第四章

最後の遊び


 蒼と黒。二つの色が交わる境界面。

 それは、この星の始まりと終わりを示す大気と大地の層――。


 二つの領域が重なり合うその場所で、未だ果てる事なき戦いを続ける二体の竜。当初は拮抗していたその戦いは、次第に明確な形勢を露わにする。


「ハハッ! どうしたんだいリクト!? 随分と動きが鈍いじゃないか! あのとき僕を倒した君は、もっともっと速かったよ!」

「く――っ!」


 激突する光と闇。闇はその紅の輪郭をより一層輝かせると、銀色の粒子を放ちながら飛翔する光翼の竜を徐々に追い詰めていく。

 アムレータが乗る漆黒の竜――ミーティアは黒い外殻に鮮血のような緋色のラインを浮かび上がらせると、周囲に無数の闇を凝縮させる。


「そういばこういう状況は初めてだね! あの頃は僕も君も、お互いシステムの保護は万全だった! でも今はどう? 僕のデウスエスカは万全だけど、君のシステムはそうじゃない! それでどこまで僕と遊べるのかな!」


 叫ぶアムレータ。それと同時、周囲に凝縮していた闇がはっきりとした輪郭を形成。かつて存在した旧世紀の人類が祈ったという、十字架に似た形を作り出す。


「アハハッ! さあ、行くよ!」


 アムレータの乗るミーティアを中心として、どこまでも広がる大気の層と暗黒の宇宙空間。それら全てを塗りつぶす数の深紅の十字架が一斉にラティへと砲口を向ける。


「くそっ! それなら!」


 それを見たリクトはすかさず操縦桿を握り込み、足元のペダルを小刻みに動かして細かな指示をラティへと伝える。


 ラティは背面の光翼から輝く光輪を展開すると、凄まじい加速でミーティアへと特攻。あれだけの数の砲口から一斉射を受ければ逃げ場など存在しない。あるとすれば、敵本体の懐のみ。


「さすがだリクト! でもそう上手くいくかな!?」


 一瞬にして万を超える手勢を得たミーティアもまた漆黒の閃光と共にラティへと加速。それと同時、並び立つ墓標のようにも見える無数の十字架から一斉に赤黒い閃光が迸る。

 

 それは、世界全てを塗り潰すほどの光の奔流。

 

 その膨大なエネルギーの渦は、先刻地上でグランソラスが放った巨神砲すら児戯に等しい。その瞬間地上から空を見上げれば、人々には天上全てが一瞬にして血で染まったかのように見えただろう。


 ――かつて、完成した環境管理システムが暴走した際、当然多くの停止処置が行われた。しかし、無から有を作り出し、有から全く別の有を作り出すことが出来たそのシステムは、自らの行いを邪魔しようと近づく無機物・有機物全ての存在をそれを阻止した。


 その対抗策として見いだされたのが、当時120億を超えていた全人類の中でたった二人だけ存在した――――リクトとアムレータだった。


 この二人の少年は世界で唯一、システムによる物質構造の変化を無効化して接近できる生身の人間だった。当時の研究者たちによって急遽見いだされた二人はシステムの管理者権限を与えられ、システムを制御下に置いて世界を滅亡から救うはずだった。だが――。


「接近戦は君の方が得意だったね! でも今のこの状況、いくら頑張っても君に勝ちの目はないよ!」

「関係ない! 俺は君を止める! いつだって! 何度だって!」


 その遺伝子特性を最優先した自動選別によって見いだされた二人のうちの一人――アムレータは、自身が受け続けた非人道的扱いの経験から人類の滅亡を後押しした。


「安心してリクト! たとえここで君が僕に負けても、僕は君を殺さない! 君の体がぐずぐずに千切れて飛び散ったとしても、僕は君のシステムを壊さない! だからまたすぐに遊べるよ! 僕と君、二人だけになった世界でね!」


 天上を照らす凄絶な激突。放射状に広がる光と闇の閃光。


 緋色の長剣で大上段からの加速と共に斬りかかるリクト。同じくラティへと突撃したアムレータのミーティアは、漆黒の長剣でその一撃を防ぎつつラティへと掴みかかると、圧倒的な力の奔流と共にラティごと上昇。

 それを追うようにして、放たれたままの赤黒の熱線が二体の竜へと迫る。

 迫る閃光から逃れようとラティは光翼を展開するが、ミーティアはそれを許さない、逃げようとするラティに肉薄しながら、驚くべき事にラティを無数の熱線で撃ち抜いたのだ。


「うわああああっ!」

「ハハハハ! 君と一緒に焼かれるなんて最高の気分だ! やっぱり戦いってのはこうじゃなくちゃ!」


 万にも及ぶ砲口から放たれた測定不能の膨大な熱量が一点に収束し、ラティが展開する光輪障壁が粉々に砕け散る。


 位置的に見れば浴びる熱線の範囲、量共にミーティアの側が圧倒的に多いが、ミーティアはその外殻を数万度の熱で焼かれながらも、瞬時にその損傷部を再生させていく。しかしラティは――。


「このままじゃ――ごめんラティ!」


 火花と共に鮮血の粒子を散らすラティの操縦室。リクトは操縦桿を共に目一杯引き倒すと、ラティのスラスターを全開に。それと同時に渾身の右拳をしがみつくミーティアの頭部へと叩きつけ、ミーティアが掴んでいたラティの外殻部を無理矢理引きはがして熱線の直撃からなんとか逃げ退る。


