楽しみが少ない
鮫島姉の表情は何故か楽しそうであった。
こいつのこんな表情は初めて見た。
こいつが俺をイジっていた時の顔は、笑ってるけど笑ってない。仮面みたいな顔をしていたはずだ。
「おい、もう授業の時間だろ? いいのか、出歩いて?」
鮫島姉はとぼけた顔をして俺の言葉を無視する。
「ねえねえ祐希〜、暴力は駄目だよ〜。暴力じゃあ何も解決できないよ?」
「……暴力で解決する女が何言ってるんだ?」
「ふふっ、だって一番屈服させやすいんだよ? 言葉も好きだけど、暴力は心の芯を折っちゃうからね!」
鮫島姉は一歩ずつ近づいてくる。
いきなり罵声を浴びせてきた。
「もう、なんでかな!? こんな奴のせいで私の可愛い弟が大怪我しちゃって……。弟を変えちゃって、学校の風紀を乱した祐希には罰ゲームが必要ね!」
声に怒気が孕んでいるが、それは……偽りの怒りであった。
喜びの感情の方が強く感じられる。
――しかし、こいつは相変わらず人の話を聞かない女だ……くそ、厄介だ。
俺が学校の風紀を乱した? こいつは何を言ってるんだ?
「はぁ……私がどれだけ努力してたか分かってないね? せっかく、クラスにいじられキャラを生み出して、みんなの息抜きを作って、問題も起こらず平和な学校だったのに……」
俺はボッチの直感で見抜く。
「それは嘘だろ? ただ遊んでただけだろ?」
「……本当にどうしちゃったの、祐希? うん、遊んでただけだよ。……だって学校は人が大勢いるから色んな遊び《おもちゃ》があるからね!」
俺は思わず声に出てしまった。
「お前の遊びで……この学校にはいじめられてる生徒がいるのか……?」
鮫島姉はあっけらかんと言い放った。
「だって、敵がいると一致団結するでしょ? それを作ってみただけだよ〜。ほら、祐希のクラスだって、祐希以外は仲良しだったでしょ? ……でもさ〜、祐希が壊れて……まさかウザい存在に変わるなんて思わなかったよ」
鮫島姉の声が低くなる。
それは凄まじい敵意。暴力の気配。
――俺の身体が震えている? ……これは……無くしたはずの恐怖心……。
俺はどうにか鮫島姉に言葉を返した。
「ウ、ウザい存在……?」
「あんたを見たボッチやいじられていた奴らがね、あんたの真似してクラスに反逆したのよ? あの糞動画のせいね……まあどうでもいいけどね」
――最近見ないと思ってたけど……あいつら。
俺は朝の通学路で出会ったボッチたちに思いを馳せる。
恐怖心が少し和らいだ気がする。
「だから〜、私決めたの! 弟を普通にしちゃったり、クラスを平穏にする奴なんて……私が罰ゲームをあげるよ」
こ、この女は頭がおかしいのか!?
何故ここまで人をおもちゃにしようとする?
しかも敵意は感じるのに……、その楽しそうな顔はなんだ?
まるで極上のおもちゃを与えられた無邪気な子供みたいじゃないか?
観察しろ。
この女の本心を見ろ。
……
……
――くそっ、圧倒的に俺には理解できん! 鮫島を無理やり起こして色々聞いておけばよかった。
「ここで弟みたいにボコボコにしてもいいけどさ、せっかくだから学校のみんなで遊ばせてもらうよ? ね、おもちゃのゆうき君! ……はぁ……どうせすぐ壊れちゃうんだろうね? 飽きさせないでね?」
動けないでいる俺はあいつの行動を見ているだけであった。
あいつは鼻歌を歌いながら俺に近づいて来た。
気がついたら俺は宙に浮いていた!?
虚を付いた動きに俺は全く対応出来なかった。
重力によって俺は背中から床へ落ちる。
「〜〜〜〜っ」
口から空気が漏れて、背中に激しい痛みが襲いかかる。
「っ!!」
鮫島姉の上履きが俺の腹に突き刺さった。
上から声をかけられる。
「――弱いね。まあ暴力には期待してないわ。ふふ、みんなで遊んであげるからね!」
鮫島姉は俺から足をどけて、廊下を去っていった。
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