絡事項を率先して俺に伝えたり……自然体で接してくれた。


 俺が一人でいたい、という主張を尊重してくれているのだろう。

 無理に喋ろうとしない。適切な距離を保とうとしてくれる。

 ……クラスの空気を考えながら少しずつ全体を変えていこうとしてるんだな。


 クラスメイトはそんな山田を見て……仮面を被った違和感が少なくなっていった。



 ――山田、お前は凄い事をしたんだぞ? 鮫島みたいに煙に巻いたりせず、お前は向き合ったんだ。――おい……花子さんの大っきな胸をガン見しすぎだろ?



 あいつは俺が変えられなかったクラスの雰囲気を柔らかくしてくれた。

 そして、鮫島は……その光景を見て……嬉しそうな……悲しそうな顔をしていた。


 茜は未だに一人ボッチであるが、クラスメイトが遠目で見守っている空気を感じられる。

 クラスメイト達は茜に考える時間を与えているのか……。はたまた自分達が考える時間がほしいのか……。


 ……終業式までにどうにかなればいいのにな。




 そして、鮫島は誰とも話さず、スマホをいじっていた。それはいつも通りの光景のはずであった。

 あいつは、突然顔色を変えて……教室を出ていった。


 ――なんだあの顔は? 怒っているのか?




 ……まあいいか。しかし、ここ数日で、下級生の階にいる上級生の姿をよく見るな?


 嫌な空気がこの階に全体に広がっている。

 上級生たちは廊下でだべって、階段を塞いで、馬鹿騒ぎをして、下級生を……遠目からバカにしているだけであった。


 ――上級生というと、鮫島姉を思い出すな……。俺が変わってから一回しかここに来なかったな。


 いや、思い出したくもない。あいつには関わるな。


 ……だが、受け身になるな。……嫌な予感しかしない。

 この階層の空気感はおかしい。

 まるで、上級生の階に行った時みたいな場違いな空気を感じる。



 俺はこの学校はほどほどに成績が良くて、普通の学校だと思っていた。

 不良もいない……クラスのみんなは一致団結している。という謳い文句のはずだ。


 ――実際はボッチの数が多い。


 他の学校の事は分からないが、中学時はここまでいなかったぞ?


 気になるな……放課後、学校全体を観察してみるか?





 そんな事を考えていたら、授業のチャイムと同時に先生が入ってきた。


「おーい、席に着け〜、ほら〜、授業始まるぞ……」


 そして、鮫島は授業の途中で、何食わぬ顔をして戻ってきた。








 放課後になると、俺は教室をすぐに出ようとしたが、佐藤さんに腕を引っ張られた。


「……田中、私も行く」


「ええっと、そんなに面白くないよ?」


 何も言ってないのに、佐藤さんは俺と行動をともにしようとしてくれる。


 佐藤さんは首を振った。


「……いい、田中と一緒、嬉しい」


 ――そうだな。俺だけじゃ分からない事が出てくるかも知れない。


「じゃあ一緒に行こ。と言っても学校を回るだけだから」


「……ん」


 俺たちは放課後の学校を探索することにした。




 まずは隣のギャル子のクラスを覗いてみた。

 ギャル子は意外にもクラスの生徒達と一緒に談笑をしていた。

 男女ギャル問わず、様々な生徒が集まっていた。


「ねえねえクリスさんって、化粧品何使ってるの?」


「この表紙ってクリスさんだよね? すっご!」


「ぎゃ、ギャル姿には戻らないの? あっちも可愛かったのに……」


 クリスはそんなクラスメイト達とたどたどしく会話をする。


「あ、うん……私、コンビニの奴だよ」

「はは……た、確かに私だね。は、恥ずかしいよ……」

「ギャル姿は……うーん……今の姿に飽きたら戻るよ」


 そのギャル子の姿は、俺が初めて見た時の……泣いていた時の口調と一緒であった。

 強気で高圧的じゃなくて、本当は優しいギャル子。


 ――きっと、このクラスでも色々あったんだろうな……。


 俺の前ではあまり見せない、ギャル子の柔らかい口調が俺の心を温かくしてくれる。


 クラスメイト達もギャル子に対して、純粋に聞きたい質問をしている。

 もちろんモデルだからっていう感情もあるかも知れないけど、クラスには穏やかな空気が流れていた。


 ――ギャル子、良かったな。



 俺がギャル子をずっと見つめていると、佐藤さんが俺の制服の裾を引っ張っていた。

 佐藤さんの顔を見ると……多分、これは俺にしか分からないと思うけど……ほっぺたが小さく膨らんでいた。


「……田中。ギャル子は元気。次行こ」


「はいはい、次は上級生の階に行くよ」


 佐藤さんはコクリと頷いた。





 俺たちの階の廊下でたむろしていた上級生は、男子生徒もいたけど、大半は女子生徒が多かった。

 比較的チャラチャラした感じの生徒が多い。


 仲間内で喋っているように見えるけど……何かを観察しているようであった。


 ――クラスを……生徒を見ている?




