立ち塞がる魔神
轟く大地。砕ける波、ひび割れる天。
天と地、その双方に直径数キロにも及ぶ円状の紋様を展開した二つの城が、自身の中枢たる紫色と蒼色のコアを露出させ、凄まじい雷鳴と暴風を巻き起こしながら中空へと浮遊。
コアを中心として発生した同心円状の力場は、縦横に加速された凄まじい圧力の中でも正確に、淡々と城の構築変形を成し進めていく。
長大な城壁が等間隔に分割され、街を貫く大通りがのたうつ。
城郭の輪郭が歪み、城塞を支える基部が波しぶきをあげて次々と天上に浮遊する。
城の象徴たる巨大な尖塔はそのまま巨大な両腕と成り、内部へと折り畳まれていた城内の構造はそのまま力強く大地を穿つ二つの脚となる。
リーンたちを乗せた宮殿最上層は無数の雷鳴の嵐をくぐり抜け、全てを見通す巨人の頭部へとゆっくりと収まる。
決戦の地、霊峰プリオングロードの眼前でついに人型を成したグランソラス。その眼孔に当たる部分が二度、三度と明滅し、城はその真の姿――巨神へと変じたことを歓喜するかのように大気を震わせる咆哮を上げた。
そしてそれとほぼ同時。グランソラスと同じく加速変形へと移行したカリヴァンの居城、アーハレヴもまた、その姿を勇壮な闘士へと変えて蒼く輝く湖へと着水する。
アーハレヴとグランソラス。二体の巨神は先ほどまでの加速の勢いそのままに、すぐさまその歩みを開始する。
二体が一歩踏み出す度、プリオングロード周辺を覆う巨大な湖に高さ数十メートルの巨大津波が巻き起こり、大気の鳴動で発生した乱気流によって巻き上げられた湖の水が、まるで豪雨のように周辺に降り注ぐ。
戦意に満ち、立ち塞がるもの全てを打ち砕かんとする全長一千メートルにも及ぶ二体の巨神。この二体の神の行く手を阻めるものは、この世に存在しないかのようにすら見えた、だが――!
『帝都ソーンカハルの起動震確認! 全軍警戒態勢!』
「来たわね……巨神砲狙え! 目標、帝都ソーンカハル! 向こうが巨神になる前に一撃で決める!」
「巨神砲充填100%! 120%まであと30! ヒャア! 早くぶっ放してぇ!」
「騎兵隊は予定通り高空で待機! 巨神砲の効果確認後、追撃を開始!」
二体の巨神の視界の先。先ほどまで不気味に静まりかえっていた巨大都市、帝都ソーンカハルがついにその巨体を震わせて動きを見せる。
しかしグランソラスとアーハレヴはその隙を逃さない。そのために一瞬にして距離を縮める強行変形を行ったのだ。
すでに、ソーンカハルはグランソラスの射程内に入っている。
一旦その巨大な歩みを止めたグランソラスが、その全長数百メートルにも及ぶ右腕をソーンカハルへと向ける。
そして大きく開かれたグランソラスの手の平が、まるでパズルのように幾何学的に展開されて再結合。組み替えられた腕部がそのまま巨大な砲身へと変化する。
「よーっし、行くわよ! 巨神砲、発射!」
「待っていたぜこの瞬間をよぉ! 巨神砲、発射だぁ!」
その砲口は直径数百メートル。赤く輝く無数の粒子が一旦その砲身へと収束し、砲身の最奥に輝きの坩堝を形成。圧縮された粒子の奔流は、明確な破壊の意志を持って長大な砲身から垂れ流される。
凄まじい閃光が霊峰周辺を目映く照らす。甲高い高周波のあとに遅れて不気味な唸るような音が響き、グランソラスの砲口から放たれた膨大な量の銀色の粒子がソーンカハルめがけて降り注ぐ。
進行方向に存在するあらゆる障害物を飲み込みながら突き進む光の奔流。それはようやく力場の展開から基部の解放へと移行中だったソーンカハルを押し潰し、閃光の彼方へと葬り去る。
轟き渡る凄絶な衝撃。そして光。
高さ数千メートルにも達する巨大な白煙と衝撃波、周囲一帯を覆う湖の水を一瞬で蒸発させる圧倒的高熱が全てを焼き尽くす。
たとえ強大な力を持った城がその防御障壁を全力で展開したとしても、直撃すればまず大破は免れない。それほどの威力の一撃。だが、その閃光の向こう側――爆炎の壁を突き抜けて巨大な異形が姿を現す。
『巨神砲、直撃を確認! し、しかしこれは……っ! 熱源付近から振動波確認! 巨神が来ます! 巨神接近!』
「っ――! な、なんなの……あれ!?」
「やはり――すでに帝国は――」
巨大な炎の壁の向こう。のたうつ炎を押し潰し、散り散りにしながら突き抜けて現れた巨大なる人型。だが、その姿は彼らが見知った巨神とは似ても似つかぬ異質なものへと変貌していた。
かつては重厚かつ美しかったであろう巨神ソーンカハル。しかし今、その姿は見る影もない。
右腕は崩れかけ、その崩落した部分から巨大な木の根か蛇の胴体のような節くれ立った異形の骨格が覗く。
その全身からはまるで生物の体液のようにどす黒い液体が溢れてこぼれ落ち、それがわずかでも触れた場所からは有毒な紫煙が立ち昇る。
通常、指揮するものが居座るはずの頭部。おそらくは壮麗な宮殿だったであろうその場所には、眼孔にあたる部分からミミズのような粘ついた触手がうごめき、その異様さに更なる拍車をかけていた。
巨神がいかに巨大であろうと、その外観はあくまで無機物的であったのに対して、今目の前に現れた帝都のそれは、まるで腐敗した生物の屍体が独りでに動き出しているかのよう――。
「なんだ……? これは、なんだというのだ……!? これが我が祖国……私が命をかけて守り続けていた故郷の成れの果てだというのか!? なぜ、なぜこんなことに……っ!」
悪夢ですら生ぬるい地獄のような光景。その光景を上空で見つめるカリヴァンが嘆きと憤怒の叫びを上げた。
『オオオオ……カリヴァン……帝国の裏切り者……よくゾもどっタ……』
「――これは!?」
周囲一帯、そこに居合わせたもの全てに対し、空間そのものから直接響き渡る不気味な声。
「まさか……そこにいらっしゃるのですか、陛下!?」
『クク……この手で貴様を握りつぶせるヨロコビ。抑え切れヌ……』
「なぜです陛下! なぜこのようなことを! 帝都の臣民たちはどこに!? 我が同胞たちは!?」
ファラエルを空中で静止させ、悲哀に満ちた叫びと共に変わり果てたかつての主君へと問うカリヴァン。しかし既に走り出した悪夢は、その問いに最悪の返答をもたらす。
『アー……どうした、カナ。逃げた、カナ。逃げていないモノも、沢山。タクサン、食べまシタ。また食べタイ。タベタイなァ! カリヴァン、お前も喰わせてくだサイ……!』
「なっ……!?」
「く、食ったってのか……自国の民を……!?」
異形を前に、ファラエルのそばへと飛翔してきたロンドもまた、皇帝だったモノから発せられたその言葉に絶句する。だが、帝国の民であるカリヴァンの受けた衝撃は、ロンドの比では無かった。
「――お、おのれええええええっ!」
絶叫――。
カリヴァンの叫びに呼応したファラエルが、その六条の翼からあらゆるものを凍結させる凍気の烈風を生み出す。
それと同時、ファラエルは自らのランスを身の丈すら遙かに超える巨大な氷槍へと変貌させ、視認不可能な速度で異形と化した眼前の巨神、その頭部へと特攻する。
「待てカリヴァン!」
ロンドは突撃するカリヴァンを制止しようとするが間に合わない。
元よりファラエルの全速に追いつける竜などラティくらいのものだが、カリヴァンの怒りはファラエルが持つその全速を、更に超えた力を引き出していた。
「ちっ! あの野郎完全にキレちまってやがる! 第一師団は俺に続け! 第二師団は後方からブレスで援護、得体の知れない動きがあればすぐに知らせろ! 行くぞ!」
予測不能の巨神に対し、ロンドは的確な指示を下しつつカリヴァンに続いて先陣を切った。
巨神砲による炎ももはや途絶え、グランソラスとアーハレヴがこの異形の巨神との交戦距離に入るのも時間の問題。
しかしグランソラスら二体の巨神の目的はこのソーンカハルの撃破ではないのだ。その背後に控える霊峰プリオングロード、そこに眠る巨大なシステムの破壊こそが果たすべき使命。
『アー……エサが飛んでいル……美味しイ……エサ……みんなにも、食べさせてあげヨウ。ワタシは、皇帝だから、エライ。慕われル、コウテイ……ククク……オオオオ!』
ソーンカハルから響く声。その声に呼び出されたか、ソーンカハルの巨躯の各部から次々と大量の黒い影が飛び出してくる。
それは昆虫のような翼を持った異形の竜。
かつて竜だったものたちの、変わり果てた無残な姿だ。
「な、なんなのだこの気持ち悪いやつらは! 竜なのか!? これが!?(死ぬ! こんなの絶対死んでしまう!)」
「落ち着けオハナ! お前はカリヴァンが戻るまで帝国の騎兵どもを指揮して戦え! 巨神に近づきすぎるなよ!」
「む、むむっ!? わ、わかった! 感謝するソラスの騎士団長よ! 皆の者、私の元に集え! 陣形を組み、体勢を整えよ!」
カリヴァンの特攻に浮き足立つ帝国騎兵の指揮をオハナ任せると、ロンドはウィスカを飛翔させながら、少しでも竜による攻撃でソーンカハルを消耗させるべく策を巡らす。
「コアの位置を特定しろ! 侵入経路を発見次第突入して潰す! リクトはいるか!?」
「います! ここです!」
事前の打ち合わせに従い、ロンド率いる第一師団と共に行動していたラティが前に出る。
「お前はカリヴァンを頼む! ムカツクが、あいつの竜について行けるのはこの中じゃお前だけだ! やれるか!?」
「やります! カリヴァンさんは俺に任せてください!」
「頼んだぞ! あいつが早々にやられたら、俺たちはともかくアーハレヴの連中の士気がもたねぇからな」
「はい!」
光翼を展開し、行きがかりに二体の敵竜を切り伏せながらラティが加速、光の尾を引いてソーンカハル頭部へと飛翔する。
「――よし、俺たちは俺たちの仕事をするぞ! キモい竜は適当にいなせ! 狙うのは大物だけだ!」
異形の魔神と化した帝都ソーンカハルと、それを倒すべく進み出る二体の巨神。そしてそれら巨大な構造体の狭間で、一瞬にして数百にも及ぶ無数の閃光と爆炎の華が咲き誇った――。
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