第四章

攻城戦


 漆黒と紫電の渦の中、遙かなる天上に向かってその形状を変化させながら上昇していく宮殿と四本の尖塔。

 複数の巨大建築物が密集したその区画の最上層こそが、リーンたちが指揮を執る戦闘指揮室である。


 リーンは今、その指揮室正面の大きく開いた石窓の欄干から身を乗り出して眼下へと視線を向け、そこから放たれる強烈な光の放射に目を奪われていた。


「あの光はなに!? コアはどうなったの!? 確認急いで!」

「――それには及びませんわ。あの光はリクトさんと彼の乗る竜から放たれたもの。彼がこの場に現れたと言うことは、もうコアを破壊される心配はしなくてよさそうですわね」

「あそこに、リクトが――?」


『こちら機関室! コアの再配置を確認! ダメージは受けていますが、稼働に問題はありません!』


 指揮室内部まで照らし出す閃光に目を細めながら、意味深な笑みを浮かべるエル。

 リーンは乗り出していた上半身を室内へと戻すと、通信管から上がってきた報告を聞いて安堵の吐息を漏らす。


「フフッ……ほら、私が言った通りだったでしょう? 彼は強い……この世界の誰よりも。その彼の力を手元へと引き寄せた今、貴方はこの世界を手中に収めることだって出来るはずよ……」


 いつもとは違う、若干高揚したようなエルのその言葉に、リーンは下唇をかみしめると、その顔に後悔の色を見せる。


「……興味ない。どうでもいいわよ……そんなこと」

「たとえ貴方に興味が無くても、此度の帝国のように力で不条理を通す輩はいつの時代にも必ずいるもの。貴方とこの国をより確実に守るために、彼の力は有益よ」

「私は――っ! そんなつもりじゃ!」

「ならどういうつもりだったのかしら? 彼を戦わせることにはリーンも同意していたじゃないの。リーンだって、この窮地を脱するには一つでも多くの可能性が必要なことはわかっていたはずよね?」

「それは……」


 全てを見透かし、あらゆるものを射貫くかのようなエルの視線と言葉に耐えられず、リーンは拳をぎゅっと握りしめて下を向いてしまう。


『姫様! まもなく巨神への移行が完了します! 機動可能となるまであと30秒!』


 リーンとエル、二人の激しいやりとりに、指揮室の面々もまた驚き、皆押し黙って二人へと視線を向ける。だがその静寂を打ち破るように、通信管からの報告が響き渡った。


 ――あとで、リクトに謝ろう。


 利用しようとしたこと、騙すようなことになってしまったことを。


 心の中でそう誓うと、リーンは顔を上げて正面を向き、その瞬間を宣言した。


「攻城戦に入る! 前進開始!」



 ●   ●   ●



 数万トンもの総重量を誇る城塞都市グランソラスを構成する岩塊が、凄まじいエネルギーを放つ力場内部で次々と空中へと浮上し、まるで最初からその形であったかのように結合していく。


 うなり声にも似た地鳴りと共に、グランソラスが持つ東西二つの尖塔がそれぞれ両肩と両腕へと変じる。

 それと同時に、城そのものを構成する広大な基底部が左右に分かれ、堅牢かつ強大な両脚の構造を形成する。更には長大な城郭が複雑に分裂、再結合し、グランソラスの全身を覆う豪壮な甲冑となって装着される。

 装着された甲冑部分には神秘的な紋様が浮かび上がり、それがそのまま外敵の攻撃から自身を守る不可視の障壁へと変化する――。


 天と地に刻まれた広大な紋様の狭間。空中に浮遊し、その姿を人型の巨神へと変えたグランソラスが、ついに大地へと降り立つ。


 その衝撃は巨大なクレーターを大地に穿ち、底すら見えぬ長大な断崖を大陸へと刻み込む――!


 そして、グランソラスが巨神形態へとなって地面へと降り立ったのと時を同じくして、眼前で燃え広がる長大な炎を踏み越えるようにして、二体の巨神が姿を現す。


 グランソラスに比べて二回りほど小さな――小さな、とはいってもその巨体は一千メートル近い二体の巨神。

 それは先ほどまで炎の向こうで立ち往生していた帝国軍の二つの城だ。

 

