終局の地へ
緋と紺と黒が不規則に混ざり合う空が彼方まで続く。
既に時刻だけを見れば太陽は沈みきっているはずだが、一向に闇の帳は落ちようとしない。太陽は地平線からやや上の位置で止まったままだ。
今、グランソラスとアーハレヴは不気味に輝く空の下、徐々に速度を落としながら霊峰プリオングロードへと迫っていた。
既に二つの城が進む方角の先には巨大な山のような影が見えている。霞がかった影の頂上付近には白く光を反射する積雪が確認できた。
そして、その山の裾野から広がる水面――。
水平線すら描き出すその広大な湖は、まるで湖自体が生きているかのように、薄暗い闇の中で不規則に青白く明滅している。
「――ここに来るのは……何年ぶりなんだろう」
グランソラス指揮室のテラスからその光景を眺めていたリクトが呟く。
その瞳は視界の先の地平線にそびえ立つ黒い影へと向けられている。
「馬鹿な……! なぜここに帝都ソーンカハルがある!? 帝都の民たちは、我が兵たちの家族はどうなったというのだ!?」
リクトの背後、戦闘指揮室の内部でカリヴァンの驚愕と困惑の声が上がった。カリヴァンは机上に置かれた霊峰プリオングロード周辺の帝国軍の陣形図を指し示し、本当にそれが正しいのかを再度確認している。
「各地からの報告によれば、大陸全土に帝国からの難民が大挙して押し寄せているそうです。おそらく身の危険を感じて帝都やその周辺の城から逃げ出しているのでしょう」
「信じられぬ――! 都も民も捨ててしまえば、たとえ大陸を統一したとしても何も残らぬではないか!」
「皇帝の身辺に予言者と呼ばれる少年が現れたのは半年前でしたか……おそらく皇帝は既に亡きものか、アムレータの傀儡となっていると考えるのが妥当でしょうね。彼にとっては、帝国の民がどうなろうと知ったことではないでしょうから……」
「くっ……半信半疑ながらもここまで同行してきたが……まさか、このような現実を見せられようとは……」
深い悔恨をその顔に浮かべ、カリヴァンは一度は振り上げた拳を強く握りしめるが、そのまま振り下ろすことなくゆっくりと机上に落とした。
「どっちにしたってここで私たちが帝国を止めないと、どこに逃げたってみんな死ぬ。なら絶対に止めるわ」
戦闘指揮室に集まり最後の軍議を行う士官たちの中から、リーンが前に進み出る。
「エル。街の皆の避難は?」
「はい。道中で鹵獲した3つの城にそれぞれ先導者を任命し、分散して被害が出ないであろう場所に避難させています」
「いいわね。なら続けて今回の作戦の概要をお願い」
「かしこまりました」
リーンに促され、今度はエルが入れ替わりに前へと進み出る。
「霊峰プリオングロード。先だってお話ししているように、これは聖域と同じく山ではありません。5000年前、ここにいるリクトともう一人の少年、アムレータが操る二体の巨神が最後の決戦を行い、同士討ちとなったのがこの場所です」
エルの美しく透明な声が、静まりかえった指揮室に響く。
霊峰と呼ばれてはいるものの、大きな門状の威容を誇るその構造物は、互いの肩に組み付いたままその機能を停止した、全長4000メートルにも達する二体の巨神が長い年月の後に苔むした姿である。
「アムレータはこの二体の巨神のうちの片方……自らがコントロール可能な一体を再稼働させ、今度こそ世界を破滅に導くのが狙いでしょう。我々はなんとしてもそれを阻止しなくてはなりません」
「――阻止するってのはつまり、プリオングロードで固まってる巨神が目覚める前にぶっ壊せばいいのか?」
「そうです。ですが、あれほどの大さを誇る巨神を破壊することはいかにリクトやラティでも不可能……同じ巨神であるグランソラスかアーハレヴが間近まで接近し、プリオングロードで眠る巨神に大質量の損傷を与える。これが今回の作戦の全てです」
途中疑問点を上げたロンドに応じつつ、エルは今回の作戦目標を簡潔に説明した。
「もしアムレータが巨神を先に覚醒させたらどうする? 我々に打つ手はあるのか?」
「その点に関しては、リクトに説明してもらいましょう。よろしいですか?」
「うん、わかった」
リクトは頷くと、部屋の隅から中央へとやってきて、全員に向かって視線をぐるりと一巡させ、口を開いた。
「もしアムレータが先にあれを起動させたら、俺も残ってるもう一体の巨神を起動させます。それで、動こうとするアムレータの巨神と俺の巨神をぶつけて自爆させます。前は色々あってそれができなかったんだけど、今度は最初からもの凄く近づいてるし、出来ると思うんです」
「自爆って……そんなことして大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないよ! 多分、凄い威力の爆発が起こる。けど、城の中にいれば耐えられるはずだから、もしそうなったら外で戦ってる竜のみんなは、ちゃんと城の中に戻って欲しいんだ」
「なるほどな……だが、お前だってその巨神のところまで行かないとなんもできねぇんだろ? 道中の援護くらいはさせろよな」
「ありがとうございます! そのときはお願いします!」
援護を申し出るロンドに笑みを浮かべると、リクトはその場にいる全員に向き直って頭を下げた。
「皆さんにとってはもう何も関係ないような……昔の出来事に巻き込んでしまって本当にすみません。でも、これできっと最後になります。絶対にこれで最後にします! 俺一人の力じゃ出来ないんです! お願いします。皆さんの力を貸してください!」
「なーに言ってんだ。帝国に住んでるやつらは今だって酷い目に遭ってるし、俺たちだって襲われたんだ。これっぽっちも無関係じゃねぇよ」
「そのような危険な存在が残っていては、たとえ何千年経とうとも我々に真の安寧は訪れぬ。それを絶てるというのならば……今ここで絶つしかなかろう!」
「そうだ! よくわからんやつらの好き勝手にはさせない!」
「頭のおかしくなった皇帝に一撃くらわせろぉっ!」
リクトのその言葉に、指揮室の方々から自らの戦意を上げる声が響く。
はるか過去――。
平和で豊かだった頃の世界を知るリクトにとって、シージニアと呼ばれるようになった今のこの世界は辛く、人々が生きて行くには過酷な場所のようにも思えた。
だが、今ここにいる人々にとってはこの過酷な世界こそが日常であり、失うことの出来ないかけがえのないものだった――。
「ねぇリクト。貴方が目を覚ましたとき、私が言ったこと覚えてる?」
歓声が上がる指揮室で、リクトの横に並んだリーンが呟く。
「リーンが言ってたこと? 多分覚えてるけど……どれだろう?」
「貴方の家はここじゃないって……あれ、今思うと酷かったなって……」
「え!? そんなことないよ! リーンもそうだけど、俺もあのときは全部忘れててなにもわからなかったんだ。リーンは優しかったよ!」
「知らなかったとか、そういうのはいいの! 私の気持ちが悪いだけ! だから……今ここでちゃんと言っておくわ」
リーンはリクトの手を握ると、透き通った優しい眼差しをリクトに向けて言った。
「――貴方の家はここ。私、もうリクトに逃げろなんて絶対に言わない。朝になれば一緒に起きて、夜になれば一緒に寝るの。おはようも、おやすみも、ずっとここでしていくの。たまにどこかへ出かけても、貴方が帰ってくるのはここ! ――わかった?」
「……うん!」
一息に言い切ったリーンの言葉。その言葉に込められた強い想いを感じ取ったリクトは、リーンの瞳を見つめ、一度だけ力強く頷いた――。
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