リア充


 ここは四階の隅にある空き教室。

 不便な場所だから生徒はあまり来ない。

 だから、俺と佐藤さんはこの教室をお弁当を食べる場所として活用していた。


 今日のお弁当は五目ご飯とブリの照り焼きと大根とお揚げの赤味噌味噌汁!


 弁当箱を広げると、教室に良い匂いが広がる。


 佐藤さんは目を光らせながら一心不乱に弁当を食べ始めた。


「……もぐもぐ……ごくん。……もぐ……もぐ……ぐむむっ!?」


 一気に食べすぎて喉をつまらせる佐藤さん。

 俺はお茶をさっと手渡した。


「ほら、お茶だよ。もっとゆっくり食べな。……佐藤さんって意外とそそっかしいね」


 お茶をもっきゅもきゅと飲む佐藤さん。


「ふぅ……今日も極上。田中は凄い。……本当にお礼は良いのか?」


「ああ、その食いっぷりを見れるだけで十分だよ。五目ご飯おかわりいる?」


 佐藤さんは嬉しそうにコクリと頷いた。





 ここは時間の流れがゆっくりに感じる。

 外は寒くて、この教室も寒いけど、良い天気で日差しを感じられて気持ち良い。


 心が落ち着く時間。

 佐藤さんは口数が少なくて、しばしば無言の時間になるけど沈黙が苦にならない。


 ……午前中にあった出来事を忘れられる……気がする。


 俺は何故、机を投げるような事をしたんだろう?

 確かに鮫島たちにはムカついていた。正直、いつかいじめの対象にされると覚悟もしていた。


 だけど、本当にその現場に遭遇した時……俺は自分の感情を抑える事が出来なかった。


 ――あれは俺がやりすぎた。学生同士の喧嘩の範疇を超えている。


 もし鮫島の顔面に机が当たっていたら……もし茜や他の女子生徒が怪我をしたら……。

 自分の行為で他人を怪我させるなんて、俺は自分を許さない。


 きっと、罪悪感で苛まされていただろう。

 ……あ、罪悪感はあるんだな。



 考え込んでいると、ふと俺の手が温かく柔らかい何かに包まれた。 

 それは佐藤さんの手であった。


「……いじめは良くない。……だから田中は悪くない」


 俺が午前中の事件の事を考えていたのが分かったのだろう。

 多くは言わずに、佐藤さんはそのまま俺の手を温めてくれる。


「ありがとう。……もう大丈夫だよ」


 佐藤さんはお腹いっぱいで眠そうな顔で俺に言った。


「……そう。でも、私が寒い……食べたら眠くなる……おやすみ」


 え、ちょっと待ってね? 大丈夫って、手を離してもいいよってことだよ!?


