みんな一緒


 鮫島姉は身体と手首をひねらせて茜の拘束から逃げ出した。

 茜を冷たく一瞥する。


「……ふん、あんた本当に変われたと思ってるの? ……根っこは変えられないんだよ」


 ――そんな事は無い。根っこが変えられなくても、茜から昔の優しさが感じられたんだ。それは茜が元々持っていた物。


 クラスメイトは鮫島姉を無言で見つめる。

 視線の圧力が強まる。


「冷めたわ」


 鮫島姉は一言だけ吐き捨てるように言って帰っていった。


 クラスが弛緩するのを感じる。




 茜は自分の言動が恥ずかしかったのか……鮫島姉の一言を真に受けたのか、真っ赤な顔で自分の席に戻って机に突っ伏してしまった。

 茜の周りには懐かしいリア充女子達が集まり、茜を褒めていたり、慰めていたり……。

 それは以前の空虚な持ち上げ方とは違って、心からの称賛である。


 鮫島姉によって鎮火されかけたクラスの空気が再び燃え上がっていくのを感じる。

 その中心に俺がいるのは……なんともやりづらい。


 カマ子に支えられた鮫島が俺に近づく。

 ……何かいい感じだな? 付き合っちゃえよ。



「祐希……姉貴は……今まで誰とも真剣に向き合わなかったんだよ。優秀過ぎて真剣に生きてなかったんだ。……あいつも拗れてるんだ。……俺に反抗されてあいつはなんだか嬉しそうだったしな……」


 ――確かに優秀な学生なんだろう。だが……あの人間性は……。


「あいつはおもちゃって言葉をよく使うんだ。……もしかしたら……本気で姉貴に向かい合ってくれる人を探しているのかもな……。ははっ、そんな訳ねーか? ……祐希」


 鮫島は俺の肩を軽く叩いた。

 鮫島の後ろにはクラスメイトが全員立っている。突っ伏した茜も横目で俺たちを見ていた。


「俺は……俺たちクラスメイトはお前の味方だ。だから何があってもお前を攻撃する奴らを蹴散らしてやるよ! ――なっ? みんな!!」


「ああ、当たり前だろ!!」

「もう、俺達は間違えたりしないよ……」

「うん……大人にならなきゃ……」

「祐希君!!」

「田中!!」


 クラスの空気が熱気に包まれる。

 こんな空気は見たことがない……。


 陰キャもギャルもリア充もカマ子も関係ない。


 そこには……カーストなんて存在しない。


 そこにいるのは……ただの……友達を守りたいと思うクラスメイトがいるだけであった。


 俺は立ち尽くしながら、一言だけ呟いた。



「ありがとう……」









 俺はクラスメイトに見送られながら教室をでる。

 廊下を歩いていると、


 ――佐藤さんはいつの間にか俺の横を歩いていた。


 やっぱり佐藤さんを見ると、俺は苦しくなる。けど、嫌な苦しさじゃない。

 甘酸っぱいというか……。なんだろうな……。


 そんな佐藤さんは、隠していた存在感を全開に出していた。

 佐藤さんはボッチを脱ぎ捨てる。



 廊下の他クラスの生徒達や上級生のざわめきが聞こえる。


「あんな奴いたのか? ファ、ファンクラブはどこだ!!」

「あれって伝説の佐藤さんじゃね? たまにしか現れないって奴」

「なんだよそれレア度はよ! ……隣の奴って、例の暴力……」

「ああ、何で佐藤さんが一緒にいるんだ?」



 今まで隠していた全てを見せつける様に、俺の腕を取る。

 廊下には悲鳴が響いた。


 ――俺の心に勇気が湧いてくる。


 俺たちはそんな叫びを無視して廊下を歩く。





 俺たちはボッチだった。

 ――ボッチになって見えた物が沢山あった。


 俺はボッチになって誇りに思う。

 だけど、そろそろ認めよう。


 ――俺はボッチだからみんなに出会えた。


 ボッチだからクラスメイトと向き合えることが出来た。


 ボッチだったから茜と向き合う事が出来た。


 俺は……みんなと仲良くなれて……


 分かってる。本当はもうボッチじゃない事を……。




 廊下を二人で歩くと、後ろに光君の気配を感じる。

 そして、高橋さんが俺を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきて、俺達と合流してきた。



 高橋さんは、学校の時にはいつもしないメイクをしていた。それは女性が戦いに赴く様である。誰もが振り返る美貌は見てて眩しい。


 階段を下りながら、すれ違う生徒達がどよめく。


「おい、あれって二年の高橋さんだろ?」

「ああ、男嫌いで有名な」

「一緒にいる男って……田中ってやつか……」

「カッコいいな〜、女神様みたい」


 俺に対する敵意の視線が浴びせられる。

 だが、思いの外それは強いものではない。


 ――そうだ。人を操ることなんて出来ない。人は……みんな悩みながら考えて生きているんだ。




 一階の廊下に降りても騒ぎが起こった。




 光君は気配を変えた。




 髪を手櫛で整えて、オーラを全開にする。

 その中性的な顔立ちはまるで……妖精のようであった。

 性別が分からない……幻想的な美しさを兼ね備えた絶対的な存在感。


「ぎゃーー!! 天使様よ、天使ショタよ!!」

「写メよ、写メェ!! ――なんで写らないのよ! 全部ブレちゃうよ!」

「バッカあんた手が震えてんのよ! ――あっ、ヤバ」

「そ、存在してたのね……ああ、ハレルヤ……」


 光君が女子生徒に笑顔とともに視線を向けると、悲鳴とともにバタバタと失神する女生徒が出てきた!?



