役割は誰かに変わる


「おにい、行ってらっしゃい! 頑張ってね!」


「おう! 岬も遅刻すんなよ!」


 俺は妹の岬に見送られて家を出た。

 いつもよりも早い時間帯の通学路を上機嫌で歩く。

 うちの高校までは家から歩いて二十分で着く。この近さを理由にあの高校を選んだ。


 今朝は俺が弁当を作った。食べるのも好きだが、料理するのも大好きだ。

 ふふ、きっと岬も喜んでくれるだろうな……反応が楽しみだな。


 髪型も変えて、コンタクトを止めてメガネにして……制服も着丈にあったサイズの新しい物を着ている。

 前の制服は、鮫島達が面白がって、裾を切ったり変なワッペン着けられたり……

 思い出すと、少し怒りの感情が湧いてきた。

 ……嫌な事に対して怒りを覚える……今までの俺だったらシュンとしただけだったな。


 ――あっ、本買い忘れた……放課後買いに行くか……。





 生徒が誰もいないと思っていたが、そういうわけではなかった。

 ポツポツと数人の生徒がボッチで歩いていた。


 ――なるほど、時間ギリギリだと通学路に生徒が大勢いる。この時間だったら生徒はほとんどいない。だからこの時間を狙って登校してるボッチたちもいるんだな。


 スマホを見ながら歩く太っちょボッチ、堂々と道の真ん中を歩く優等生風のボッチ。本を見ながらフラフラと歩く三つ編み丸眼鏡ボッチ。


 ――あの三つ編みっ子、危ないよ!? 前見て! あぁ……木にぶつかって謝ってるし……


 三つ編みちゃんは顔を真っ赤にさせながら周りを見渡していた。

 俺と目が合ってしまった……

 身体をびくんっとさせて、焦りながら走って学校へ向かってしまった。


 ……なんかごめん。俺なんかが見てなかったら良かったのに。


 あれ? 三つ編みちゃん……何か落とした?

 俺は三つ編みちゃんがぶつかった木に近づいた。


 そこには、本が……落ちていた。

 三つ編みちゃんの姿はもう見えない。


「……本が無いとボッチは辛いよな? 仕方ない……まだ間に合うかな?」


 俺は学校まで駆け抜けた!







「……足早いな……どこ行った?」


 俺は上履きに履き替えて、廊下で一人考えていた。

 ボッチだと仮定して……本を持っていない……教室でポツンと座ってHRまで待つか?

 いや待たないだろう。自分のテリトリーに向かうだろう。

 中庭? 屋上? 空き教室? 部室?


 あの子の三つ編みと眼鏡をよく見ろ。


 ――図書室だ。


 俺は図書室へ向かった。

 この学校の図書室は朝っぱらから開放している。他の学校に比べて蔵書が充実しているからだ。


 俺はそっと図書室の扉を開けると、そこには三つ編みっ子が青い顔をしてカバンを漁っている姿があった。


 俺は三つ編みっ子を驚かせないように、遠くから声をかけた。


「……ねえ、君、この本落としたでしょ?」


 三つ編みっ子は俺のことを見て、青い顔が真っ赤に変わってしまう。


「ひぅ!?」


 本棚の影に隠れてしまう三つ編みっ子。

 隙間からチラチラとこちらを伺う。


「ああ、木のところにこの本が落ちてたから、三つ編……君の本かと思って、届けに来たんだ。ここに置いておくよ」


 三つ編みっ子は、顔を半分出して、ちゃんと返事をしてくれた。


「あ、ああ、ありがとう……ございましゅ……う、ぐふん……すみましぇん、久しぶりに喋るから上手く喋れなくて……」


 あまり長居するのは三つ編みっ子のテリトリーを侵食することになる。

 俺は手を上げて、笑顔で答えた。


「ふふ、その本面白そうだね。じゃあね」


 背中を向けて図書室を出ることにした。

 後ろから『ふしゅー!?』という変な声が聞こえてきたが、聞こえてないふりをして教室へ向かう事にした。 



 ――あっ! 何か本借りれば良かった!?







 俺はとりあえず誰もいない教室で勉強することにした。

 ただひたすら教科書を読む。

 そうしている内に、クラスメイトがどんどん登校して来る。


「マジ……」

「あれ、祐希君? うそでしょ?」

「なんで今まで普通の格好してなかったの……やばば」

「……祐希君って童貞だったよね? 鮫島が言いふらしてたよね?」

「うん、茜とは付き合ってないらしいし……これは」

「イケる」


 クラスメイトのざわめきは無視だ。

 ビッチな女子なんていらない。


 勉強に集中してると足音が聞こえてきた。

 これは茜か?


「おはよ……祐希……なんで普通の格好してるのかな? マジそれは駄目だって! 祐希はダサい格好してなきゃ……みんな……」


「…………」


 俺は自分の世界に入っていた。

 これがボッチによる集中力? 周りを気にせず勉強ができる。素晴らしいぞ!


「茜〜! トークしようよ! ほら、こっち来な」

「う、うん……うん! みんな、おはー!」


 そして俺の周りは再び心地よい静けさになった。







 朝のHRも無事終わり、授業の合間の休憩時間。

 教室の雰囲気は以前と同じ状態に戻っていた。

 ……クラスメイトは俺を居ないものとして扱って、クラスは平穏を取り戻していた。


 あの後も茜から度々視線を感じるが、今はおとなしくリア充男子とトークを弾ませていた。


 そして、鮫島グループの中で一番地位が低い猿顔男子がいじられ始めた。


「おい、山田〜、何か面白い話し言えよ〜!」

「ていうか、山田って超かっけーよな。ちょっとモデルポーズしろよ」

「うほほっ、うほほっ!!」


 山田は自分にスポットが当たる事に対して、はにかみながら嬉しそうに答えるのであった。


 クラスメイトは空気を機微に読む。空気を読めない生徒は異物として排除されるだけだ。

 いじられる生徒を見ることによって、馬鹿にして……自分より下だと認識して……優越感を得る。

 ……親父が言ってたな。学校は社会の縮図だって。


 個別に話すと悪い奴らじゃない。……集団になった時に感情の醜さが顕になる。

 先生や保護者が思っているよりも、子供達は狡猾で残虐で……大人の真似をする。


 ――はぁ……山田は野球部でひょうきん者だからいじりやすいよな。まあ、俺には関係ない。




 俺は教室の喧騒を無視して、早弁に勤しむ事にした。


 教室に弁当の匂いが充満する。

 野球部だって早弁してるからいいだろ?


 今日はオーソドックスな唐揚げ弁当だ。

 秘伝の塩ダレに漬け込んだ柔らかい極上もも肉を唐揚げにして、副菜には人参のグラッセとごぼうのきんぴら。ご飯は五穀米をブレンドしてふんわり炊き上げ、スープ用の保温ポットには豚汁を忍ばせてあった。


 ――ふむ、我ながら最高にうまい!! 


 ゆっくり咀嚼しながら弁当を楽しんでいると、斜め前に座っているボッチ女子……確か名前は……佐藤瑠香さとうるかだ。

 佐藤さんが俺をガン見していた!?

 前髪で目が見えないけど、雰囲気的に目をぱっちり開けているだろう。

 手がわなわな震えている。


 小さな声でブツブツ何か言っていた。


「……極上唐揚げ……ごくり」


 ……なんか聞き覚えがある声が……



 俺は一番大きい唐揚げを一つだけ紙ナプキンで包んで、おしぼりと一緒に小さなビニール袋に入れる。それを手に持った。

 誰も俺の行動を見ていない。そう、俺はボッチで教室の空気になるんだ。

 気配を消すんだ。認識させるな。


 トイレに行くフリをして、席を立つ。

 佐藤さんの横を通る時、俺はそっと唐揚げ袋を机の上に置いた。



 横目で見えた佐藤さんは、ほんの小さくお辞儀をしてくれた。



 何やら胸の奥底から変な達成感が生まれてしまった。




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