薄まる罪の意識
「おーい、ボール行ったぞ!」
「任せろ!! 俺のドリブルを見せてやんよ!」
「うほっ!」
体育の授業でサッカーをしなければいけなかった。
クラスの男子が二手に別れて試合を行う。
授業というよりも、遊びに近い感覚で行われているので、みんな楽しそうである。
……俺もグラウンドに立っているけど、試合が始まってからボールが回ってくる事は一度も無かった。
クラスメイトは俺をいないものとして扱う。
……いや、どちらかというと、腫れ物を扱うって感じか。
誰も目を合わせない。
ここに俺が存在していない気分になる。
昔だったら、疎外感に苛まされていたけど、今は……この空気感が嫌いじゃなかった。
クラスメイトの顔色を伺う必要が無い。
心と身体が傷つく事も無い。
強がりだと思っている生徒もいるかも知れないけど、俺はボッチのレベルが上がった様に感じられた。
マラソンを早めに終えた女子が男子のサッカーを見学し始めた。
黄色い声援がグラウンドに木霊する。
「男子ー! 頑張って!!」
「鮫島くーん! シュート、シュート!」
男子たちは女子を意識しながら、良い所を見せようと更に張り切る。
「うおぉーー! 負けねえぞ!」
「うほっ、鮫、パッスだ! あ、ミスった!?」
ぼーっと突っ立っていた俺の足元にボールがコロコロ転がってきた。
女子の歓声が消えて、グラウンドに静寂が訪れた。
――とりあえず適当に蹴るか……。
俺がボールを軽く蹴ろうとした時、後ろから気配を感じた!?
ボールを無視して、俺は横に躱す。
「うはっ!?」
下位カーストで巨漢の田淵がバランスを崩して転んでしまった。
田淵は痛そうにしながらも、目はいやらしい笑みを浮かべていた。
――なんで彼が?
考える暇も無く、また後ろから気配を感じて素早く振り向く。
「ボールは俺が取るぜ!!」
こっちも下位カーストの安西がスライディングをしてきた。
俺は再度横に躱したが……その先には転がったボールを思いっきり蹴ろうとしている奴がいた。サッカー部の遠藤だ。
――くっ!?
遠藤から繰り出されるボールは凄まじい勢いで俺に迫る。
俺は首を瞬時にひねり、ボールは顔をかすめて眼鏡を飛ばして、あらぬ方向へ飛んでいった。
「あっちゃー! パ、パス失敗、た、田中わりーな!」
「…………」
全く謝意を感じられない言葉。
顔は笑っているけど、遠藤の膝は少し震えていた。
女子達は未だ静寂を保っている。
鮫島が遠藤に近づいてきて、肩を叩く。
「どんまいどんまい! 次行こうぜ! おっ、田淵と安西もナイスタックルじゃん! さすがだぜ! ――田淵はコケたけど大丈夫か?」
「うへへっ、あ、ありがと、ちょっと痛いけど……あ、あいつが避けたせいで……」
「……うーん、まあサッカーの試合は激しいしな! ここは俺の顔に免じて許してくれよ! ――ねえ、誰か保健室に連れてってーー! 空いてる女子頼むわーー!」
グラウンドに妙な空気が流れる。
「え、田中が怪我させたの?」
「あいつ謝って無くない?」
「さいてー」
「ていうか、やっぱ鮫島ってカッコいいね!」
「遠藤のシュートもすごかったね!」
「安西君も意外と悪くないじゃん」
俺は眼鏡を拾い周りを見渡した。
ヒソヒソと声が聞こえる。
どうやら俺が田淵を怪我させて謝ってない状況になっているのか?
クラスメイト達から感じるのは、……俺に対する恐怖心からくる防衛本能か?
俺をいじっていたのは、茜たちだけじゃない。クラス、いや、学校中からいじられていた。
この前の俺のいじめの反応を見て……クラスメイトの心を刺激してしまったのか?
大人しくしてたのも油断させるフェイクか?
――異物は排除しろ。
そう言わんばかりの違和感をみんなから感じた。
これが本当の始まりか……
サッカーを一時中断して、俺に対して文句を言う生徒達。
「謝れよ! 田中ーー!」
「ぼ、暴力は犯罪だぞ!」
「そ、そうだそうだ! あいつ怪我したんだぞ!」
――こいつらが扇動役か?
