もう大丈夫


 今日も一日が始まる。

 俺はベッドの上で目を覚ました。


 あの日から数日が過ぎ、鮫島姉から受けた傷はすっかり癒えて元気を取り戻していた。

 俺は起き上がり制服に着替える。


 ――終業式か。色々あったな。


 窓を見ると、天気が良く暖かく春の訪れを感じられる。


 部屋の外からドタバタした足音が聞こえてくる。

 岬が俺の部屋を開け放った。


「おにい、起きて! ――あれ? やっぱり今日もおにいの方が早かった……」


「おはよう、岬」


「へへっ、おはよ! おにい、今日は学校最後の日でしょ? 帰って来たら一緒に買い物行こ!」


 岬は、はにかみながら俺の部屋を出て階段を降りていった。

 俺はそんな妹を見ながら心から喜びを感じた。


 ――俺が変われたから妹との関係も良くなった。


 熱で無くなった感情。

 それはもう俺の元へ戻っている。


 俺は胸から溢れ出る思いを隠しながら一階へと向かった。






 岬と楽しい朝食を取った後、俺は家をいつも通りの時間にでる。

 いつもの通学路。

 まだ人が少ない時間帯。


 でも、ここ数日でいつもと違う変化が起きていた。


「祐希、おはよう! ね、ねえ今日も一緒に学校行っていい?」


 そこには茜が制服姿の茜が立っていた。


「ああ、もちろんだ」


「うん!」


 俺たちは歩き出す。

 あの鮫島姉の事件の後、茜はクラスメイトとの仲が元通りになることが出来た。

 そして、茜は変わり始めた。


 わがままだった茜は徐々に素直になり、クラスメイト達と良好な関係を続ける事ができるようになった。


 俺に対する態度も変わった。

 たまに後悔の顔を見せるけど……それを乗り越えようとしている意思がある。


 ――俺はもう気にしてない。だって、茜は昔に戻ったんだからさ。





 茜と二人で通学路を歩くと、ボッチ達の姿が見えてきた。


 俺たちのクラスはまとまったけど、全部が全部そうなったわけではない。

 人の心は簡単に変えられるようなものじゃない。


 グループを作るのは悪い事じゃない。

 ボッチが楽だったらボッチでいいと思う。


 人なんてみんな考え方が違う。


 誰もが間違う。誰もが失敗する。

 間違えたら直せばいい。失敗したら次に進めばいい。

 そうやって成長していくんだ。





 俺達の前にツインテールボッチの女の子が歩いていた。

 その背中は堂々としていた。


 少し背の高い女の子がその背中に飛びついて来た。


「おっは! 里見さとみいつもこの時間なの!? 早すぎでしょ!?」

「ちょっと、あなた……誰だっけ?」

「うわぁ、マジ? ほら、同じクラスの……」


 ツインテールボッチちゃんは迷惑そうな顔をしているけど、ほんの少しだけ嬉しそうだ。

 背の高い女の子はツインテールボッチちゃんの態度を無視して、話を続ける。


 傍目から見ていると、それは友達同士がじゃれて、とても楽しそうな光景であった。


 人は出会いによって変わることができる。

 だから、あの背の高い女の子はツインテールボッチちゃんにとって、大切な出会いかも知れない。


 二人はどんどん先に行ってしまった。






 俺たちはコンビニから出てくる高橋さんを発見した。

 高橋さんはいつも通り本を小脇に抱えている。

 もう三つ編みはしないみたいで、ゆるふわの髪をたなびかせていた。大人の色気が漂う。


 高橋さんは俺たちを見つけると、足を止めた。

 俺は逃げ出そうとする高橋さんの前に立った。


「もう、何で逃げようとするんですか?」


「う、ううぅ、だって、茜ちゃんと二人っきりがいいかな、って思って……」


「そんな事ないですよ? 一緒に学校行きましょう」


 茜は高橋さんにペコリとお辞儀をすると、高橋さんは真っ赤な顔になってしまった。