 俺は上級生の階に行くための階段に向かうと、チャラ上級生男女達がたむろしていた。


「マジッ、ぱねーな! 惚れそう!」

「明日は夜まで遊ぶっしょ!」

「ていうか〜、あっ」


 俺が上級生の前に立つ。佐藤さんを後ろへ下がらせる。


 あれだけ騒がしかった上級生がいきなり静かになって……俺を凝視した。


 睨んでいるわけでもない。邪魔だけど、通れるスペースはある。


 ――『お前はなんだ?』と言ってるような圧を感じる。


 集団の圧は時に人を圧倒させる力がある。


「――――」

「――――」

「――――」



 ――だが、俺には関係ない。



 俺はコイツラの威圧を無視して通ろうとした……が、ある事に気がついた。



 ――佐藤さんのスカートの長さは普通になってしまった!? 俺が先に行ったら覗かれてしまうではないか!! 佐藤さんを先に行かせて、コイツラが変な事をしても嫌だし……


 俺は一瞬で回答に辿り着いた。


 上級生達を一瞥する。

 威圧の空気が一瞬だけ怯むのを感じられた。


 誰かが間抜けな声を上げた。


「へっ?」


 俺は佐藤さんを優しくお姫様抱っこして、前へ進む。

 佐藤さんは身体の力を抜いて、俺に身を委ねてくれた。


 俺は上級生のど真ん中を堂々と階段を歩く。


「な、なんだこいつ」

「ちょ、ちょっと憧れるかも……」


 俺はざわめいて後退る上級生を無視して、階段を登りきった。

 後ろから上級生の視線は感じるが、敵意ではなく、変な物を見たような驚きの視線であった。


 ――対立するだけが人との接し方じゃない。


 俺は上級生の教室がある三階に着いたから、佐藤さんを下ろそうとしたら、佐藤さんは抵抗して降りてくれなかった。


「……もうちょい」


「ええ? これ結構疲れるよ……」


「……もう一個上の階がある。そこ観察。……それにギャル子には抱っこした」


「はぁ、わかったよ」


 ちらりと見た佐藤さんの表情は口角を上げて、静かに微笑んでいた。

 そんな顔をしたら、やめるわけにはいかない。

 俺は渋々了承して、上の階を目指すのであった。




 学校の四階は空き教室と多目的ホールがある所だ。

 俺と佐藤さんが初めて二人でお弁当を食べた教室もこの階であった。


 ――ふふ、知らぬ間に仲良くなっちゃったな。


 ボッチを目指す俺と、ボッチであった佐藤さん。


 ボッチになってから佐藤さんの事をずっと目で追ってたけど、姿が変わっても佐藤さんは佐藤さんだな。

 いつも自分のペースを乱さず、食いしん坊で……甘えん坊。


 俺の大切な……大切な?


 なんだ? 俺は何を考えているんだ?


 佐藤さんは俺のボッチ仲間。うん、大切な仲間で友達だ……。


 ――胸にしっくりこない。


 俺の胸の奥から何かが出てきそうで出てこない。

 ……いや、今はそれを考えている時じゃない。


 俺は佐藤さんを優しく地面に下ろして辺りを見渡した。


「……ん、満足」


 広い廊下には誰もいない……と思ったら、奥の階段を上がる男が見えた。


 遠目でもはっきり分かる。


 ――鮫島? こんな所で何をしてる? 


 あの階段の先は屋上だ。施錠されて誰も入れないはずだ。


 佐藤さんが俺の手を握る。

 俺の心に勇気が湧いてくる。


「田中……あいつの顔……」


「ああ、行ってみよう。……迷惑かも知れないけど、同じクラスメイトだ……ムカつくけどな」


 俺たちは鮫島の後を追った。






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