大切な感情
今日も日課の図書室……と思ったけど、登校中に高橋さんを見かけなかったから止めておいた。適当な空き教室で時間を潰す事にした。
最近、朝の図書室も人が随分と多いからな。ボッチ生徒もいるけど……普通に友達と朝早く来てここで時間を潰す奴らも多い。
人が多いと高橋さんも俺と喋らない。
……そう言えば、昨日の高橋さんはいつもと見た目が違ったな?
……なんか俺の周りには綺麗なボッチ女子が多いな。佐藤さんも可愛いし、ギャル子もモデルさんみたいだし、高橋さんも凄く美人であった。
俺は空き教室の机の上に座って窓の外を眺める。
ふぅ……細心の注意を払わなきゃ。
俺は自分がいじめの対象になっても大丈夫だ。
攻撃されても流せばいい。
やられたら違う方法で反撃すればいい。
だけど、想像してみろ?
もし俺がボッチ女子三人と仲が良い事を知られたら……あ、光君はボッチを極め過ぎてるから無しだね。
いじめの対象があの娘達まで広がるだろう。
俺はその時正気でいられるか?
――無理だ。八つ裂きにしてしまう。
想像するだけで度し難い怒りを感じてしまう。
もし、佐藤さんのカバンが引き裂かれたら?
もし、ギャル子に対する嫌がらせが更に加速したら?
もし、高橋さんがアイツらのせいで怪我をしたら?
――人生を破滅するまで追い詰める。
関わった奴全員だ。
近くにあった机を蹴飛ばしたくなる衝動に駆られる。
――落ち着け……深呼吸しろ……ふぅーー、はぁーーーー。
大丈夫だ。今の所、誰も俺とあの娘達との交流に気がついている者はいない……って、ギャル子!!! あいつ俺のクラスに来てるじゃん!? ああん、もうバカチン!
思いっきり俺と遊びに行く約束しちゃったじゃん!
クラス全員聞いてたよ!?
俺は机から降りて、誰もいない空き教室をぐるぐると歩き始める。
「よし、とりあえず隣のクラス行ってみるか? ……駄目だ、ギャル子を悪目立ちさせたくない。……これ以上ギャル子と関わりが無ければ大丈夫か?」
俺はギャル子を避ける自分を想像してみた。――ギャル子がとても悲しそうな顔をしている……
……いつも笑顔のあいつにそんな顔はさせたくない。
中々厄介な問題だな。
自分を攻撃されるよりも、大事な人を攻撃された方がダメージが大きい。
その感覚を本当に理解している人は少ないだろう、自分が一番大切だ。
それを分かっているのは……狡猾で、空気が読めて、拗れて、歪んでいるやつらだ。
――くそっ、沢山いそうだな、この世界には。
時計を見ると、そろそろHRの時間になる。
――仕方ない、教室で考えるか。
俺は途中で生徒会室に寄って、新しい上履きに履き替えて教室へと向かった。
それは昼休みと同時に起こった。
俺がいつも通り空き教室へ移動しようと席を立った時だ。
クラスで地味だけど自意識高い系女子が俺の近くに寄ってきた。
「ねえぇ〜、祐希く〜んっん、わたしの〜体操服見なかったっ〜ん?」
妙に身体をねじらせ気持ち悪い奇声を上げている。
カマキリみたいな顔のほっぺたがうっすら紅潮していた。
教室はガヤガヤと騒がしいままであった。
自意識高い系カマキリ女子がいきなり体操服を俺の机の上に投げつけて叫び出した。
「いや〜〜ん!! 祐希くんがわたしの体操服を盗んだ〜〜!!!」
クラスが一気に騒然とした。
「あいつ体操服を……」
「変態だ!!」
「ていうか痴漢?」
「これ警察に行ったほうがいいんじゃん?」
「クラスに窃盗犯がいるなんて信じられない!!」
なるほど、名前も知らないカマキリ女子だけど、か弱い女子を使って俺に罪を着せるのか?
真実なんて関係ないな、これは。
俺がやったやってないの問題じゃない。
コイツラにとって、俺がやった事実として学校に広める。いずれ先生の耳に届く。
騒ぎは大きくなるだろう。
流石にいきなり体操服を机の上になげるとは……無理矢理にもほどがある。
だが、俺が適当に流せば……被害は最小で収まる……もしくは強気にでて……
俺が動こうとしたら、カマキリ女が金切り音を上げた。
「きゃーーーー!! 痴漢よ痴漢! 私の事を殴って手篭めしようとしたわっ!?」
――ウザい。
俺は微動だに出来なかった。
体操服を投げつけようが、何しようが、俺が暴力をふるった事にされるだろう。
俺は横目で茜と鮫島を見た。
鮫島は興味無さそうに状況を静観している。
茜は……ニタリと嗜虐的な笑みを浮かべていた。
――こいつか。
面倒だが、先生に身の潔白を説明して……俺の汚名は学校中に広がるが、それはどうでもいい。
ここで暴れて学校を退学になりたくない。
だって、この学校には俺の大切な人達がいるんだ。
「……カマキリさん、俺は体操服を盗んでないよ。君が机の上に放り投げたでしょ? 先生呼んで来ようか?」
「カ、カマキリィ!? は、はぁ? 超絶美少女のぅ私の事?? ていうかぁ、あんたが盗んだのは〜みんなぁ〜見てるからねぇ!」
クラスメイトは無機質な瞳で、ただ頷いているだけであった。
俺の眉毛がピクリと上がる。先生に相談……なんて頭から消え去ってしまった。
――なるほどな……じゃあカマキリ女が『取ってない! 勘違いだった』って言えば解決かな?
