いらない感情


 うちの高校は程々の偏差値で、割と自由な校風であった。

 大半の生徒は大学進学を希望するだろう。

 だから授業も騒がしく無いが、程々にお喋りをする生徒もいる。


 今日は雰囲気が違った。

 俺が乱心して、茜が泣いて、鮫島はおどおどして……。重苦しい空気が流れていた。


 乱心じゃないけどな。ただ自分に正直に生きようと思っただけだ。

 ……熱を出さなかったらずっといじられたままだったんだろうな。


 ――怖。


 クラスメイト達はリア充グループを中心に、スマホをピコピコいじりながらメッセージを送り合っているようだ。

 俺のスマホもブルブル震えているが、今は授業中。


 ――後でブロックしておかなきゃ。





 俺は授業を聞きながら、斜め前に座っているボッチ女子を観察していた。

 ボッチ男子は窓際の後ろにいるから中々観察出来ない。


 ボッチ女子はまっすぐ前を見て、授業に集中していた。

 セミロングの髪がぼさぼさで、いつも前髪と野暮ったいメガネで顔を隠している。

 スカートは超ロングで、女子高生には似合わない熊さん靴下を履いていた。……可愛い熊さんだけどな。


 ……そうか、こいつらは友達と話す必要が無いから勉強する時間が一杯あるんだな。授業中も雑談する必要がない。だから成績が良いんだ。


 見習おう。


 こいつらからボッチの極意を盗み取るんだ。









 休み時間になると、頭が冷えた鮫島と茜リア充グループが俺のところへやってきた。

 鮫島は頭を掻きながら神妙な顔をしている。



「――おい、祐希」



 イケメンでモテ男の鮫島の引き立て役であった俺は、いつでもコイツラの言うことを聞いていた。



「――祐希っ」



 俺の今の髪型も、コイツラが『面白いから』という理由で美容室へ一緒に行き、無理やりリクエストされたひどい髪型であった。



「ちょっと……」



 ――今日から茜達に付き合わなくてもいいんだ。ということは自由な時間が沢山ある!?


 まずは……もじゃもじゃロングスタイルの髪を切って……ふふ、妹にお菓子でも買って帰ろうかな。昨日の冷えピタのお礼だ。ついでに自分へのご褒美として甘いもの食べて帰ろう。あっ、本屋に行かなきゃな! 



「ねえ、祐希! 聞いてるの! 底辺のくせに無視しないでよっ!」


「おい、祐希。確かに俺たちが調子に乗りすぎていたわ。――なっ! 謝るから今までどおり面白おかしく過ごそうぜ!」




 俺はうるさい二人を見る。


 ――謝る? そんなヘラヘラした顔で? 謝罪の言葉ないじゃん? 


 ねちゃりとした顔の鮫島を茜が押しのけて、俺の手を取った。


「ね、カラオケ行ったら元気になるよ! 祐希の歌声聞きたいなー! だから一緒に行こ!」


 頭が混乱してきた。さっきまでお前泣いてたよな?

 俺はいつもカラオケに行きたくなかった。断る事が多かったはずだ。そもそも歌が下手だからカラオケは嫌いだった。

 それなのに無理やり俺を誘っていただけだろ?

 ……しかも、たまに会計の時、誰もいなくなる。


 ――コイツラはわかっていない。俺はもう空気を読んで道化になんかならない。


 クラスメイトから視線を感じる。


 ここで強気な態度を取ったら、俺はクラスでハブにされるだろう。

 孤独で誰も友達がいなくなる。


 それを想像してみろ。





 ――ああ、疎外感? 孤独感? 恐怖心? 過去の茜に対する愛情? ……俺の心にはそんな物一切ない。





 俺はやんわりと茜の手を拒絶して、弁当を取り出した。


「……ねえ、食うのに邪魔だからどっか行って」


 色々考えたら腹が減ってきた。

 そういう時はエネルギー補充に限る。


「――祐希! あんた今日は何でそんなに偉そうなの! わ、私に、に、二度と話しかけるなって……つまらない冗談を……マジありえないわ! 罰として今日は祐希のおごりよ!!」