 支城の誘爆によって足止めされた際、即座に巨神への移行を開始した二つの城は、そのまま問題なく巨神への変形を終え、こうしてグランソラスの前に立ち塞がったのだ。


 荘厳な君主を思わせる外観のグランソラスに対し、帝国の二城は全体的に丸みを帯び、左右非対称な甲冑が無骨な戦士を思わせる。


 一方は片手斧を、もう一方の城は長大な戦槌をその手に持ち、グランソラス同様その踏み込みで大地を大きく破砕させ、グランソラスに向かって一歩一歩確実に迫ってきていた。


 今、エルカハル帝国とソラス王国。双方の巨神は広大な草原と輝く夜空とを背にして相対した。


 三体の巨神。その周辺領域には、巨神の踏み込みの度に砕かれた大気が猛烈な渦を巻き、激しい気流の雲が巨神の各突起部分から白い尾を引いて夜空を彩る。


 見上げるほどの人型が雲すら貫いて前進するその光景は、絶対的に壮麗であり、同時に世界の終焉すら予感させる、畏怖と恐怖の象徴のように見えた――。



 ●   ●   ●



『こちら機関室! コアの稼働率70%! 万全じゃあありませんが、戦闘可能!』


『こちら左腕! 駆動良好! 今日は右腕組には負けませんよ!』


『なにいってやがる! こちら右腕! 今回も俺たちの一発で終わらせてみせます!』


『左脚部! 地盤強度測定完了! 踏み込み可能回数、三発です!』


『右脚! 踏み込みを開始! 敵巨神との交戦範囲、4歩で到達と予測!』


「みんな……ありがとう。私も、今は私がやるべきことをやる!」


 遠く離れた各々の箇所から上がる勇ましい報告を受け、リーンは静かに頷くと、その紫の瞳を大きく見開く。

 そしてそれと同時、透き通ったその深い紫色の瞳の中に、淡い輝きが灯った。


「見えた――! 右腕装填! 標的は右巨神! 射角マイナス10! 出力80%で打撃開始!」


『右腕装填! 射角マイナス10! 出力80%! 打撃開始! 着弾まで25秒!』


 グランソラスがついにその一歩を敵巨神に向かって踏み込む。

 その踏み込みは一歩で数百メートルを数え、小さな人間の視点からではスローモーションにすら見えるほどの緩慢さで、巨大な脚が上昇していく。


「左脚後退! 南南東の方角に距離200! 左巨神の縦断攻撃を想定! こちらへの着弾は50秒後と予測!」


『左脚後退! 南南東距離200! 出力40%!』


「続けて左脚第二動作確保! 左脚前進! 第一動作完了後20秒で北北西に距離300!」


『左脚第二動作確保! 後退動作完了後、20秒で北北西に距離300!』


 ――まるで、数分先の敵味方双方の動きを予知しているかのようなリーンの指示。巨神による攻城戦は、通常行われうるどのような戦闘とも別のものだ。強いて言うならば海上で行われる艦隊戦が最も近い。


 巨神の持つあまりにも大きな四肢は、片腕一つ上げ下げするだけでも数分を要する。そのため、対峙する巨神が攻撃態勢に入ってから回避行動を指示しても、その動きが完了するのは数十秒、もしくは分単位先の事となってしまう。

 ゆえに、リーンは対峙する二体の巨神の動きの二手先、三手先までも予測し、それに応じた動作を先んじてグランソラス各部へと指示していく。


「左腕装填! 標的は右巨神! 射角0! 出力120%! 左脚前進開始と同時に打撃開始! これで潰すわ!」


『左腕装填了解! 射角0! 出力全開120%! 左腕部隊、気合い入れろぉ!』


 グランソラスの重厚な右腕がゆっくりと後方に引き絞られ、上昇していく。ほぼ同時に二体の帝国巨神もそれぞれの武器を構え、攻撃動作へと移行。両軍の軌道予測が交錯し、その予測に基づいた読み合いの結果が山をも超える巨神の動作にゆっくりと現れていく。


「予測修正率3%! 動作変更なし!」


 グランソラスの引き絞られた右拳が、空間そのものを圧搾しながらゆっくりと振り下ろされる。巨大な竜巻にも匹敵するほどの大気の渦を後方へと残しながら振り下ろされた右拳は、見事右側の巨神の肩口へと突き刺さり、周囲数十キロに渡って鳴り響く衝撃音と、天上の雲を円状に押し飛ばす衝撃波を発生させる。


「予測修正率1%! このままいって!」


 右拳の着弾と同時、グランソラスの左脚がゆっくりと上昇を開始。哀れにも下敷きとなって砕けた岩盤の残骸を引きずりながらグランソラスを半身の体勢へと移行させる。そして左脚の後退完了に示し合わせたように、半身になったグランソラスの前を、左の巨神が振り下ろした長大な戦槌が凄まじい圧力と共に空を切った。


「今よ! 左脚第二動作解放! みんな衝撃に備えて!」


『左脚第二動作解放! 左腕、寝ぼけて遅れるんじゃないぞ!』


『ふざけろ! 左腕出力全開! ぶっ潰すぞ!』


 攻撃を躱された左の巨神は未だ攻撃動作が終わっていない。

 初めの一撃を受けたあと、後方への回避動作を取っていた右側の巨神に対し、グランソラスは的確な左脚の踏み込みで逃げることを許さない。

 回避運動を読み切られた右側の帝国巨神めがけ、踏み込みの勢いに最大の出力を乗せた左腕の圧倒的質量が迫る――!


「右巨神――大破。戦闘続行、不能――」


 その大きな二つの眼に紫色の炎を灯したリーンが静かに呟く。


 左腕の着弾前に発せられたその言葉はしかし、数秒後に現実となる。


 まるで、天地全てが崩壊したかのような衝撃。


 大地を大きく抉り取る踏み込みと共に放たれた最大出力の一撃は、そのまま帝国巨神の胸部――コア部分を破砕貫通。

 結合する力を失った巨神は、ゆっくりと糸の切れた人形のようにその動作を停止すると、轟音と粉塵の帯を道連れに大地へと倒れ伏し、沈黙した――。


 

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