理由なんてない


 屋上へ続く階段を昇ると、そこにはガラの悪い男女の上級生が三人いたのであった。


 ――またか? しかし、さっきの上級生と雰囲気が大分違うな……。


 何度も言うようだが、うちの学校は自由な校風が売りだ。

 目の前にいる生徒達は……制服を着崩しているが、お洒落な雰囲気を残しつつ、リア充感を余す事無く出している。

 まるで、鮫島の上位互換のような存在だ。


 だが、鮫島とは目が違った。


 ――一言で言うとガラが悪い。


 身内以外には何をしてもいい、と思っていそうな顔付きをしている。

 見かけのチャラさやリア充さでは隠しきれない……人間性の欠落を感じられる。


 さっき階段を塞いでいた上級生は遊んでいる雰囲気があったから、まだ可愛げがあった。

 コイツラは違う。


 自分が上位にいて、絶対的な存在だと自認しているナルシストだ。

 俺のボッチの直感が告げている。


 ――鮫島姉に近い空気を感じるな。


 俺が知ってる上級生は、生徒会の人達と、鮫島姉と……高橋さんだけであった。

 こいつらは知らない……。






 無視して屋上へ行ってみるか?


 ……だけど俺は一人じゃない、佐藤さんの存在を忘れるな。佐藤さんが危険な目にあったら……。


 俺はいまだ手を繋いでいる佐藤さんのぬくもりを思い出す。


 瞬時に髪の毛をボサボサにして顔を隠した佐藤さんは俺から手を離し、そっと呟いた。


「……無視。屋上行く」


 佐藤さんの存在感が薄くなっていくのがわかる。

 ……わかった。何かあったら俺が守るよ。



 そんなやり取りをしていたら、チャラグループが俺に声をかけてきた。


「おいおい、イケメンと陰キャ女子のカップルがこんな人気の無い所で何してんだよ?」


 ねちゃりと粘つく声を放つ髭面イケメン風の男。

 隣にいるギャル風の女も後に続いた。


「マジうざ〜、ていうかここは、あーしらのたまり場だからさ〜、盛るならどっか行ってくんね?」


 気だるそうなギャルはとても高校生には見えない。まるで……繁華街にいるお姉さんに見える。

 明確な敵意は無い。

 だけど、明確な拒絶の意思が感じられる。


 小柄の眼鏡の男が小さな声で呟いた。


「おい、クソガキ。死にたくなければ去れ」


 それはひどく無機質で……冷たくて……心をえぐる力を持っているのだろう。

 ……きっとそれはクラス内のみで通用する威圧。

 だけど、俺たちボッチにとっては、ひどく滑稽な言葉であった。

 こいつは中二病というやつか? 漫画の見過ぎだろう……。


 俺は……眼鏡を軽く持ち上げた。


「はぁ、すいません!! ちょっと屋上に行ってみたくて……」


「はっ? 鍵かかってるぞ? お前馬鹿なの?」


 ――なるほど、人を小馬鹿にした口調が様になってるな、髭男。


 俺は無視して階段を昇る。


 ケバいギャルが立ち上がった。


「あんたバカ? あーしらの言ってる事理解出来なかったの? ここはあーしらの陣地なの。だから近づくんじゃねーよ」


 ――凄い理論だな。ここは学校の敷地内だぞ……。


 俺は更に無視して先に進もうとすると、小柄な眼鏡が立ちふさがった。


「――おい、てめえ丸焦げになりてーのか? あ、揚羽あげはの言うこと聞かねーやつは……ぶち殺すぞ?」


 ――なるほど、こいつはケバギャルの事が好きなんだな。……好きっていう気持ちは……俺はわからん……羨ましいな……。


 俺は羨望の眼差しで小柄眼鏡を見つめる。


「な、なんだてめえは!? き、気持ち悪いぞ?」


 揚羽と呼ばれたケバギャルが呟いた。


「うーん、顔は……イケてるけどね。ねえねえ、あんた、あーしのパシリになんない? 超エロいご褒美あるし〜」


「あ、揚羽!? ――こ、こいつ……揚羽を誘惑しやがって……」


 眼鏡が俺の事を凄い勢いで睨んでくる。

 髭男は飽きたのか、面倒になったのか、眼鏡にこの場を任せてスマホをいじり始めていた。


 ……面倒だな。やっぱり一回退散するか? 鮫島は気になるけど、ここで問題を起こしても仕方ない。


 俺は佐藤さんに合図をして撤退を促そうとした……って、佐藤さん!?




