誰一人欠けず 誰一人諦めず


 広大なホール状の場所の中央に、蒼く輝く巨大な円柱がそびえ立つ。


 円柱から放たれる光に照らされたそのホールは、頭上部分が吹き抜けになっており、中央の円柱はその吹き抜けを貫いてどこまでも高く続いていた。


「エクスリューン……起動……っ! 完了……しましたわ……っ」

「エルっ! 大丈夫なの!?」


 今、その円柱の周囲に数十人の人影が集まっている。

 居城グランソラスを失いながらもここまで辿り着き、エクスリューンの起動に成功したソラスの人々だ。


 円柱には深紅の外殻を持った竜――ソラスの守護竜と謳われたフレスティーナが、その姿を巨大なプラットフォーム状の構造に変化させて取り付いている。

 露出したフレスティーナの操縦席からは、光り輝く幾本かのケーブルが円柱へと接続され、その操縦席に座るエルは、その美しい顔を蒼白に染め、荒い息をつき、震える手でフレスティーナの操縦桿へと手を伸ばす。


「まだ……まだ、起動させただけ……っ! ここで、デウスエスカを止めなくては……っ!」


 エルはその細い腕で操縦桿を握りしめ、脳内に流れ込んでくる膨大な情報と、エクスリューンからの浸食に抵抗しようとする。

 だが、エルはリクトやアムレータのような物質構造支配への抵抗力を持つわけではない。


 彼女は、5000年前このシステムを作った責任者の一人だった。

 もしシステムが正常に稼働していれば、それを制御するのは彼女になるはずだった。


 ――しかし、そうはならなかった。


 エル以外にも何名か存在した本来の管理者は、リクトとアムレータの戦いに巻き込まれ、全員死んだ。


 残されたエルは稼働するシステムからの恩恵を僅かばかり引き出して生き永らえ、自身と自身が属していた組織が引き起こした災禍の償いをするように、崩壊した世界を何千年も渡り歩いた。


 再び訪れようとする災厄の芽を、リクトの力を利用して摘みながら――。


 エルの全身に、ラティやミーティアと同様の緋色のラインが浮かび上がり、そのラインが徐々に両腕から両足を駆け上っていく。

 

「ふ……っ……ふふ……っ」


 心身を強烈に苛む激痛の中、エルは自嘲の笑みを浮かべた。



 思えば、あの少年には随分な仕打ちをしてきたと思う――。


 全てを失い、一面に広がる更地の中で立ち尽くす少年に、戦うように言った。今ここに広がる光景は、お前の迷いが産んだ悲劇だと、全てお前のせいだと言い放った。


 少年がどれだけ深い自責の念を抱えているか、そんなことはよくわかっていた。



 ――だから、私はそこにつけ込んだ。



 アムレータを倒した後も、ことあるごとに目覚めさせ、呼び出し、戦いを続けさせた。衰退した世界を守るという、自らの目的を達するために。


「ぐっ……がぁっ……!」

 

 眠っているときならまだしも、一度起動したシステムからの負荷は、適性を持たない生身の肉体では耐えられない。


 彼女の美しい肉体は徐々にエクスリューンの浸食によって崩壊し、脳の処理能力を超えた膨大な情報量は、数千年を生きた彼女の脳細胞を焼き切っていく。


 これをあと数分も続ければ、エルは死ぬだろう。


「ふふっ……まあ……いいでしょう……今まで……散々私のために働いてくれましたから……最後くらい……そのお返しをしてさしあげても……っ」


 エルは血を吐きながら笑った。


 それに――。

 