「さ、佐藤さん? ねえ、佐藤さん……本当に寝ちゃったよ……」


 佐藤さんは俺の手を握ったまま、眠りに落ちてしまった。

 その寝顔が可愛らしくて、とても起こす気にはなれない。


「……はぁ、まあいいか、俺も疲れたから寝るか……」


 俺たちはそのまま空き教室でのんびりと昼寝を楽しんだ。






 ***********





 鮫島はあの後、午後の授業時間に戻って来た。

 教室に入ってきた鮫島は普通の状態であった。制服のシミも無い。あれは誰も気づいていないだろう。


 落ち込んでいると思いきや、いつも通り山田達リア充男子とじゃれて、茜達とリア充トークをする鮫島。

 あいつらが明るいと、他のクラスメイトも安心していつもみたいに馬鹿騒ぎをする。


 ある意味凄いな……これがリア充グループの力か……。

 空気感を伝播させる影響力が強い。


 ――俺の方を一切見ないけどな。


 この平穏は表面上の事かも知れないけど、ひとまずクラスは落ち着いた。

 俺はほんの少しだけ安心する。……集団って難しいな。


 とりあえず、揉め事は無さそうだな。関わらない様にして帰るか。


 俺は帰りのチャイムが鳴ったと同時に教室から姿を消した。







 ************







「ここか……マジで?」


 俺は鈴木さんから待ち合わせに指定された雑居ビルの前に立つ。

 ここは学校から数駅離れた都内有数の繁華街であった。


 明らかに場違いな制服姿の俺……。

 ――住所は合ってる……ここで待つのは勇気がいるな……。


 さっき、鈴木さんからもう少しでここに着くってメッセージが来ていた。


 俺がスマホを確認していると、後ろから誰かに声をかけられた。


「おい、学生の兄ちゃん、ビルの前で突っ立ってんなよ! 邪魔だぞ、こら!」


 振り向くとそこには……スキンヘッドの強面のおじさんがビルの中から出てきた。


「ああ、邪魔でしたか? 今どきます……あっ、ちょっと聞いてもいいですか? この住所ってここで合ってますか?」


「あ、ああん? お、お前怖くないのかよ? 俺ヤクザかも知れないだろ?」


「ヤクザ……なんですか? 雰囲気が優しそうだったから……」


「…………ふん。ああ、このビルで合ってっぞ。そこの隅で待ってろや。学生さんがこの界隈にやたら近づくなよ、じゃあな」


 スキンさんは軽く手を振って繁華街の奥へと消えていった。


 その繁華街の奥から入れ違いで、鈴木さんの姿が見える。




 鈴木さんはダークスーツを着た、渋い中年の男と手を繋いで仲良さそうに歩いていた。

 あ、スキンさんがぺこぺこ挨拶しているね……。


 鈴木さんは俺をロックオンしたのか、中年男の手を離して嬉しそうにこっちへ走り出した。


「うおおぉーい! 田中ーー!!」


 鈴木さんはすぐに俺の元へと辿り着く。


「ぜえ、ぜえ……マジ、く、苦しい……」


「大丈夫? ていうか、なんでこの場所なの!? 俺、場違いでしょ?」


 鈴木さんは素敵な私服に着替えていた。高そうなふんわりとしたコートの下は可愛らしワンピースを着ている。……本当にモデルさんみたいだな。


「お、なになに? 田中〜、うちのこと見惚れちゃったの? ふふーん、今日はおめかししたもんね!」


「ああ、凄く綺麗だよ」


「へ!? ちょ、マジ返し!? や、止めてよ……は、恥ずかしいじゃん……」


 顔を真っ赤にさせて、いきなり挙動不審になる鈴木さん。


「ところでギャル子。俺の事を凄く睨んでいるこの渋いおじさんは?」


「パ、パパ!? 何してるの!? た、ただの、と、友達だよ!?」


 ――パパ……だと?

 この激渋強面おじさんが? 


 パパは食い入るように俺を睨みつける。その威圧感は半端無かった。

 周りの通行人が俺たちを避けて通る。


 パパは俺を睨みながらドスの聞いた声で語りかけた。


「……貴様、名前は」


「初めまして、田中です。鈴木さんは隣のクラスメイトです、困っている所を助けました」


「……貴様とクリスの関係はなんだ」


「関係……まだ会って少ししか喋って無いですし……うん、ボッチ友達ですかね?」


 パパは俺の両肩を掴んだ。

 目が尋常じゃないくらい血走っていた。


 隣にいる鈴木さんはほんわかした声でパパに喋りかけた。


「パパ〜、うちの友達を怖がらせないでよ! もうっ、ママに言いつけるよ!」


「くっ、それは……困る」


 パパは俺の肩から手を離す。


「……クリスを泣かせたら……殺す」


「えっと、女の子を泣かせる男は最低ですよね? そんな事はしません」


「……ふんっ」


 パパはこの場を離れた。


 鈴木さんは何故か嬉しそうに体当たりをしてきた。


「田中すごっ! パパと普通に話している人なんて私とママ以外いないよ! マジやばば! ていうか、パパ、田中の事凄く気に入ってたよ!」


「――マジで……あれで?」


「うん! あ、パパの事はどうでもいいよ! ほら、店入ろ! お礼するよ!」


 俺は鈴木さんに手を取られ、雑居ビルの中へと入っていった。

 ……パパ、どうでもいいって可哀想。





 俺たちが向かった五階にあった店は、


「ふふん、今日は私のおごりだから! 一杯モフモフしてね! どうせ好きでしょ!」


『ワンニャンうさハムカフェ クリスティーヌ』


 という看板を掲げてあった!



 店に入ると、鈴木さんは常連なのか、従業員に最敬礼されて奥にあったVIPルームに通される。

 猫カフェでVIPルームって……


 俺たちが部屋に入ると、一匹もいなかった動物達がどんどん部屋に入って来た。

 鈴木さんはワンコと戯れ、俺はにゃんこを膝の上に乗せて、うさぎさんを撫でる。


 ――この状況は……一体……。


 鈴木さんは動物と同じ視線で戯れているから、ワンピースが捲れちゃうよ!?


「ちょっと、鈴木さん! 腰にこれ巻いて!」


 俺に手渡されたタオルケットを渋々と腰に巻く。


「何かダサくなーい? ……田中が嫌ならするけどさー、ちょっと純情すぎじゃない?」


「そ、そうか? ふ、普通だぞ?」


 ワンコが鈴木さんにまとわりつく。


「お、こいつめ! ははっ、可愛いな〜、よしよし……」


 たまに学校で見かける鈴木さんはいつもしかめっ面で、周りから嫌われてボッチであった。

 だけど、今の鈴木さんの笑顔は、


「可愛いね」


「だしょ? このパグ助のブサカワ具合が……」


「あ、鈴木さんがね」


「…………へ?」


「ばうばう!!」


 鈴木さんは動きを止めてしまった……。

 そして顔が一気に赤くなる。まるで茹で蛸のようだ。


「え、あ、う、うちは可愛いけど……さっきもそうだけどさ、そ、そんな、どストレートに言われた事ないじゃん?」


 いや、疑問系で言われても……。


「うん、しかめっ面より素敵だよ」


「た、田中……恐るべし……あいつの言ったとおりだよ……」


 ――あいつ?


「あっ、気にしないで! パグ助たちも疲れたと思うから、一旦下のカフェでご飯食べよう! へへ、ここの料理結構うまいから!」




 俺はその後、スキンヘッドの料理人が作ったカフェ飯を堪能して、早い時間で鈴木さんと別れを告げた。


 帰りの電車で窓の外を見ながら思いふける。

 ――鈴木さん、学校にいる時と全然違ったな。


 学校の鈴木さんはまさにギャルそのもの。

 目つきは悪いし、態度も悪い。気に食わない事があると、すぐに言い返す。

 孤高のボッチを貫いているけど……心が弱い面もある。


 上履き大丈夫かな……。どうにかならないかな。



 そんな事を思うと、俺の胸が少し傷んだ。


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