 佐藤さんはケバギャルの前に立っていた。


「わっ!? か、影薄いから気が付かなかった……え?」


 佐藤さんの雰囲気が変わる。髪は下ろしたままなのにオーラが尋常じゃないほど溢れ出ている。


「……このケバビッチ。地獄へ落ちろ」


 髪の隙間から見える瞳は燃え上がっていた。

 それはとても美しい瞳。


 ケバギャルはそれを直視してしまった。


「……マジ……かわわ……ただのど陰キャじゃないわね……くっ、ま、負けないわ!!」


 ケバギャルは第三ボタンまで開いたシャツを強調して佐藤さんの前に立ちはだかる。

 その膨らみは……眼鏡男が赤面する威力であった。


 佐藤さんはそっと自分の胸に手を当てる。


 ――だ、大丈夫。お胸が小さくても……大丈夫……。


 佐藤さんの空気感が一層凄みを帯びてしまった。

 ケバギャルは触れてはいけない何かを刺激してしまったらしい。


 佐藤さんが何か口を開く前に……屋上へと続く扉がバーンッと開いた。






「あれれ? ちゃんと待っててくれたんだ! あー! 祐希だ!! やっと私の元へ返ってきたのね!! ふふん、意地悪な茜はひとり寂しいボッチになっちゃったしね!」


 そこには生徒会長である鮫島薫子がいつも通りの笑顔で、いつも通り自分勝手で、いつも通り自分が正しいと思っている姿で立っていた。


 上級生リア充グループは静かになる。感じるのは本当の敵意。


 鮫島姉はリア充達をゴミでも見るような目で言い放った。


「――ウザいわね……場所変えましょうか? 私に話があるんでしょ? ねえ、リア充君とビッチちゃん?」


 平坦な口調なのに、凍りつくような空気感が生まれる。

 鮫島姉はスキップをするような軽い足取りで階段を降りる。

 俺は背筋に寒気が走った。


 鮫島姉の顔はほんのり桜色になっていて……上機嫌であった。


 ――こいつら友達じゃなかったのか? てっきり見張りかと……。


 リア充グループを見ると……身体が震えている。

 これは……恐怖を押し殺ろうとしているのだろうか?


 コイツラは鮫島姉の事を恐れている。絶対的な恐怖を心に刻まれている証だ。

 鮫島姉と同じ空気感を感じても、仲間とは限らないか……。

 役者が違う。


 鮫島姉とこいつらに何があったんだ?

 俺の疑問に答えてくれる人なんてこの場にいない。

 聞いてもいないけどな。





 鮫島姉は俺の横を通り過ぎる。


「……あはっ、面白い存在になってきたね、バイバイ!」


 不気味な笑みをたたえて、手を大きく振って去っていった。

 リア充グループは鮫島姉の後を付いていく。





 そして、この場には俺と佐藤さんしかいなくなった。


 俺と佐藤さんは顔を見合わせた。

 佐藤さんは呟く。


「……何あれ? 田中、絶対関わっちゃ駄目」


「関わりたくないけど……もう遅いかもな」


 俺が入学してからすぐに、俺をいじりだした鮫島姉。

 その関わりは……一年近くになる。


 俺はため息を吐きたくなった。

 ……恐怖心がなくなったから、冷静にあいつの事を観察できた。俺は何であんな女と一緒に生徒会の仕事が出来たんだ?


 笑顔が笑顔じゃない。

 人を人だと思っていない。

 自分勝手な事は分かっていたけど……あれは、この世界で自分が一番優れていると確信している人間だ。

 お前の擦り傷だらけの拳は一体何なんだ?



 ――あの頃の俺は冷静に周りを見れなかったのか……。



「――田中」


 俺は知らぬ間に佐藤さんの手を握っていた。

 力が強く入りすぎたのかも知れない。

 手がこわばって離すことが出来なかった。


「……大丈夫、田中。今は私達がいる」


 俺は絞り出す様に答えた。




「――絶対無くしたくない」




「……え?」


 俺は深呼吸をして、身体にこびりついた鮫島姉との記憶を振り払う。

 そして、佐藤さんの肩に手を回して身体を引き寄せた。

 自分の行動が理解できない!?


 俺は何をしてるんだ?


 まるで俺が佐藤さんを抱きしめているようじゃないか?


 佐藤さんはそんな俺の背中を優しくポンポンと叩いてくれる。

 叩かれるごとに心が溶かされていくようだ……。


 このままでいたい……そう想ってしまった……。




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