 学校内での噂なんて関係ない。

 俺には……友達がいる。仲間がいる!

 もう俺はボッチなんかじゃない!!






 昇降口に着くと、ギャル子が壁に持たれて俺たちを待っていた。


「おっそーい! もう……ていうか光君って珍しいね? ――んじゃ行こ!」


 俺に向けてくれた笑顔が可愛すぎて……俺は吹き飛びそうになってしまった。

 ギャル子は俺の横に駆け寄り、佐藤さんと反対側の俺の腕を取る。


「へへっ、こっちいただき……」


 嬉しそうな顔は破壊力抜群であった。


 思わず俺も顔がほころぶ。


 昇降口にいた生徒達の動きが止まった。

 頭を壁に打ち付けている生徒もいた。


「クリスちゃん、マジかわわ……」

「クリスったら、絶対恋してるじゃん! 超可愛くなってるよ!!」

「頑張れーー! 応援してるよ!」

「はぁはぁ……クリス殿……推しでござる」

「お前ら絶対半径十メートル以内近づくなよ! 私のクラスのアイドルなんだぞ!!」

「ギャル姿も可愛いけど、清楚な感じが尊い……」


 ギャル子はそんな生徒たちの反応を見て、ちょっとビビっていた。


「ええぇ、な、何これ? うち何かしたの?」


 首を傾げるギャル子。


 ――これが天然美少女というやつか……。凄いな。


 ギャル子から感じる体温が俺の胸をバクバクさせる。

 経験した事が無いような高揚感。

 俺にとって大切な存在……。


 ――心のままにか……。



 暴れ狂う生徒達をよそに俺たちは校舎を出ることにした。






 校舎前の広場には、まだ沢山の帰宅途中の学生達がいた。

 一斉に俺たちに視線を向ける。

 そしてさざ波のようにどよめき始めた。



「な、なに? 何かの撮影?」

「あ、あの娘達やばくね? アイドル?」

「あれって暴力男じゃね? ……本当に暴力振るったの? だって……」

「うん、超イケメン……」

「しかも優しそう……」


 好意的な視線が多い中、それでも俺に対する悪意の視線が浴びせられる。


「あいつが今度のおもちゃだよな? ていうか会長がよくいじってた奴じゃね?」

「今度は何してもいいらしいって。明日から楽しみだな〜」

「……ね、ねえ、もうこういう事止めない?」





 俺に悪態を付いている生徒に向かって怒鳴っている生徒がいた。


「ふん、貴様ら、自分がいじめられる立場になって考えてみろ!! ――けっ! 貴様! 目を反らすな。まっすぐ俺の目を見ろ!!」


 ゆ、優等生風のボッチ君が俺のために、立ち向かっている。


 そして、広場をトコトコ歩いている太っちょボッチ君と目があった。


「た、田中君!! 俺も勇気だしたら変われたよ!! 頑張って!!!」


 太っちょボッチ君の横には同級生らしき人影が彼を優しい顔付きで見守ってくれている。




 校舎前の広場は、悪意と善意でごちゃまぜになっていた。




 佐藤さんが呟く。


「……邪魔で帰れない。……あっ」


 佐藤さんが何かに気がついた。

 俺も遅れて気がつく。


 言い合いをしている生徒達の間をすり抜けて真新しい制服を着込んだ……俺の妹の岬が……校舎前をキョロキョロしていた。



「――岬ーーーーーー!!!」


 岬は俺の声を聞いて、俺に気がつく。

 ほっとした顔が心を和ませる……。


 ――やはり岬は可愛いな。


 岬が俺に近づくと、校舎前の広場に静寂が起こる。

 誰もが岬に目を奪われた。



「お、おにい、へへっ……暇だったから迎えに来ちゃった! ――四月から一緒に学校通えるもんね!」


 岬はぴょこんと跳ねながら俺に近づいてきた笑顔で微笑んだ。

 俺の妹ながら、愛らしく美しく育った岬は……恐ろしいまでの美少女であった。

 佐藤さんやギャル子達と比べても遜色がない。


 岬は佐藤さんとギャル子を交互に見つめる。


「……もしかして……ギャル子さんに佐藤さん? わぁ、やっと会えました! 嬉しいです!!」


 佐藤さんは珍しく動揺をしている。


「た、田中。この美少女が妹?」


 ギャル子も狼狽えていた。


「やばっ……超可愛い……妹に欲しい……。ていうか、だから田中って顔に興味がないんだね……」



 岬は周りを見渡す。

 そして俺に呟いた。


「ねえ、おにい。何か雰囲気が怖いけどさ、この学校っていじめとかあるの? ……みんな優しいかな? 岬、ちょっと不安だよ……」


 周りが岬の空気を感じ取り、違う質のざわめきが起こる。


 俺はみんなに聞こえるように答えた。


「――大丈夫だ、みんな優しいぞ! なあっ!」



 校舎前の生徒達は一気に爆発したかのように、同意の雄叫びを上げた。


「超優しいよ!!!!」

「まじ楽しい学校だよ!!」

「おにい、って呼んで!!!」

「みんな仲良しだよ!!」



 岬はギャル子と佐藤さんに絡め取られている俺の両腕を見る。

 少し考えて岬は諦めたかのように呟いた。


「もう、しょうがないおにいね。……じゃあ帰ろ! おにいの友達とお喋り楽しみ!」




 俺たちは熱狂の渦に包まれている校舎前広場を出ることにした。



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