「ハハッ! どこに行こうっていうんだいッ!?」


 蒼と黒、二つの色のちょうど境界を滑るように弧を描きながら飛翔するラティ。ラティは再び光翼と光輪を形成して加速する。


 だが、ラティが加速したその先も、後も、360度全方位その全てが、既にミーティアの射程範囲内。

 一点への収束を解除した万を超える十字架が、ミーティアを中心とした面状に一瞬にして整列する。そして即座に撃ち放たれる赤黒の熱線。


 そこにもはや間隙など存在しない。


 飛翔するラティが存在する面全てにめがけて撃ち放たれ、領域全てを抉り取るその深紅の閃光は、巨神ですら一撃で完全に消滅するほどの熱量と巨大さを持ってラティへと襲いかかり、無慈悲に飲み込んでいく。





 これは避けられない――。


 リクトは思った。


 ラティが今出せる全ての力で耐えられるか? 無理だ。なら再生にかかる時間は? 俺のシステムは眠っている。きっとまた目覚めるには数百年かかる――。


 閃光に飲み込まれるラティ。

 展開された光輪が砕け、外殻が衝撃と共に溶けていく。


 リクトの脳裏に、ずっと昔に失った大切な人々の顔が浮かぶ。


 5000年前――システムを制御下に置き、すぐさま迷い無く人類抹殺へと動いたアムレータと違い、リクトの行動は遅かった。


 リクトには甘さがあった。戦いとは、人が死ぬとは、世界が終わるとはどういうことか。その時まで何不自由なく、平和に暮らしてきた16歳の少年には想像することも、何かを決断することもできず、ただ戸惑い、躊躇った。


 そうしたら、みんな死んだ――。


 俺が色々考えて、どうしたらいいんだろうって思っている間に。みんな居なくなってた。その時には、もうなにも残っていなかった。


 俺の家があった場所――俺がみんなと楽しく暮らしていたところには、ただ乾いた土があるだけだった。


 俺が――。


 俺がもっとちゃんとやらないといけなかった。

 そうすれば、皆死ななかったかもしれないのに。



 そして彼は戦った。二度と迷わず戦い続けた。


 結局、アムレータを倒すには100年かかった。


 なんとかアムレータを封じた後も、リクトは目覚める度にエルから伝えられる世界の脅威――稼働を続けるシステムによるバグやエラー。時にはアムレータが残した戦争の遺産や複製と、言われるままに戦い続けた。誰とも関わり合うこと無く、ラティと二人で――。


 負けるわけにはいかない。

 俺たちはもう孤独じゃない。


 今度こそ絶対に、絶対に負けるわけにはいかないのに――!


 外殻を抜け、漆黒の閃光が操縦席にまで射し込む。

 鮮血の粒子と火花が迸り、絶望の終幕が迫る――。 


(……リクト。光が来るよ……)

「――っ!?」

 

 全てを焼き尽くす漆黒の閃光。赤黒の奔流に飲み込まれたラティの外殻が完全に吹き飛び、その爆散を示す銀色の閃光が成層圏を照らした。


「――今回はあっけなかったね。でも大丈夫、またすぐに会えるから――」


 その輝きに照らされながら、漆黒の竜――ミーティアは勝利を確信したように咆哮を上げ、アムレータは寂しさを滲ませて呟いた。しかし――。


「リクト……? まさか、あれを食らって……!? まだ君と遊べるの!?」


 衝撃と閃光の先に浮かび上がる竜の輪郭。それを見たアムレータは驚きと同時に歓喜の声を上げる。だが、アムレータのその声はすぐに怒声へと変わった。


「ああ……そういうことか……そういう……まったく、本当にしぶといね……どんなに潰しても潰しても、すぐに這い出てくる……! まるで僕の汚れみたいだ……! リクト……君からがするよッ!」


「みんな……きっと、きっと大変だっただろうに……凄く大変だっただろうに……」


 あの圧倒的熱量をまともに受けたとは思えない、傷一つ無い姿で現れるラティ。そのラティへと眼下の地上からまっすぐに伸びる、一筋の光――。


 その光の先では、アーハレヴの自爆によって岩盤を破壊され、大きく体勢を崩して大地へと片膝をついたデウスエスカをながら、巨大な影がそびえ立っていた。


 それは、長き眠りについていたリクトの巨神――エクスリューン。


 グランソラスを失いながらも、その内部へと突入することに成功したソラスの人々は、ついに眠れる巨神を目覚めさせることに成功したのだ。


「皆が、皆が俺に繋いでくれたんだ……!」


 輝きを増し、全身に銀色の粒子を纏わせたラティが力強く吼える。

 そしてその咆哮に応えるように、ラティの周囲に複数の光が集まり、一つ一つが鳥の羽のような輪郭を取って滞空。ラティを守護するように周囲を旋回する。


「ちっ! そんな匂いのついたリクトは好きじゃない……けど、これでまだまだ遊べるのなら僕は――」

「――最後だよ、アムレータ」


 苛立ちも露わに戦闘を再開しようとするアムレータに、リクトは静かに呟いた。


「最後……だって!?」

「俺と君の遊びは、これで最後だ……もう二度と、こんなことは起こらない。俺は、家に帰る」


 ラティはその光翼を大きく広げ、光り輝く緋色の長剣で周囲に残っていた漆黒の粒子を切り払う。


「もう帰ろう、ラティ……みんなが待ってる、俺たちの家に!」

 


 



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