「……冗談は二度と言わない。お前らと関わりたくもない」


 うん、卵焼きうまいな。

 そうだ、時間があるから俺も弁当を作ってみよう。楽しみが増えてきたな。


「マジか……茜……行こうぜ。こいつクズだわ」


「……うん、でもまだ……諦めない……」


 茜グループは俺の前から去って行った。


 やっと俺の周りから他人がいなくなった。

 これでのんびりできる。


 ――茜。本当はお前が俺に言った『祐希君と結婚すりゅの!』という言葉は、今日完全に消滅したから安心しろ。


 俺はチャイムが鳴るまでご飯を食べ続けたのであった。












「ありがとうございましたーー! 超イケメンになりましたよ! 前に一緒に来た彼女さんも喜びますね!」


 俺は美容師の言葉を背に、美容室を出た。

 俺は童貞だ。彼女なんて出来たことがない。大方、誰かと勘違いしただけだろう。


 スッキリした髪を触ると心地よかった。

 心も軽くなる。


 そうだ、心機一転してコンタクトからメガネにするか。




 あの後、俺に話しかけて来る者は誰もいなくなった。

 事情を知らなくて、ちょっかいをかけてくる他のクラスの生徒もいたが、全て無視した。


 何事も無く俺は放課後を迎え、自分の時間を作ることが出来た。

 ――素晴らしい。これが……ボッチ。他人に行動を制限されない。





 買い物を終えた俺は、ケーキが売っているカフェに向かう事にした。


 俺は食べるのが大好きだ。

 甘い物も辛い物も、何でも食べる。

 食べてる時間が俺のストレス解消だったんだろうな……。


 カフェのショーケースには綺麗なケーキが並べられていた。

 俺は店員さんにお願いして、適当にケーキを見繕ってもらう。


 ――まだ時間があるな。……よし、パフェでも食うか。


「このチョコレートトルネードパフェとブレンドお願いします」


「かしこまりました! あ、今カウンター席しか空いてないですけど……大丈夫ですか!!」


「問題ないです」


 店内のイートインスペースを見ると、テーブル席は満席で、カウンターに一席しか空いてなかった。

 俺は妙にハイテンションな店員さんに案内されてカウンター席の端に座る。



 隣には……俺と同い年くらいの可愛らしい服を着た綺麗な女の子がストロベリーハリケーンパフェを一生懸命食べていた。


 ――ふふ、一心不乱に食べてるな。これは味に期待できる。


 俺が座ると、女の子が一瞬食べる手を止めた? 

 ……うん? 俺を見てる? 気のせいか?




 程なくして、俺の目の前にチョコレートトルネードパフェが現れた。

 見た目も華やかで、飴細工がトルネードのようにパフェを覆っていた。

 コーンフレークで嵩上げしていないお菓子屋さんの本物のパフェ。

 スプーンで一口食べると、口の中に楽園が広がった。


 ――このチョコ……うますぎる!?


 食べる手が止められない!?

 うまい、うまいぞ!!


 ――うん? また視線を感じた?


 俺は隣を見た。

 女の子が俺のパフェを食い入るように見ていた。


「トルネード……ごくり……」


 彼女のパフェはキレイに空になっていた。


 ……食べたいのかな? ……食べかけだからな……あ、このクッキーだったら。


「このクッキー食べます? 俺お腹一杯だし……あれ? 君って……どこかで」


 こんな綺麗な女の子の知り合いは居ないはずだ。

 見たことある雰囲気が……


 俺が考えていると、女の子は素早くクッキーを受け取り、口に放り込んだ。

 女の子はクッキーをもしゃもしゃ食べながら柔らかい笑みを浮かべていた。

 うん、俺もほっこりする。


 そして、女の子はすぐさま席を立って俺にお辞儀をしてきた。


「……ありがと、田中」


 ちょっと恥ずかしそうにして、お店を出ていくのであった。


 ――何で名前を知ってる!? ……うーん、考えてもわからないし……よし! 残りのパフェを味わおう!!









 俺はいつもよりも早い時間に帰宅すると、リビングでくつろいでいた妹が驚いた顔をした。


「え!? きょ、今日早くない? ていうか髪!?」


「朝言っただろ? 俺は今日から変わるって」


「あっ、本当だったんだ……」


 俺は妹にケーキを手渡した。


「おにい、これは? ……ケーキだ。誕生日でもないのに?」


「ああ、今まで迷惑かけたからな……本当にすまなかった。これからは俺も家事をやるし、遅く帰宅したりしない……」



 俺は岬の頭を優しく撫でた。

 いつもなら拒絶されるのに……


 岬は俺に撫でられながら笑う。


「ひっく……ひっく……あははっ……おにい……おにいが……ぐじゅっ……昔みたいに……」


 それは泣き笑いであった。


 そんな岬を見て、俺の胸からこみ上げてくるものがあった。

 ――俺は岬が誇れるお兄ちゃんになる。



 俺は妹が泣き止むまで、頭を撫で続けた。







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