「まあ、まあわざとじゃないから許してやれよ! なっ! サッカーしようぜ!」
「うっほ、あと十分だよ! 女子も応援してるから頑張ろう!」
――こいつらがそれを利用してるのか?
茜がグラウンドまで降りてきた。
怪我をした田淵を連れ添って保健室へ行くためだ。
「あちゃー、駄目だよ祐希〜、怪我させちゃ。クラスメイトなんだよ? もうっ!」
その表情は愉悦に満ちていた。
俺の不手際を心から喜んでいるのか?
というか……これサッカーの授業だろ? タックルを避けただけで、この騒ぎだと?
茜は捨て台詞を吐いてこの場を去った。
「クラスメイトの声を無視するし……やっぱ、人間性最低だわ」
集まって来たクラスメイトもそれに追随する。
「ぼ、暴力男最低だな」
「無視はありえないでしょ?」
「調子乗ってない?」
「茜ちゃんがいつも気にして話しかけてるのにな……ありえねー」
鮫島がボールを蹴ってみんなに声をかけた。
「ほら再開すっぞ!」
クラスメイトは俺を意識しつつも、努めて無視を決め込んでサッカーを再開し始めた。
なるほど、今度はクラス全員か……
異物はいらないから排除する、か。
俺が怒りを発する間もなく、クラスメイトたちは散り散りになる。
俺は大きく深呼吸をして、心を落ちつかせた。
――私達が居場所を作る。
佐藤さんの言葉を思い出す。
いじりの次はいじめ。
反抗したら、その反応を面白がる。
強すぎる反応は……恐怖に変わる。そして自分を守るために……俺を排除しようとしたのだろう。
――いじめの先は地獄だ。
それは緩やかに……確実に、全員で、共犯で、罪の意識を薄めて、一人の敵を作り、みんなを団結させて、徹底的に、追い込むのだろう。
俺は溜息を吐いてグラウンドにあるベンチを見た。
――ボッチの道は遠いな……修行が足りないか。
誰一人気づいてないけど、ベンチに座っている光君はサムズアップをしてくれた。
良く我慢したって言ってくれているようだ。
表情は分からないけど……心強い。
水飲み場で、俺があげた揚げチキンを頬張る佐藤さん。
ここからでも感じる彼女の怒りのオーラ。
……ありがとう、佐藤さんの声を思い出したから、切れなかったよ。
隣のグラウンドの隅で一人ボッチで座っているギャル子。
ずっとこっちを心配そうに見ていたな。
見た目からは想像も出来ないほど、優しい子だもんな。
……俺の事より、ギャル子の事をどうにかしたいな。
二年生の教室からこのグラウンドが見えるもんな。
授業そっちのけで、俺の事をずっと見てたね? 高橋さん。
俺はボッチでも大丈夫だから、心配しないで。
俺はボッチになったけど、こんな素敵なボッチ仲間達と出会えた。
大事なボッチ仲間に迷惑かけたくない。
……俺は、負けない。
俺はこんな理不尽に絶対負けない!
俺はグラウンドを走り出した。
山田が鮫島にパスをしたボールを奪い取る。
「うほっ!? なんで!!」
「ボッチはおとなしくいじられてろ! なっ!?」
俺はボールをつま先で高く上げ、鮫島のスライディングをジャンプで躱す。
着地と同時に落ちてきたボールを思いっきり蹴飛ばした。
クラスメイトたちは一歩も動けず、ボールは凄まじい勢いでゴールに突き刺さる。
俺はみんなに見える様に両手を上げて喜んだ。
もちろん歓声も何も聞こえない。
「あいつ何一人で喜んでるの?」
「ばかじゃん」
「……サッカー経験者?」
「ああ、やばい運動能力だな……やっぱ暴力系はなしだな……」
――お前らに対してじゃないよ。
俺はボッチ仲間一人一人に視線を送った。
それは手を振って喜んでいたり、声を上げて祝福してくれたり、机から立ち上がって先生から注意されていたり……。
ボッチなみんなへ送った俺のメッセージ。
『俺はボッチだけど一人じゃない』
俺はグラウンドを堂々と歩いて教室へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます