決着


 凄まじい轟音と周囲全てを吹き飛ばす突風。そして熱すら感じる衝撃波を発しながら一体の巨神が崩れ落ちていく。

 すでに沈黙したその巨神を尻目に、グランソラスと残された帝国巨神は、世界そのものを揺らすようなスケールの戦いを継続する。


 未だ対峙する二体の巨神から無数の照空灯が放たれ、漆黒の闇を照らす。崩落する瓦礫と岩塊、そして照空灯の光芒を縫うように、蒼と銀、二筋の光が天に昇った――。


「やはり攻城戦ではソラスに勝てぬか……!」


 上方から落下してくる全長数百メートルにも及ぶ岩塊――砕けた巨神の腕の上を、滑るように飛翔するファラエル。


 ソラス王国の居城たるグランソラスは、元より大陸中にその名を轟かせる名城だった。だが、その強さが誰の手にも届かぬ至高の領域に達したのは、王国にリーンが生まれ、グランソラスの攻城戦を指揮するようになってからの話だった。

 互いの軌道予測が勝敗を大きく左右する巨神同士の攻城戦において、リーンの予測はもはや予知か予言とも言える精度に達している。大陸中の諸国はそれ故にソラスを恐れ、ソラスの女王リーンを恐れていた。


「これでもまだやるっていうんですか!? もう勝負はついた! まだ城が残ってるうちに戦いを止めてください!」

「笑止! たとえ私一人になろうとも、勅命は必ずや成し遂げてみせる!」

「――っ! まだやるのか!」


 迷い無く言い放つカリヴァンのその言葉に、リクトはギリと奥歯を噛んだ。その怒りに呼応するように、ラティの純白の外装に緋色の紋様が明滅する。


「ラティ!」


 リクトの呼びかけと共にラティの光翼が出力を増す。

 純白の竜は光の軌跡を残しながら急加速し、前方を飛翔するファラエルを一瞬で追い抜くと、ファラエルの眼前で急速旋回、その鼻先に鋭い回し蹴りを叩きつける。


「なにっ!?」


 巨神の戦いで渦を巻く気流の中、白い大気の尾を引いて跳ね飛ばされるファラエル。だがラティの攻撃は終わらない。

 吹き飛ばされたファラエルの軌道の先、緋色の残像と共にその場に出現したラティは、未だ体勢整わぬファラエルを天上めがけて下方から切り上げると、自身の周囲に無数の浮遊する光弾を展開。ファラエルめがけて撃ち放つ。


「やらせん!」


 痛烈な一撃を受けて上昇途中のファラエルは、錐もみになりつつも周囲を囲むように空間を凍結させて光弾の盾とする。

 瞬間、無数の光と氷塊が砕け飛び、夜の闇の中に閃光の華を咲かせる。


「ファラエルを速度で上回るのか――!?」

「さっき言ったな! 二度と戦えないようにしてやるって!」


 砕けた氷の欠片を引きずりながら、後方へと飛びすさるファラエル。だがそれを追って純白の竜が爆風の中から姿を現し、その手に持った緋色の長剣をファラエルめがけて袈裟斬りに振り下ろす。

 ファラエルはその一撃をランスで受けると、ラティの胸部めがけて苦し紛れの蹴りを繰り出す。だがラティはそこから猛烈な勢いで再加速。押し出され、体勢を崩したファラエルの肩口を掴むと、長剣を握ったままの手で紺碧の竜の顔面を強烈に殴り抜けた。


「ぐああっ!」

「これのどこが楽しい!? 俺はちっとも楽しくない!」


 熾烈な戦いを続けるラティとファラエル。だが、既にその優劣は完全にラティへと傾いていた。


 ラティの性能はファラエルを完全に凌駕し、そのラティを駆るリクトの技量もまた、カリヴァンの想像を絶する精度と反応速度を見せていた。それは、とても昨日今日竜に乗ったばかりの素人のものではない。


「くっ――! これが、異界の乗り手の力だというのか!?」

「その異界の乗り手ってなんです!? もしかして俺のことですか?」

「そうだ! 数百年に一度この世界に現れ、大いなる破滅をもたらす存在! 聖域の巨神も貴様が自らと共に送り込み、世界を破壊し尽くしたと!」

「えっ!? そんなことやってませんよ! あれはんです!」

「倒した……だと!?」


 リクトのその言葉に驚愕するカリヴァン。


「もしかして興味ありますか? ちょっと長くなりますけど話しますよ! 色々あったんです!」

「長くなるなら遠慮しよう!」

「なんで!?」


 空中で切り結ぶ二体の竜の背景では、ついに追い詰められた帝国の巨神が、その右上腕を大きく陥没させて片膝をついていた。

 それを好機と見たのか、グランソラスは片膝をついた巨神を押し潰さんと、その太い両腕を帝国巨神の両肩に乗せると、その全身に浮かび上がる紋様を激しく明滅させながら、山をも平らにするほどの凄まじい力で大地へとめり込ませていく。


「たとえ貴様の真実がいかなるもので、どのような理由があろうとも、我が身に受けた勅命は不変! ソラスを滅ぼすことは適わずとも、貴様だけはたとえこの命を投げ打ってでも討ち果たす!」

「ほんっとうにどうしようもないな!」

「私の力が及ばぬというのならば、その差を覆す一撃で屠り去るのみ!」


 明確な力の差を見せつけられてなお、未だ戦意を失わぬカリヴァンが吠える。

 カリヴァンの気迫と一体化したファラエルが甲高い咆哮と共にラティの斜め上方へと後退し、その紺碧の外装各部と六条の翼全てが大きく展開。今までとは桁違いの凍気が放出される。


 その圧倒的絶対零度の領域は、ファラエルの周囲を落下していく砕けた岩塊すら一瞬で凍結させるほど――。

 そしてそれほどの凍気、その全てがファラエルの持つランスへと収束し、禍々しい氷の槍へと変貌する。


「我が身命を賭した一撃、受けてみよ!」


 全てを圧倒するファラエルの――否、カリヴァンの執念。その凄絶なまでの覚悟と意志、そして力を前に、リクトは大きく息を吐き、操縦桿を握りしめた。


「――わかりました。でも、これで最後です」


 相対するラティの外殻すら凍結させ始めるほどの猛烈な凍気の嵐。その嵐の中、ラティは優雅ささえ感じさせる動作で光翼を大きく展開すると、緋色の長剣を正中に構え、その切っ先をファラエルへと向けた。


「これが終わったら、俺の話を聞いてもらいます。長いですけどね」


 瞬間。光翼を展開したラティがファラエルめがけ飛翔。吹きすさぶ凍気の中、光芒と化して加速するその姿は正に光の矢そのもの。

 そして、その光を穿たんと、ファラエルの異形化した氷槍が凄まじい旋転と共に撃ち放たれる。


 閃光と凍気、その二つの領域が激しくぶつかり合って交錯し――砕け散った。




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