「茜ちゃん可愛いね……。うぅ、コミュ力高すぎなの……」


「いえいえ、高橋さんの方が綺麗ですよ! ……やっぱりまだ祐希とはうまく話せないから一緒にいてくれると助かります……」


 あの事件の後、茜は自分の言動が凄く恥ずかしかったのか、数日は俺の顔を見るだけで、自分の顔を真っ赤にさせたり、喋りかけても会話にならなかったのである。


 佐藤さんやギャル子、高橋さんが間に入ると、昔みたいに俺と喋る事ができる。


 俺は……そんな茜を可愛いと思ってしまう自分が……昔に戻れたみたいで嬉しかった。





 高橋さんはいきなり俺に耳打ちをする。

 光君と似た良い匂いが香る。

 少しドキドキしてしまった。


「――フラフラしちゃ駄目だめよ?」


 吐息が耳にかかる。

 俺の胸が締め付けられる……。


 俺たち三人は本の話をしながら、緩やかな雰囲気で学校までの道のりを楽しんで歩いた。






 文芸部に着くと、茜は生徒会の手伝いがあるからと言って別れた。


 鮫島姉はあの事件以来学校へ来ていなかった。

 それもそうだ。あの怪我はすぐに治るような怪我じゃない。

 茜は元々鮫島姉の手伝いをする事があったから要領を得ている。




 俺と高橋さんは文芸部の扉を開けた。

 そこにはいつも通り……昼寝? 朝寝? 二度寝? をしている佐藤さんとギャル子の姿があった。


 俺はその姿を見ると胸に安堵が押し寄せる。

 俺にとって一番大切な二人……。


 高橋さんの視線が痛い……。高橋さんは自分の定位置のソファに座って本を取り出す。


『恋に参加出来なかったモブ子が異世界に転生したら愛でられた』


 高橋さんは本を読み始めた。部室にゆっくりとした空気が流れる。

 俺もソファに座り本を読もうと思った……が、ギャル子が目を覚ました。


 寝ぼけた顔で俺を見つめる。


「ほわぁ〜〜、ねむ……。祐希……おは……」


 ギャル子は寝ぼけたまま、俺の所までフラフラと移動をする。

 そして俺の膝を枕にして再び寝ようとした!?


「――おやすみ……ふがっ……」


 一瞬で眠りに付いてしまうギャル子。

 俺はため息を吐く。


 ふと、佐藤さんを見ると、その姿はさっきまでの場所にいなかった……。


 俺の横から声が聞こえる。

 柔らかくて暖かい感触が俺に伝わる。


 胸がドキドキしてくる。

 佐藤さんも寝ぼけた声で俺に言った。


「……今日は譲る。……でも隣嬉しい」


 佐藤さんはそのまま目を閉じて、俺の肩に頭を乗せて……静かに眠りに落ちてしまった。

 ここの所色々あったからな。疲れちゃったよな?



 ――うん、たまには俺も寝ちゃっていいのかな? 少し休もう……。



 俺は目を閉じる。

 二人の感触と……高橋さんの生温かい視線が感じる。


 安らぎの時間。


 終わって欲しくない。


 だけどそんな時間は、あっという間に過ぎ去ってしまう。

 俺はこの瞬間を幸せを噛み締めた。



 誰かの気配を感じて目をゆっくりと開ける……。

 光君が俺の顔をじっと見つめていた。


 ――距離が近い!?


 少しでも動いたら触れちゃう距離!? ま、まって光君……君は男の子だよ……。

 光君は目を開けた俺に気がついたのか、距離をほんの少しだけ取ってくれた。まだ近いけどね。


「ふむ、本当に感情が戻ったみたいだな。胸がドキドキしてるぞ?」


 光君は俺の胸に手を当てている。

 なんか……凄く……恥ずかしい。


「……人の心は難しい。だが、それは生きる上で必要なものだ。……いつか僕も……いや、今はいい」


 光君は真剣に本を読んでいる高橋さんに目を向ける。

 その目はとても温かくて、優しさに満ち溢れていたものであった。


「四月からも同じ教室でよろしく」


 光君は颯爽と部室から消えてしまった。

 俺の頭の中に疑問が浮かび上がる。


 ――四月のクラスはまだ決まってないよ?



