色々あった朝の時間だけど……俺はちゃんとした答えを言えないでいた。

 二人の事を考えると、胸が苦しくなる。

 俺はこんな感情を抱いた事が今まであったのか?

 ……思い出せない。俺は異性に恋をする事が分からないはずだ……そう、分からないはず……。


 ――先延ばしするな。……本心と向き合え。




 俺は席に着くと、いきなり校内放送が流れてきた。


『――一年A組の田中祐希君。至急職員室まで来て下さい。――繰り返します……』


 俺だと? 身に覚えがない……。なんのようだ? もうすぐHRが始まってしまうぞ?


 佐藤さんが心配そうな視線を向ける。

 ――くっ、恥ずかしくてちゃんと見れない……。


 俺は口パクで『心配しないで』と伝え教室を出た。




 職員室に着くと、俺は担任の先生に手を引かれ、奥にある生徒指導室へ連れて行かれた。

 そこには……昨日屋上の前の階段で鉢合わせた……リア充三組が座っていた。

 三人の目には光が無く、全員顔が傷だらけである……。


 ――鮫島姉がやったのか? ひどい……。


 眼鏡は俺を見ると……苦虫かみ潰したような顔で……弱々しく言い放った。


「先生……こいつです。俺たちをボコボコにしたのは……」



 俺は朝の出来事でふわふわした気持ちが一気に霧散したのを感じた。

 ――こいつは……何を言ってるんだ?


「屋上へ行こうとするこいつを止めたら……あーしらを……」


「ああ、いきなり殴って来て……」



 先生達の冷たい視線を感じる。

 ……前にクラスメイトから感じた視線と似ている。


 似ているけど、違う。


 ――これは……悪者を責める視線であった。



 三馬鹿リア充の視線と態度は、犯人を責めるそれではなかった。

 打算と……哀れみ、少しの申し訳なさと……後悔。


 担任の先生だけは、俺の事を心配するように話しかけてきた。


「た、田中君。先方の生徒は謝ってくれれば特に問題にしないでくれって言って来てる。……真面目な生徒の田中君の事だから、何かの間違いかも知れない、と僕は思っている」


 ガッチリした体格の指導教員が担任の先生を一喝した。


「生ぬるいわい! 甘やかしすぎだ! どうせこいつが殴ったに決まってるだろ? それを謝ったら問題無しにしてやるんだ。大人しく謝らせろ!!」


「し、しかし……」


「うるさい!!」


 担任の先生の意見は上役である指導教員の声に潰されてしまう。


 指導教員は俺に言葉をかけてきた。


「はんっ、本当だったら謹慎か、停学処分だぞ? それを問題無しにしてやるんだ。謝れ」


 ――謝る? 


「なんで? 俺はやってないのに? ……証拠は?」


「複数の生徒が、貴様の暴力行為を見ているぞ!……言い訳は止めて素直に謝れ。――はんっ! 鮫島が生徒会長になってからこんな事件は初めてだ。あいつのおかげで生徒達は問題も起こさず仲良くしてるのにな! この暴力男が!!」


 俺は目を閉じて指導教員の言葉を聞き流す。

 朝の佐藤さん達の顔を思い出す。

 落ち着け。ここで頭に血が上って問題を増やすな……。冷静になれ。


 ――謝ればこの場は解放されるが……俺が暴力を振るった、と断定されるだろう。


 どの生徒が見たんだ? 一人ひとり追い込めば意見は覆るかも知れない。

 ……バカ、冷静になれって。そんな事をしても佐藤さんは喜ばない。


 大丈夫だ。俺が暴力を振るってない、って信じてくれる人達がいるはずだ。

 元に担任もそれを信じている。

 ――俺はみんなを信じてみよう。




 俺は一瞬だけ、リア充グループを睨みつけた。


 リア充グループは俺から目をそらして身体を震わせる。


「せ、先生。こ、こいつがここに来てくれただけで大丈夫っす」


「あ、あーしもクラスに戻りたいし……」


「俺たちも言い方がきつかったから勘違いさせちゃったのかも……」


 リア充たちはいそいそと席を立って、勝手に指導室から出ていった。




 そして俺はポツンと取り残される。


 担任の先生がオタオタする中、指導教員の目が光る。


「はっ、気合が入ってない生徒だぜ。……おい、田中。俺は真実なんでどうでもいいと思っている。……学校が平和で俺の手を煩わせなければそれでいい。ふんっ、さっさと出ていけ! この暴力男が!」



 俺と担任は指導室を追い出された。


 俺と担任は教室までの廊下を歩く。

 担任はため息を吐いていた。


「はぁ……、田中君がこんな事するはずないのに……。マジであいつムカつくわ。……指導教員がそんなにエライのかよ。お、俺より給料いいからって……。くっそ、今日の合コンで荒ぶってやる!」


 担任ははっとした顔になった。


「……合コン内緒ね? ――ねえ、田中君。俺知ってるんだ。田中君が動いたから、クラスの空気がだんだん良くなった事をね。……今までの空気は……まるで偽物みたいだったのにね。……あっ、やっべ、俺教材持ってきてねーよ」


 担任は踵を返して俺と逆方向へ歩き始める、が、もう一度だけ俺に振り返り俺に向かって叫んだ。


「大丈夫、俺は信じてるから! 俺ができる範囲の事があったら言ってくれ!! アデュ!」



 ――そうだ、俺には信じてくれる人がいる。



 俺は思ってもみない人からそんな言葉をもらえるとは思わなかった。

 適当で、やさぐれている担任だけど……意外といいやつなんだな。


 俺は一人教室へと向かった。


 頭の中で状況を整理する。


 俺はあいつらに暴力を振るっていない。

 アイツらと、複数の生徒の証言ででっちあげられた冤罪だ。


 アイツらは学校の処罰を望んでいなかった。謝罪もどうでもいいと思っていた。


 ――ただ、俺が暴力を振るったという、生徒が信じる事実が欲しかっただけだ。


 一角の生徒が校内放送で呼ばれた後、あいつらは俺に暴力を振るわれたって風潮しているだろう。あいつらとは限らない。証言をした生徒が『噂』を流しているだろう。


 ――俺を陥れてどうする? 何が目的だ? こんなの意味ないだろ?


 だって俺は気にしない。俺は俺の事を信じてくれる……友達だけを信じる。



 俺は前を睨みつけるように見据えて、廊下の先にいた生徒に向かって、鋭い言葉を放った。




「お前の仕業だろ? ――会長」



 鮫島姉は鮫島に似た……いや、あいつが真似たねちゃりとした笑い方で俺を出迎えた。




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