俺の空気が変わった事に鮫島が気がついた。あいつはニヤリと笑いやがった。
遅れてクラスメイトたちも空気感に気づく。
期待と恐怖……。
俺はカマキリに手を伸ばそうと……。
その時、教室の扉が開いた。
「――あったまおかしいんじゃない! 田中何もしてないじゃん!! こんなのいじめだよ! うち、許せない!」
ギャル子がツカツカと教室へ入って来て、俺とカマキリの所までやってきた。
教室の奴らはギャル子の存在に驚きを隠せないでいた。
「あ、あれだれ?」
「み、見たことない生徒だよ!?」
「美少女過ぎる……」
――おい、お前どうした!?
ギャル子はいつものパンチラしそうなギャルスタイルではなく……清楚で……黒髪ストレートで……まさに正統派美少女の姿をしていた!? しかも何で小麦色の肌じゃないんだ!? 真っ白だぞ!!
その美しさはアイドルなんて目じゃない。
元々可愛かったのに、ここまで変わるなんて……
――あれ? 頭が冷える……俺の感情が……戻った?
ギャル子は小汚い体操服をカマキリに思いっきり投げつけた!
「おふん!? く、くさいわぁ!! や、やったわね!」
「ああん! ギャルなめんじゃねえゾ? こら、てめえ攫っちまうぞ?」
「ひ、ひぃ!?」
カマキリ女はその場で腰を抜かしてしまった。
ギャル子は『ぺっ!』っとツバを吐きつけてスマホをカマキリ女に見せつける。
「あんたの姿が生で動画サイトに上がってるわ。……誰が撮ったか知らないけど、コメントが凄い勢いで流れてるよ。顔は写ってないけど……ほら頭おかしいって言われてるわよ?」
「ひ、ひぃ……」
この前も撮られてたのに、警戒しないんだな。
カマキリ女はガタガタと震えて自分のスマホを取り出し始めた。
クラスの空気が変わる。俺は、私は、関係ないという顔をし始めるクラスメイト達。
「ギャル子、助かったけど……このままじゃお前までいじめに……」
ギャル子は俺の事を無視して教室の扉を見つめていた。
……教室に誰かが入ってきた。
「田中……今日は私もお弁当に挑戦してみた……一緒に食べよ」
佐藤さんが……お外で会う時と同じ姿で現れた。
私服じゃないけど、ショートボブが美しい光沢を放つ。
その存在感は尋常じゃない。
その横にはもう一人いる。
高橋さんだ。昨日と同じスタイルで男子生徒の視線を集める。
圧倒的な美貌でクラスの空気を支配する。
まさにラスボス並のレベルであった。
「田……ううん、私は今日から変わるの……祐希君! みんなで一緒にご飯食べよ! デザートもあるよ!」
何で来ちゃったの……クラスメイトに……俺達の関係が……。
ギャル子は顔をしかめている俺の手を取った。
「大丈夫よ、田中……うちらだって……大切な友達が傷つけられたら……つらいもん」
佐藤さんがいつの間にか俺の横に現れた。
「……田中と一緒、安らぐ。……だから一緒にいたい。みんなに知られても構わない」
高橋さんが入口の前で声を上げる。
「早く行こ! こんなひどい人たち放っておこうよ、祐希君!」
俺の無くした何かが心の奥底から芽生える。
それは熱と共に無くなったはずの感情なのか?
俺の意識からクラスメイトが消え去る。
「……」
喋れない。喋ろうとするとただの嗚咽になってしまいそうだから……。
こみ上げてくる激情を胸のうちに無理やりしまい込め。
ふと、俺は腕を取られていた。
顔を赤らめたギャル子が俺に耳打ちをする。
「……甘えていいんだよ。ね、田中は一人じゃない……私達がいるよ」
その声は優しく柔らかく……俺の心に更に響く。
ギャル子は俺の腕を引っ張って、高橋さんの元へ駆け寄ろうとした。
「ほら、行こ!」
「……田中」
「祐希君!」
俺は自分の目から流れてるものを無視して、くしゃくしゃの笑顔で答えた。
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