 完璧に頭が覚醒した俺は、二人をどうにか起こし、高橋さんに本を読むのを終えるよう説得して……自分の教室へと向かった。






 教室に着くといつもと違う雰囲気のクラスメイト達が各々雑談をしながら騒いでいた。

 このクラスで過ごすのも今日で終わり。そんな別れを名残惜しんでいるかのような空気であった。


 俺と佐藤さんが教室に足を踏み入れると……クラスメイトのみんなは挨拶をしてくれる。

 多分、一般的な光景なんだろうと思うけど……。今までの事を思うと俺も胸に来るものがある。


 山田が真剣な顔で俺に近づいて来た。

 俺がボッチになって、こいつがいじられるようになって……それでもこいつは自分で考えて悩んで……決断をして。……ある意味山田はクラスの中心的な強さを得た男であった。


 そんな山田は俺に問いかけた。


「なあ祐希……、俺ってどうすりゃモテるんだ!? なんでお前みたいに可愛子ちゃんが寄って来ないんだよ!!」


 ――バカっ!? 花子さんがガン見してるぞ!! お前花子さん推しじゃなかったのかよ?


「あ、ああ、おい、後ろを見ろ」


「うん?」


 花子さんは山田の後ろで仁王立ちしていた。

 その瞳は怒りというよりも……バカな男子が可愛くて仕方ないといった雰囲気であった。


「ちょ、花子! これは……違うんだ! 春が俺を惑わせるんだ!!」


「山田……じゃあ、罰ゲームで……今日の帰り……クレープおごってね!」


 花子さんは山田の頭を小突くと、笑って去っていった。

 ――なんだ、いい感じじゃないか。


 山田は赤い顔をして教室のど真ん中で立ち尽くす。


「つ、ついに……俺に春が!! うおぉぉぉーー!!! 花子ーー!!」


 花子さんは恥ずかしがって山田の叫びを無視していた。






 俺と佐藤さんは席に着くと、鮫島が近寄ってくる。


「おう、すっかり元気になったな? もう傷は大丈夫なのか?」


「ああ、俺は大丈夫だ。……お前の姉こそ大丈夫なのか?」


 あの日、鮫島は姉をおぶって学校を出た。

 タクシーで病院に直行したって聞いたな。


 鮫島は苦い顔をする。


「ははっ、超元気だよ。マジでウザいくらいな。しかもずっと祐希の事を話してんだぜ?」


 幸い怪我は後遺症の心配も無く、順調に回復をしているらしい。

 ……やっぱり暴力は苦手だな。


 だってあんな事をされた鮫島姉だが、あの姿を見ると……心が罪悪感で押しつぶされそうになる。


 俺が少しだけ暗い顔をしていると、鮫島は笑いながら言い放った。


「いや、うちの親がお前にマジ感謝してたぜ? じゃじゃ馬をおとなしくさせてくれてってさ。――なあ祐希、俺も感謝してるぜ」


「そうか、そう言ってくれると、俺も……救われる」


「ああ、姉貴の事は任せろ! 痛みを知ったから大丈夫だろ? きっとな……」


 この姉弟も色々な拗れがあったんだろうな。

 鮫島の顔は晴れやかであった。


 きっと仲の良い姉弟に戻れるだろう……。


「姉貴は四月に退院すると思う。すっかり毒気が抜けちゃったけどさ……姉貴はもう一度お前にリベンジしたいってさ? ……なんか『あの痛みが忘れられない……ぽっ』とか言ってたぞ? 祐希……お前殴り合っただけだよな?」


 俺はあの時の鮫島姉の顔を思い出す……。紅潮させた艷やかな頬……俺を見つめる妖しい瞳……熱い身体……。

 背筋に寒気が走った。


「――いや、それは勘弁だ! ど、どうにかしてくれ!」


「ははっ、わかったよ……。多分姉貴は学校来たらそれどころじゃないと思うし……今までのツケが回ってくるしな……。はぁ、転校勧めても頑なに拒むし。転校しない条件は『真面目な学校生活を送る事』って親は言ってるしな」