 今の私には、貴方と同じように、守りたいものがありますから。


「――ここでお前を止めなければ、私の可愛いリーンが安心して暮らせないでしょうっ!」


 叫びと共に力強く操縦桿を握りしめるエル。握りしめ、力を入れた指の皮膚が破け、鮮血が流れ落ちる。


 広大なホールに重苦しい駆動音が響き渡り、集まった人々にエクスリューンの可動を伝達する。


 エルの視界がエクスリューンとリンクする。眼前に広がる広大な空。弧を描く地平線。そして、今正に立ち上がろうと動き出す破滅の魔神――デウスエスカ。


 それら全てを捉えたと同時、エルの眼孔から血が流れ落ち、少し遅れて鼻孔や両耳からも紅い血が吹き出した。


「さあ――っ! 私が死ぬのが先か……お前がくたばるのが先か――っ」


「――どいて、エル」


 瞬間、エルの視界が通常のものに戻る。

 ガンガンと響く強烈な頭痛と薄い赤色に染まった視界、体に力が入らない。


「――っ? まさか、リーン!?」


 滲んだ視界の向こう、そこにはエルをフレスティーナの操縦席からどかせて横に座らせ、自らが操縦桿を握ろうとするリーンの姿があった。


「だめ――っ! いけないわリーン! 管理者でもない貴方がそんなことをしたら――っ!」


 取り乱し、既に力の入らない四肢で縋り付くようにリーンを止めようとするエル。だが、リーンは驚くほどに静かに、冷静な声で呟く。


「――本当に、エルはいつも偉そうなことばっかり言ってるのに、意外と大事なことはわかってないんだから」 

「え――?」


 リーンの手がフレスティーナの操縦桿に伸びる。その掌から緋色のラインがリーンの腕へと浮かび上がり、システムとのリンクが開始される。


「私はソラスの皆を守りたいの。小さい頃、エルと約束したでしょ?」


 リンクが接続され、リーンの紫色の瞳に緋色のラインが走る。それは、エクスリューンからの浸食が開始されたことを意味する。


「その皆の中にはね――エルだって入ってる。だから、私は貴方も守る。目の前で貴方が死にそうになってるのに、ただ黙って見てるなんてこと、絶対にできない」

 

「そんな――っ! それで貴方が死んでしまったら――私はっ!」


「大丈夫……さっきから、ずっと聞こえてる! は、私のことをずっと呼んでた! 私が来るのを待っててくれた!」


 リーンの視界がエクスリューンのものへと代わり、エクスリューンの巨大な体躯の各所から、膨大な情報がリーンの脳へと一気に押し寄せてくる。

 権限を持たず、システムの知識もないリーンに、それを制御することは不可能。そのはずだった――。



「――ありがとう、グランソラス――」

「っ!? グラン……ソラス?」



 瞬間、リーンの瞳に浮かびあがる緋色の輝きが消滅し、その瞳の奥に紫色の炎が灯る。

 システムとリンクしていた全身のラインもその色を変え、浮かび上がる紫色の輝きはリーンの心身を苛むどころか、まるで彼女を慈しむかのように、暖かく彼女の周囲に寄り添ったのだ。


「これは……!? そんな……そんなこと! グランソラスのメインシステムが……エクスリューンから主導権を奪ったというの!? そんなことが可能なの……!? 私たちはグランソラスにそのような指示は出していないというのに……っ!」


 目の前で起こる想定を超えた現実に、完全に冷静さを失い驚愕するエル。


 確かに、グランソラスは突撃の際にエクスリューンの本体にその拳を突き入れた。

 だが、本来エクスリューンとデウスエスカのデッドコピーに過ぎないグランソラスに、そのような力があることなどエルですら把握していなかったのだ。


「――私には、エルみたいに昔の知識も経験もないし、詳しいことはよくわからない。でも――」


 操縦桿を握るリーンの全身が輝きを帯び、その周囲に紫色の粒子が舞う。エクスリューンの中に息づいたグランソラスの意志が、リーンの思考と処理能力をサポートする。


 巨大な円柱の放つ光もまた同様の色へと変化し、薄暗かったホールの床も、壁面も、その上方に至るまで、見渡す限り全ての景色が目映いばかりの輝きを発した。


「私も、エルも、リクトも! ここにいる皆も、脱出した皆も! ボロボロになったグランソラスだって、皆が一緒に戦ってる――!」


 エクスリューン外部。


 ついにその体勢を整え、自らの片割れと対峙するデウスエスカ。


 相対する二体の超巨神は、数千年前の決着を今こそ果たさんと、互いの挙動によって凄まじい乱気流を巻き起こしながら、片腕だけで一千メートルを超える両腕を振り上げる。


「私たちは誰一人欠けてない! 誰一人諦めない! 見てなさい――! こうなった私たちは――とんでもなく強いわよ!」


 操縦桿を握りしめ、叫ぶリーン。


 そしてそれと同時、全長四千メートルにも達しようかという最強の巨神エクスリューンが、地平の彼方まで轟く最後の咆哮を上げた。


 

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