激励
俺はどうやって家に帰ったか良く覚えていない……。
とりあえず家に帰ると、居間ですっぽんぽんになり心を落ち着けた。
――ギャル子……。佐藤さん……。
無駄に鍛え抜かれた筋肉がビクビクと躍動する。
無意識の内にスクワットを始めていた。
――俺はどうすればいいんだ?
身体が汗ばんでくる。
――俺にはすでに異性が好きっていう感情が戻っているのか?
汗が身体から滴り落ちる。……あとで岬に怒られそうだ。
――鮫島の謝罪も記憶の彼方から吹き飛んでしまいそうな出来事であった。……いや、あいつの頑張りは忘れてやるな……忘れそうだ。
身体を動かす音だけが俺の耳に届く。
――ギャル子と……佐藤さんの事を考えると……胸が苦しい。
苦しみを紛らわせるために身体を動かす。
いつしかフローリングには汗が溜まっていた。
心に素直になるんだ。
……いや、まて、状況を把握するんだ。俺の目標はなんだ? 普通に平穏な学生生活を送りたいだけだ。……普通に登校して、文芸部で本を読んで……その隣には佐藤さんがいて……ギャル子がちょっかいを出して来て……高橋さんが遠目で見守っていて……。
俺はいつの間にか……多くを求めているのかも知れない。
自然に二人が俺の近くにいることを考えてしまう。
……うぬぼれるな。俺は……ボッチだろう。……いや、違う、ボッチを理由に逃げるな!
ギャル子の真剣な顔を思い出せ。
居間の扉が開く音と、悲鳴が聞こえた。
「きゃーー!! お、おにい!? な、な、なにやってんのよ!! 居間が水浸しじゃない!? し、しかもまたフルチン!? なんで服着ないのよ!!」
「おお、岬。……悩みを聞いてくれ!!」
「ふ、服着なさいよーー!!」
岬は俺に向かってタオルを投げつけてきた。
――ありがとう!
俺は汗を拭いてスウェットに着替えて、岬のためにケーキとお茶を準備して再び居間へと舞い戻る。
岬はソファーに座ってスマホをいじっていた。
「……で、悩みってなによ? 茜さんの件は一段落したんでしょ? いつも言っていた新しい友達の話?」
俺は岬の前にケーキを置いてソファーに座る。
岬はほんのりとお尻を上げて俺との距離を縮める。
「――好きって言われた」
「はっ!? お、おにいが告白されたの? ……いやさ、イケメンだからそれくらいはあると思うけど……まさか……茜さん?」
「いや、ギャル子だ……」
「ああ、噂のギャル子さんね……。で、おにいはどう答えたの?」
俺は無言になってしまった。
岬はそんな俺を見てため息を吐いた。
「……はぁ、もしかしてさ、何も言わずに帰ってきたわけ?」
俺はコクリと頷く。
いきなり顔にふわふわにゃんこクッションを押し付けられた!
「おにいのバカ! ギャル子さん、超勇気を出して言ったんだよ! ちゃんとお返事しなきゃ駄目でしょ! ……ギャル子さんの事好きなの?」
――俺はギャル子の事が好き……。ああ、好きだ。だが、その感情は……。
胸がもやもやする。
「す……き、だと思うが……」
岬は俺の言葉に口を挟まず待っててくれる。
「……だが、違う人が頭に浮かんでしまう。……好きってなんなんだ?」
「……おにい……いじられてばっかりだったから、恋愛ベタなのね……。はぁ、ていうか、茜さんとか、生徒会長さんだっけ? 周りに碌でもない女の子しかいなかったからね……」
岬はケーキを食べながら俺に言った。
「うーん、私的にはギャル子さんを応援したいけど……、おにい、あんまり深く考えなくていいよ。……おにいがちゃんと悩んで、本心を言葉に出せばいいんだよ」
「本心を言葉に?」
「うん、女の子は意外と強いの。……だからさ、おにいは普段通り生活して、普段通りに接してあげて……本当に好きだと思ったらさ、自分から好きって言えばいいんだよ。あっ、長引かせちゃ駄目だよ? それが一番可哀想」
「普通に接するか……。努力してみよう」
「駄目! 努力じゃなくて、自然に接して」
「う、そ、そうか。……わかった。俺は向き合って見るよ、自分の心と。思いっきり悩んでみる」
岬は笑顔で俺に答えた。
「うん、それでこそ私のおにい! へへ、じゃあ彼女さんができるまで私が甘えてあげるよ! だ、抱きしめられた事ないでしょ?」
岬は俺のお腹に抱きついてきた。
俺は岬の背中を柔らかくさする。
「……いや、佐藤さんの肩に手を回したり……」
「ちょっと!? おにい!! 何やってんのよ! わ、私のおにいがふしだらに……」
俺は暴れる岬を軽く押さえながら考える。
――ギャル子、佐藤さん……好きっていう感情を真剣に考えるよ。
俺は岬をどかして、立ち上がりスウェットを脱ぎ出した。
「ま、また!? なんでここで脱ぐの!?」
「ああ、ちょっと風呂で考えてくる。――ありがとな、岬!」
「……もう、ちゃんと私の事もかまってね?」
俺は手を振って答えて、浴室まで向かった。
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