 真面目な生活か……。

 傍から見たら今までの鮫島姉は優等生だった。

 中身は全く違ったけどな。


 大人はそれを見破れない。……いや、見破ったとしても黙認をする。


 俺は心の中で鮫島姉と……鮫島にエールを送った。


 ――頑張れ。




「お、先生が来やがった。じゃあな、祐希!」


 担任の先生の声が聞こえてきた。


「ほーら、お前ら席着け〜、今日で終わりだからって騒ぐなよ〜」



 指導教員の奥村は警察送りになった。

 事は大きくなり、学校の先生の不祥事としてマスコミもこぞって面白がるように扱った。


 学校はそんなマスコミに対して、被害者の生徒を守るために、必死で動いていた。


 担任はこの事件の処理によって老け込んでしまったが、それでもいつも通りを崩さず、生徒達に心配をかけないように配慮していた。


 粛々とHRが始まる。

 特に面白みがある話ではない。


 だけど、こんな普通の事が一番大切なんだろうな……。


 そうして俺達は先生に促されて終業式を行う体育館に移動することになった。








 終業式は滞り無く終わり、俺たちは一年最後の通知表を受け取り……このクラスと最後の時間となった。


 朝の雰囲気とは違う。

 別に卒業式のような大きな別れの時間ではない。


 だけど、やっと……やっとこのクラスは最後になって、一つになることが出来たんだ。


 悲しい事じゃない。喜んでいい事なんだ。


 最後のHRが終わっても俺たちのクラスは誰も帰ろうとしない。

 みんなこの一年間であった思い出話を語る。


 俺の話になると、少しだけ苦しそうな顔になるけど……大丈夫。もう笑って過ごせるよ。


 そして、一人、また一人、時にはグループを作って、別れの言葉とともにこの教室から去って行った。



 ――クラスが違ってもまた会える。俺たちはまだ一年生なんだ。



 教室には俺と佐藤さん、茜と鮫島が残されていた。


 茜は俺と離れた距離でモジモジしていた。

「ほれ、最後のけじめだろ?」


 鮫島が茜の背中を押す。

 茜は何か決意を秘めた顔で俺に近づいてきた。


 深呼吸を繰り返す。


 佐藤さんが茜に呟いた。


「……私どっか行こうか? 邪魔でしょ」


 茜は凄い勢いで顔を横に振る。


「ううん、絶対そこにいて。お願い! だって……これから言うのは……私の思い。佐藤さんにも知って欲しいんだもん」


 佐藤さんは黙って頷いた。


 茜は小さな声で『よしっ』と呟く。

 そして俺の顔を見つめた。


 その表情は昔懐かしい茜ちゃんに戻っていた。

 俺の胸がドキっとしてしまう。


 茜ははっきりと俺に告げた。




「――私は祐希が大好き。ずっと昔から祐希の事が……大好き。多分この先もずっと祐希の事が大好き……。色々言う事を考えたけど、これしか出なかったよ。へへっ……」




 以前、教室で俺の事が好きと言った時とは全然感情が違う。

 今の茜は……本当に素直に……本心で喋っている。


 俺も真剣に向き合う。


 茜の事は幼稚園の時に恋をした。

 それは初恋であった。

 小学生になって、中学生になって、その恋心は消えていったけど……。


 今の茜を見ると、昔の胸の高鳴りを思い出す……。


 だが、それは……今の胸の高鳴りではない……。



「茜、ごめん。……茜は大切な幼馴染だ。……本当に、大事な……大事な幼馴染だ。でも、それは恋心じゃない。……家族の愛情に近いものだ」



 茜は吐息を吐いた。


「ふぅ……。うん、分かっていたよ? でもね……私は自分に素直に言えたんだ……。ふふ、ありがとう祐希。こんなワガママな私を大切にしてくれて」


 そして茜はニコリと笑って俺と佐藤さんに言い放った。


「へへ、じゃあまた四月に会おう! あ、その前にクラスのみんなで集まるんだっけ? ふふ、祐希が答えを出してるか楽しみにしてるよ!! ――先に教室出てるね! 鮫、行こ!」



 茜は鮫島を連れて教室を出る。

 ……俺の胸の苦しみは止まらない。


 これが人と真剣に向き合う事か……。


 俺と佐藤さんはしばらく時間を置いて教室を出ることにした。




 ************



「ねえ、鮫。わ、私笑っていられたかな? へ、変じゃなかった?」


「ああ」


 私は教室を出ると、上の階にある空き教室に向かった。ここだと誰もいない。

 祐希に自分の思いを伝えることが出来た。


 振られちゃったけど……心は何故か清々しさがあった。


「ゆ、祐希……迷惑じゃなかったかな? ……自分勝手に告白しちゃって……」


「迷惑じゃねーよ」


「はは、良かった……」


 今まで祐希と過ごした思い出が脳裏に走る。

 私は飛び出しそうな感情を身体を震わしながら抑える。


 鮫島は私から距離を置いて見守ってくれていた。


「つーかさ……いいんじゃね? 俺と同じで……何度も祐希にアタックしてもさ……。あー、俺も自分で何言ってっかわかんねーよ、くそ!」


「ふぇ? ゆ、祐希に迷惑かけちゃうよ……」


「ばっか、好きなんだろ? だったら何度でも挑戦してみろよ……」


 ――そっか……なら……。


 私は抑えていたものが一気に流れ出て、こらえ切れ無くなってしまった。


「ううぅ……ひっく……うぅわぁぁぁぁぁぁ――――」


 身体から自分の最後の澱が流れ出るような感覚。

 私は祐希に告白することによって……本当に素直になれた……。


 鮫は泣き続ける私を……遠くからずっと見守ってくれた……。






 *************





 俺と佐藤さんは二人で歩く。

 佐藤さんは複雑な表情で呟いた。


「……茜可愛かった。胸キュン……」


 いつもなら二人っきりの時は手を繋いでくる佐藤さん。でも、今は手を繋ぐのをためらっていた。


 俺たちはそれっきり無言になって校舎を出る。


 校舎前広場にはギャル子が立っていた。

 ギャル子は俺を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってくる。


「へへっ、待ってたんだ。……うちも一緒に帰っていい?」


「……もちろん」


「ああ、帰ろう」



 俺たちは三人で学校を出る事にした。




 気持ちの良い天気であった。

 学校の近くにある桜並木は花を咲かせている。


 ギャル子が桜を見ながら感嘆の声を上げていた。


「うわぁー! 凄いよ! 桜が満開だよ!! ねえ祐希、あそこ行ってみよ!」


 ギャル子が告げたのは一番大きな桜の木の下であった。

 佐藤さんが呟く。


「……あれは学校に伝わる伝説の木」


「伝説ってなに? あ、ちょっと、佐藤さん! 転ぶから走らないで!」


 佐藤さんは俺の問いかけを無視してギャル子を追って桜の木の下まで走って行った。

 ――仕方ないな。

 俺は桜の木の下まで向かった。



 大きな木は桜が満開になっていてとても綺麗であった。

 この場所は学校の近くということで、宴会花見は禁止されている。

 ゆっくりと落ち着いて桜を見れる場所であった。



 ギャル子と佐藤さんは向かい合って何かを話している。

 そして話が終わったのか……二人は俺に問いかけて来た。


「祐希、うちらは覚悟を決めたよ? だから……祐希の素直な気持ちを教えて……」


「……田中。任せた」


 ああ、分かっている。

 俺は決めなくちゃいけない。


 自分の心に嘘を付くな。

 二人と向かいあうんだ!


 俺は二人を見つめる。風が桜の花を飛ばす。

 二人の周りには桜の花が舞い散り……幻想的な光景が広がっていた。



 ――俺は足を前に出す。

 胸が尋常じゃないくらい鼓動が激しい。


 佐藤さんの事を思う。

 お弁当から繋がった俺たちの関係。二人で何度も行ったデザート屋さん。

 とぼけた顔をしているけど……本当はとても感情が豊かで……寂しがり屋で……。


 ――俺はゆっくりと歩く。


 ギャル子の事を思う。


 上履きを隠されたギャル子と出会った中庭。見た目の中身のギャップが激しくて……モフモフが大好きなギャル子。本当に優しくて……優しくて……ギャル子の周りは笑顔で一杯だ。



 頭で考えるな。

 本当は自分の気持ちを分かってるんだろ?


 俺はただ……居心地が良い場所を壊したくなかっただけだろ?


 ……俺の感情はここにある。


 俺の恋心を伝えろ。


 勇気を出すんだ。




 俺は足を止めた。




 二人が息を飲む。








「――俺は佐藤さんが好きだ」







 強い風が再び吹いて桜が舞い上がった。


 ギャル子は苦しそうな笑顔で俺に言った。


「まあ、分かってたけど……仕方ないよね……、ほら、瑠香!」


 ギャル子は佐藤さんの背中を押す。

 佐藤さんは俺の前に出た。


 俺は佐藤さんに向かって手を伸ばす。







 佐藤さんはその手を……取らなかった……。



「――なんで? なんで私を選んじゃったの?」



 佐藤さんは泣きそうになりながら困惑の顔を見せる。

 それは俺に対する愛情と……後悔と……ギャル子に対する罪悪感。

 こんな佐藤さんは初めて見た。


 佐藤さんが声を荒げた。


「だって、鈴木はこんな可愛いのに! 私なんかよりも絶対田中を幸せにできるのに……。田中……田中……私こんな気持ち……どうすればいいの……?」


 俺は初めて佐藤さんが年相応の言葉を放つ所を見たのかも知れない。

 いつもクールで、いつの間にかいなくなったり、俺のお弁当が大好きで……一杯ご飯を食べてくれて……。俺はそんな佐藤さんといると心が落ち着く。



 だから佐藤さんをそんな顔にさせた自分が許せなかった。



 ――俺の感情が爆発した。




「俺は大好きなんだよ!! ご飯を美味しそう食べてくれて!! 嬉しそうにお菓子を食べてくれて!! いつも一緒にいてくれて!! ――まるで身体の一部みたいなんだよ!!! 寝ぼけた顔の佐藤さんが好きだ!! ご飯を食べている時の佐藤さんが好きだ!! 俺と恥ずかしそうに手を繋ぐ佐藤さんが好きだ!!! 全部大好きなんだよ!!!」




 ギャル子が佐藤さんの肩に手を置いた。



「はぁ〜、うちらボッチだったから恋愛ベタだからね……。ほら、瑠香っ! うちは大丈夫! 田中の胸に飛び込みなーー!!!!!」


「――へっ、す、鈴木!?」


 ギャル子は佐藤さんを思いっきり押し飛ばした。


 俺は佐藤さんが倒れないようにその身体を受け止める。


 佐藤さんは小さく呟いた。



「……私……で……いいの……」



 その声は本当に小さくてか細くて……俺は佐藤さんを力強く抱きしめた。

 俺の胸の中にいる佐藤さん。


 初めて俺の胸に飛び込んで来た時は、俺は恥ずかしいという感情しか無かった。


 いつからだろう……。

 俺は佐藤さんを見ると……胸がドキドキするのに……心が落ち着く。

 手を繋ぐと、身体がポカポカする。


 今、俺が感じているのは……愛しさだ。


 絶対離したくない。


「俺は佐藤さんの事を愛しているんだ!!!」


 佐藤さんは何かを噛みしめるように俺の胸に顔をうずめている。

 そして、顔を恥ずかしそうに上げた。


「田中……実は……初めて喋った時から好きになってた。……一目惚れ……不覚」


「佐藤さん……」



 俺と佐藤さんは見つめ合う。

 心が、気持ちが通じ合う。


 ギャル子の声が聞こえてきた。


「瑠香ーー!! ぶちゅって行っちゃって!! 頑張れ!!!」


 ギャル子の声援に心を押されたんのか、瞳を閉じて……俺に唇を突き出してきた。

 俺の鼓動が恐ろしい速度になる。


 ――佐藤さん……。


 俺は佐藤さんの顔に近づき……ゆっくりとその唇に……キスをした。

 柔らかい感触が俺の伝わる。

 佐藤さんの気持ちが伝わる。


 本当に唇に触れるだけの軽いキス。



 俺の顔から離れた佐藤さんは呟いた。


「……恥ずかし」


 俺の顔も熱くなる。

 ギャル子が走って佐藤さんの元へ来た。


「瑠香ーー!!! ひっぐっ……なんでだろ? 嬉しいんだよ? でも、涙が出てきちゃうの……瑠香――」




 佐藤さんはギャル子を抱きしめて背中を撫で続ける。



「鈴木は……私の大切な友達……ありがとう……」



 俺は抱きしめ合う二人を見ながら思った。


 人を思う気持ちは誰もが持っている。


 連れ添った年月は関係ない。


 俺はボッチになって佐藤さんと出会った。


 ボッチは寂しいものだと思っていた。


 だけど、佐藤さんのおかげでボッチは違うものへと変化していった。


 クラスメイトも茜も鮫島も姉も真剣に向き合ったら変わっていった。


 人の気持ちは変われるんだ。




 だけど、俺は気がついた。変われない気持ちもあることに。




 ――俺は佐藤さんを一生愛し続ける。






(幼馴染におもちゃにされた俺はボッチを目指す いじられキャラは卒業です 完)




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幼馴染におもちゃにされた俺はボッチを目指す いじられキャラは卒業です うさこ @usako09

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